第2話 白光の墜落 ー 不可解な声
雲を突き抜けた瞬間だった。
南條誠の視界の端に、鋭い影が走る。
「南條、正面十一時! 距離四十!」
三浦の声が無線越しに弾けた。
南條は反射より速くスロットルを押し込み、機体をわずかに傾けて影へ向き直る。
煌華共和国の戦闘機――。
だが、その動きが引っかかった。
いつもの示威行動とは明らかに違う。
(……何かがおかしい)
通常なら、こちらが接近すれば離脱する。
だが今日は違う。逆に“寄ってくる”。
獲物を狙うように。
「三浦、離れろ。今日のやつら、普通じゃない」
「了解。……って、南條、ミサイル!」
警告音がコクピットに噛みついた。
南條は即座にチャフとフレアを散布し、機体を強引に傾ける。
白い閃光が視界をかすめ、爆風が機体を叩いた。
「っ……!」
身体にのしかかるGが肺を潰しにくる。
だが、訓練で叩き込まれた動きが勝手に身体を動かす。
二発目。
敵は迷いなく撃ってきた。
こちらを“落とす”意志がはっきりしている。
(本気で来てる……!)
海面すれすれに急降下。
水面の模様が視認できるほど近い。
そのまま強引に引き起こし、再びフレア。
「南條、無茶すんな!」
「やらなきゃ落とされる!」
レーダーの端で赤い警告灯が点滅し続ける。
心臓の鼓動と同じリズムで脳を叩く。
敵の動きは異様だった。
攻撃の間隔が妙に整い、機械のような正確さで追い込んでくる。
(……今日の空は、やっぱり違う)
その違和感が確信に変わる。
警告音。
三発目。
回避が間に合わない。
(終わった――)
そう思った瞬間。
視界が、白に吸い込まれた。
爆発の閃光とは別の、
柔らかいのに、全てを塗りつぶすほどの白。
音が遠ざかる。
Gの圧力も消える。
機体の振動すら感じない。
ただ――光。
そして。
――お前は、選ばれた。
耳でも頭でもない場所に、直接“言葉”が落ちた。
男か女かも分からない。
だが確かに、自分に向けられていた。
(誰だ……?)
意識が引き裂かれるように沈んでいく。
恐怖の感情だけが、どこかに置き去りにされていく。
白だけが世界を塗りつぶす。
やがて、何もなくなった。
◆
次に気づいたとき、南條は空にいた。
パラシュートが開き、風が身体を揺らしている。
だが、痛みはない。
爆散の衝撃も覚えていない。
妙に身体が軽い。
指先の感覚が自分のものではないように思える。
下には青い海が広がり、その遠くで黒煙が上がっていた。
自分のF-15Jだ。
(……撃墜されたのは、間違いない)
なのに、なぜ自分は無傷で空にいる?
脱出操作をした覚えもない。
そもそも、あの状況では不可能だった。
風が頬を打つ。
冷たいはずなのに、どこか温かい。
皮膚感覚が曖昧で、“自分の身体”と“自分”がズレている。
(……あの光は何だ。あの声は……)
海面が近づいてくる。
恐怖は……ない。
まるで感情が薄く切り離されたように、心が静かだった。
白い光の残滓が、視界の端で揺らめく。
――選ばれた。
(選ばれた……? 俺が?)
胸の奥がざわめく。
朝から感じていた“違和感”が、形を持ってふくらんでいく。
パラシュートの紐が軋む音を最後に――
南條の意識は闇に沈んだ。
水面が迫る音も、風の唸りも、すべて遠ざかっていく。
そして、静寂だけが残った。
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