第3話 幕僚の緊張 ー 誰も説明できない現象
統合幕僚監部・航空総隊指揮所。
常に電子音が飛び交うこの場所が――今日に限って、不気味なほど静かだった。
大型スクリーンに広がるレーダー画面。
その中心部にあるはずの南條機の航跡だけが、急角度で落ちていく。
「……南條機、急降下中!」
若いオペレーターの声が静寂を破った。
「救難ビーコン反応あり! パラシュート展開を確認!」
「……撃墜、か」
短い言葉が室内の温度を一段下げる。
しかし次の報告は、その空気をさらに凍らせた。
「光学監視カメラ、一時的に“白色飽和”! 映像が飛びました!」
「爆発光か?」
「いえ……波長が違います。通常の爆発とは一致しません」
幕僚たちが互いに顔を見合わせる。
誰も言葉を続けなかったが、全員が同じ思いを抱いた。
――何だ、それは。
オペレーターが画面を切り替える。
「各種計器に一瞬だけ異常値が出ています。
高度計、磁気センサー、気圧計……どれも“跳ねた”ような短い乱れです」
「一瞬だけ、だと?」
「はい。現在は正常です」
持続的な妨害なら、敵の電子戦装置を疑うことはできる。
だが、一瞬だけ。
しかも南條の周囲のみ。
説明がつかない。
「敵機の動向は?」
「攻撃意思なし。通常通り離脱しています。異常なし」
その言葉に、指揮所の空気がさらに重く沈んだ。
敵だけが無傷。
味方だけが“異常領域”に飲み込まれている。
「光学飽和は回復済みか?」
「はい。白い光は本当に“一瞬”でした」
「波長解析は?」
「……既存のどの光源にも一致しません」
軍事の常識から外れた言葉が、次々に積み重なっていく。
幕僚長は腕を組み、静かに息を吐いた。
「……情報が足りん。いや、足りないというより……理解の枠に収まらん」
スクリーンには、海上へゆっくり降下する小さな白いパラシュート。
「……ビーコンが点滅しています」
オペレーターの声が、やけに響いた。
波間に揺れる小さな光点。
規則正しく明滅し、“生存”を告げ続けている。
あの白い光に包まれた直後、
機体は空中で爆散した。
脱出操作の痕跡は無し。
そして南條は、生きている。
普通ならあり得ない。
どれだけ幸運でも説明はつかない。
幕僚長はスクリーンを見据えたまま、低くつぶやいた。
「……これは、ただの撃墜ではないな」
誰も返事をしない。
返せる言葉を、誰も持っていなかった。
――何かが始まった。
海上で点滅する光だけが、その“始まり”の存在を静かに示していた。
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