第23話 散らばったもの ー 検証は続く
午後の研究室には、静けさが濃く沈んでいた。
だが、南雲の胸の奥ではその静けさが、妙に落ち着かない。
――視界の外。
――金属片が棚の中からテーブルへ。
あの瞬間の違和感と興奮が、まだじんじんと残っている。
(……見えない場所でも動いた。
本当に俺は、“位置”を感じ取っているのか?)
高木は実験台の前で腕を組み、
タブレットの画面を険しい表情で見つめていた。
その表情は珍しい
――いつもの冷静な研究者ではなく、
“未知の現象を前にした科学者”の顔だ。
南雲は声をかけた。
「……なにか、気になるんですか?」
高木は少しだけ目を伏せ、静かに言った。
「今朝の現象です。
あれは、私の予測を完全に超えていました」
南雲は思わず息を呑んだ。
高木が“予測を超えた”と言うことは、それだけで異常事態だ。
高木は続けた。
「だから今回は……
私が手順を決めるのではなく、
南雲さんの“感覚”を優先したいんです」
「俺の……感覚?」
「はい。
選択性も、視界外も……
どちらも南雲さんが“そう思った対象”に反応しました。
ならば、次の段階も、南雲さんの感覚から始めるべきだと思うんです」
高木は引き出しを開き、金属片が十個入った小さなトレイを取り出した。
「今回は、“散らばったもの”を使います」
カラン、と乾いた音を立てて、金属片がテーブル上にばらまかれる。
大小も形もバラバラ、完全にランダムだ。
南雲は思わず喉を鳴らした。
(……これを、どう動かせっていうんだ)
高木は一歩下がり、言った。
「どう動かしたいか――南雲さんが決めてください」
南雲は散らばった金属片を見つめた。
ひとつひとつの輪郭が、不自然なほど鮮明に見える。
「じゃあ……ひとつだけ。
この中でいちばん大きいやつを」
南雲は軽く指を差す。
(……動け)
次の瞬間――
その金属片だけが、テーブルの端に“置き換わって”いた。
途中の動きは、やはり存在しない。
高木が息を呑む。
南雲は続けた。
「じゃあ……全部。
全部を、あの端に」
(……全部)
(……動け)
散らばっていた金属片が――
一瞬で、指定した端に“揃って現れた”。
位置も向きもほぼそのまま。
ただ、場所だけが変わった。
「……位置関係まで、保たれています」
高木は金属片を触りもせず、驚きの声を漏らした。
南雲は焦ったように言った。
「そんなつもりは……なかったんだけど」
「南雲さんが“全部をひとまとまり”として捉えたからでしょう。
結果として“形”が保たれたまま、移動しています」
高木の声は震えていた。
その震えは恐怖ではなく――未知への興奮に近い。
高木はさらに試すように言った。
「では……“散らばったまま”別の位置へ。
その状態を保って」
南雲は散らばりの形を頭に描き――
(……散らばったまま)
(……動け)
次の瞬間――
元の散らばり方を完全に維持したまま、金属片は反対側に現れた。
南雲は息を呑んだ。
(……形そのものを、移動させた?)
高木はしばらく沈黙した。
タブレットの画面を見ても、答えが出ないのだろう。
ただ、未知の現象の連続に息を整えているようだった。
やがて、高木は静かに顔を上げた。
「南雲さん。
最後に――もうひとつだけ試したいことがあります」
高木はテーブル中央を指さした。
「“散らばったものを、一か所に集める”
できますか?」
(集める……?
バラバラのものを……ひとまとまりに?)
南雲は深く息を吸い、意識を形として捉える。
(……集まれ)
次の瞬間――
金属片は一瞬で消え、テーブル中央に“ひとつの山”として現れた。
山の形は自然で、乱れもない。
南雲は言葉を失った。
「南雲さん……
これは、もうとんでもない力です」
南雲は山になった金属片を見つめ、静かに息を吐いた。
(……これが、レベル100の“質的変化”のひとつ……?
いや、まだ断言はできない。
でも確かに――何かが“変わった”。)
高木は深呼吸して言った。
「……今日はここまでにしましょう」
南雲は頷いた。
「……はい」
こうして、
“選択”の次に現れたのは――
形そのものに干渉する力だった。
その発現はまだ小さく、確信には遠い。
だが確実に、能力は進化していた。
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