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第16話 突然の跳躍 ー 能力の最初の進化

 ラボに灯りが広がると同時に、計測器が低く鳴いた。

その起動音はすぐに消え、静寂の底へ吸い込まれていく。


高木由理は、スイッチに触れた指をわずかに止め、画面を確認した。

いつもより厳密な表情――だが、それを乱れとは言わない。

“観測者としての集中”が研ぎ澄まされているだけだ。


「今日は“正式カウント48回目”から始めます。

設定は昨日と同じ10g。狙いは10cm先の印です」


落ち着いた声。

けれど、その声の輪郭には緊張が潜んでいた。


南雲は小さく頷き、青い印を見つめる。

胸の奥で呼吸のリズムを整え、心に合図をつくる。


(……10cm。軽く。いつもどおり――)

(動け)


――コトン。


音の位置がおかしい。

机の向こう。

青い印のはるか外側。


センサーの脚元、テープの目盛りは――“100.0cm” を示していた。


「……嘘だろ」


南雲の声は、反射的に漏れたものだった。


隣で高木が息を呑む。

端末へ身を寄せる仕草が、いつもより“速い”。


「待ってください……今の、本当に……」


指先が、小さく震えている。

画面を二度、三度、四度と確認する。

深く、長い息。


「距離、100.0cm。設定は10cmのまま。

センサー正常……

本当に“1m”出ています」


言葉が震えを含むのは、初めてだった。


胸の奥で心臓が一度、強く鳴る。

南雲自身、今の“感触”に実感があるわけではない。

ただ――

確かに何かが、昨日と違う線を越えた。


高木が息を整え、短く合図を送る。


「再現を。……お願いします」


南雲は先ほどの、掴み損ねたような“手ごたえ”を慎重になぞった。


(さっきの……線。あの感じのまま)

(動け)


――コトン。


また“ほぼ1m”。

端末に 99.7cm と表示される。


高木の緊張が、僅かにほどけた。

ほんの一瞬、口元がかすかに緩む。


「偶然じゃありません。……よし、50回目いきます」


(動け)


――コトン。


100.0cm。

三度の一致。

もはや揺るぎない。


高木の声は研究者の調子を取り戻しつつあったが、

その眼差しにはまだ驚きの余韻が残っていた。


「連続で“1m圏内”。揺らぎはほとんどありません。

……十分“狙えて”います」


南雲は指を軽く握り、手のひらを開いた。

力を使ったとき、内側にかすかな余韻が残っている。

“届く場所が増えた”という感覚が、皮膚の裏をなぞっていた。


高木が続きを告げる。


「では、10cmにも戻せますか?」


「やってみます」


呼吸を一度整えて――


「51回目。狙い10cm」


(動け)


――コトリ。


表示は 10.0cm。

10cmへも問題なく戻る。


高木がモニターを傾け、静かにまとめた。


「10cmと1m、どちらも打ち分け可能。

そして現状、1mを超える記録はありません。

上限が1mと思われますが、

条件を少しずつ変えて確認します」


「……わかりました」


青い印の外側に、

新たな“1mの輪”が描かれはじめていた。


その外側を想像すると、

南雲の胸がざわついた。

ふと記憶の底に引っかかるものがある。


「……そういえば、ここに来る前……

正確じゃないんですけど……

“50回くらい”は、やっていた気がします」


高木の手が止まる。

視線だけが南雲に向けられる。

否定ではない。

ただ“確認を促す”目だ。


「50回、くらい……」


端末にメモが走る。

高木は計算を素早く行い、小さく息を整えた。


「正式カウントはいま48〜51。

もし来る前に50回前後を行っていたなら――

通算で、100回前後に到達した計算になります」


胸の奥で

100という数字が

“段”として落ちていく。


「……つまり、“100回”で何かが切り替わった可能性がある、と」


「あくまで“可能性”です。ただ――傾向は強い。

仮説として記録します。

 『通算100回前後で、出力段が一段上がる』」


高木は急がず、正確に言葉を並べた。


「次の100回で、確かめましょう」


「……はい」


以降は、1mの位置に“青い丸”を濃くしていく作業だった。


「52回:99.5cm」

「53回:100.0cm」

「54回:97.8cm」

「55回……」


青い輪が、薄い脈を打つように濃くなっていく。



日が落ちかけた頃、ラボは再び静けさに包まれた。

高木が端末を閉じる。


「今日の要点は三つ。

一、48回目で“1m”が初出。

二、10cmと1mの打ち分けが可能。

三、通算100回前後で“段階変化”の傾向。

――次の100回で検証します」


南雲は深い息を吐いた。

“10cmの輪”の外側に、

“1mの輪”が確かに描かれた。

自分の能力が、静かに段を上っていくのを感じる。


「……今日はここまでです」


ラボの灯りが落ちるたび、

胸の奥で1mへ届いたときの感触が、確かに波打った。


お読みいただきありがとうございました。

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