第12話 北辰大学・先端物質科学研究棟 ー バディとの出会い
夜明けよりも早く、南雲誠は隔離拠点を出た。
無言の職員に促され、闇の残る森を抜け、街を横切り、大学の裏門へと到着する。
北辰大学――
学生の姿はなく、早朝の空気はひどく静かだった。
正門とは別の裏ルート。車が停まる位置は、目立たないよう緻密に計算されている。
(……ここが“新しい場所”か)
研究棟は外観だけ見れば大学そのものだが、
足を踏み入れた瞬間に、昨夜の施設と同じ空気を感じた。
――音が消えている。
廊下の白い壁は冷たく、空調の細い吐息だけが流れていた。
大学のはずなのに、人の匂いがしない。
◆
案内された小部屋で待っていると、軽いノックが響いた。
続いて扉が開き、五十代半ばほどの男性が入ってくる。
ツイードのジャケットに、柔らかい物腰。
目尻の皺が、長く人を見てきた者の落ち着きを宿していた。
「お待たせ。山本哲郎だ。道中は揺れなかったかね?」
「……いえ、大丈夫です」
山本の笑みは、肩の力を抜くためにあるような、温かいものだった。
「そんなに緊張せんでいい。ここでは私は“教授”でもあるが、
君にとってはまず“迎えのオヤジ”だ。安心してくれ」
差し出された手は、異様な静けさの中で唯一“人間”の温度を持っていた。
「現状について、十分な説明がなかったかもしれんな。
君は今日から“研究助手としての配属”という扱いになる。
名目上の身分は必要だ。君を守るためにもね」
山本の声は穏やかだが、言葉の奥に確かな意志があった。
「……ありがとうございます」
「私は田坂とは学生時代からの腐れ縁でね。
互いに腹を探らん仲だ。
だからこそ、彼は私に“君を託した”。
――ここでは、君を守るのが第一だ」
南雲の胸の奥に、硬く締めつけていたものがわずかに緩んだ。
◆
廊下を歩く。
山本は歩幅を合わせ、ところどころにキャンパスの雑談を挟んでくれる。
その気遣いが逆に、普通ではない状況を際立たせた。
「北の空気は冷えるが、そのぶん頭が澄む。
ここなら、君の“考える時間”も確保できる」
カードリーダーが青く光り、重い扉が静かに開く。
「ここがメインラボだ」
白い室内に、ひとりの女性がいた。
肩までの黒髪を結び、眼鏡の奥に揺れない光を宿している。
透明感のある美人だが、近寄りがたい雰囲気を持つ人だった。
彼女は姿勢を崩さず、静かに言った。
「……あなたが、南雲誠さんですね?」
「はい」
机の端に識別カードが置かれる。
大学の所属印。その隅に“小さく”記された文字。
――政府出向。
「高木由理です。今回の件で政府から“補助と連絡”を任されています。
こちらでの手続き、外部との調整、すべて私が窓口になります」
(……“監視”とは言わないんだな)
胸の奥に薄い警戒の膜が張る。
山本が場を整えるように一歩下がって言った。
「運用は高木君が主導だ。私は節々で口を挟む。
――高木君、あとは任せるよ」
「了解しました、教授」
静かだが、すでにこの部屋の空気は変わった。
南雲の“研究室での最初の日”が、静かに動き出す。
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