第22話 見えない場所 ー 空間把握の進化
朝の研究室には、静かで澄んだ空気が満ちていた。
だが南雲誠の胸の奥では、昨日の“選択性”の余韻がまだ小さくざわついている。
――ごまだけ。
――塩だけ。
意図したものだけが動いた。
偶然…ではない。
だが、確信もまだ持てなかった。
そのざわつきの奥には、言葉にしづらい不安があった。
(……もし、もっと“変な動き”をしたら?
自分でも制御できない何かだったら?)
そんな気配を察したように、由理がそっと視線を寄せる。
「誠さん、昨日の負荷は残っていませんか?」
柔らかい声だった。
南雲は小さく首を振る。
「大丈夫……だと思います」
高木がタブレットを操作しながら、ふいに言った。
「南雲さん。今日は“視界の外”で試してみましょう」
南雲は瞬きをした。
「視界の外……?」
「はい。昨日までの検証はすべて、視認できる物体だけでした。
でも、もし本当に“選択”が働いているのなら
……見えなくても反応するかもしれません」
由理がわずかに眉を寄せた。
「視界の外……南雲さん、無理はしないでくださいね。
負荷が上がる可能性があります」
その一言が、南雲の胸のざわつきを少しだけ和らげた。
高木は実験台の下の収納棚を指さした。
「ここに金属片をひとつ入れました。
扉は閉めたまま。位置は秘密です」
南雲は棚を見つめた。
(……見えない場所の物体を動かす?
そんなの、今まで考えたこともなかった)
由理がそっと隣に立つ。
「南雲さん、深呼吸を。いつも通りで大丈夫です」
南雲は息を吸い、意識を整えた。
(見えない場所の物体……)
(……でも、なんとなくあるのがわかる)
(……動け)
次の瞬間――
カチン、と小さな金属音が響いた。
高木が素早くテーブルを確認する。
「……ありました。金属片です」
南雲は思わず棚の扉を開く。
中は空だった。
(……本当に見えない場所から動かした?
いや、偶然……なのか?
でも……こんなこと、俺にできるはずが……)
由理がそっと南雲の肩に触れた。
「南雲さん、呼吸が少し早いです。大丈夫、私が見ていますから」
その声は、過度に慰めるでもなく、ただ支えるように静かだった。
高木は棚の中をライトで照らし、次の指示を出した。
「逆を試しましょう。テーブルの上の金属片を“棚の中へ”」
南雲は金属片を見つめる。
(棚の中へ)
(……動け)
――コン、と棚の奥で音がした。
高木が扉を開けると、金属片は確かにそこにあった。
「……成功です」
南雲は息を呑んだ。
胸の奥が熱くなると同時に、冷たいものも流れ込む。
(見えない場所でも……?
俺は本当に“位置”を感じ取っているのか?
それとも――制御できない何かが勝手に……?)
由理が南雲の横顔を見つめ、静かに言う。
「南雲さん。怖いと思ったら、ちゃんと言ってくださいね。
“できるからやる”じゃなくて……一緒に確かめていきましょう」
その言葉に、南雲はわずかに肩の力を抜いた。
高木はタブレットを見つめたままつぶやく。
「南雲さん。これは、もう偶然ではないと断定できます」
南雲は棚の中の金属片を見つめた。
胸の奥がゆっくりと熱を帯びていく。
高木は静かに告げた。
「今日から、“視界の外”の検証も追加しましょう。
選択性の次に現れたのは……見えない場所への干渉です」
南雲はゆっくりと頷いた。
「……はい」
その横で、由理は小さく息をつき、南雲の様子を確かめるように目を細めた。
(南雲さん……無理だけはしないで)
地下室の空気が、わずかに変わった気がした。
小さな兆し。
だが確実に――
能力は、次の段階へ踏み出していた。
お読みいただきありがとうございました。
「続きが気になる!」「誠頑張れ!」と思ってくださった方は、ページ下部にある「ブックマーク登録」と「評価の☆☆☆☆☆」をポチッと押して応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いします。




