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第12話 北辰大学・先端物質科学研究棟 ー バディとの出会い

 夜明けよりも早く、南雲誠は隔離拠点を出た。

無言の職員に促され、闇の残る森を抜け、街を横切り、大学の裏門へと到着する。


北辰大学――


学生の姿はなく、早朝の空気はひどく静かだった。

正門とは別の裏ルート。車が停まる位置は、目立たないよう緻密に計算されている。


(……ここが“新しい場所”か)


研究棟は外観だけ見れば大学そのものだが、

足を踏み入れた瞬間に、昨夜の施設と同じ空気を感じた。


――音が消えている。

廊下の白い壁は冷たく、空調の細い吐息だけが流れていた。

大学のはずなのに、人の匂いがしない。



案内された小部屋で待っていると、軽いノックが響いた。

続いて扉が開き、五十代半ばほどの男性が入ってくる。

ツイードのジャケットに、柔らかい物腰。

目尻の皺が、長く人を見てきた者の落ち着きを宿していた。


「お待たせ。山本哲郎だ。道中は揺れなかったかね?」


「……いえ、大丈夫です」


山本の笑みは、肩の力を抜くためにあるような、温かいものだった。


「そんなに緊張せんでいい。ここでは私は“教授”でもあるが、

君にとってはまず“迎えのオヤジ”だ。安心してくれ」


差し出された手は、異様な静けさの中で唯一“人間”の温度を持っていた。


「現状について、十分な説明がなかったかもしれんな。

君は今日から“研究助手としての配属”という扱いになる。

名目上の身分は必要だ。君を守るためにもね」


山本の声は穏やかだが、言葉の奥に確かな意志があった。


「……ありがとうございます」


「私は田坂とは学生時代からの腐れ縁でね。

互いに腹を探らん仲だ。

だからこそ、彼は私に“君を託した”。

――ここでは、君を守るのが第一だ」


南雲の胸の奥に、硬く締めつけていたものがわずかに緩んだ。



廊下を歩く。

山本は歩幅を合わせ、ところどころにキャンパスの雑談を挟んでくれる。

その気遣いが逆に、普通ではない状況を際立たせた。


「北の空気は冷えるが、そのぶん頭が澄む。

ここなら、君の“考える時間”も確保できる」


カードリーダーが青く光り、重い扉が静かに開く。


「ここがメインラボだ」


白い室内に、ひとりの女性がいた。


肩までの黒髪を結び、眼鏡の奥に揺れない光を宿している。

透明感のある美人だが、近寄りがたい雰囲気を持つ人だった。

彼女は姿勢を崩さず、静かに言った。


「……あなたが、南雲誠さんですね?」


「はい」


机の端に識別カードが置かれる。

大学の所属印。その隅に“小さく”記された文字。

――政府出向。


「高木由理です。今回の件で政府から“補助と連絡”を任されています。

こちらでの手続き、外部との調整、すべて私が窓口になります」


(……“監視”とは言わないんだな)


胸の奥に薄い警戒の膜が張る。


山本が場を整えるように一歩下がって言った。


「運用は高木君が主導だ。私は節々で口を挟む。

――高木君、あとは任せるよ」


「了解しました、教授」


静かだが、すでにこの部屋の空気は変わった。

南雲の“研究室での最初の日”が、静かに動き出す。


お読みいただきありがとうございました。

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