第11話 北海道到着 ー 明日はどうなる
機体がゆっくりと高度を下げていく。
南雲誠――
その名を名乗ることに、ようやく体のどこかが馴染み始めていた。
窓の外に広がったのは、燃えるような赤と黄と橙。
限りなく続く森が、秋色のグラデーションに染まっている。
(……これが、北海道の秋か)
沖縄の青の世界とはまるで違う。
空気は澄み、どこか“音を吸うような”静けさがあった。
着陸の衝撃が軽く伝わり、タラップを降りた瞬間、
ひんやりとした風が頬を撫でた。
冷たい――だが、刺すような寒さではない。
深まる秋を告げる柔らかな冷気だった。
「南雲誠さんですね?」
スーツ姿の男が、名乗りもせず短く会釈した。
防衛省の匂いがするが、胸章も身分証も見せない。
「こちらです。車を待たせています」
案内されたのは普通の車だが、周囲の“気配”が一般ではなかった。
視線。立ち位置。歩き方。
仮に警護と呼ぶなら、“目立たないことを目的とした警護”だ。
(……俺は、もう普通の自衛官じゃない)
車は街を離れ、森の奥へと分け入っていく。
一本道の先に、ひっそりとした研究施設が姿を現した。
外観は地味だが、警備カメラの向きと数が常識を逸脱している。
「今日は、ここに」
中に入ると、白い廊下がまっすぐ伸びていた。
病院のように清潔で、研究所のように静か。
空調の微かな脈だけが、耳の奥の空洞をくすぐる。
「まずは簡単なメディカルチェックを」
必要最低限の受け答えだけ。
質問も説明もない。
沈黙が“マニュアル化されている”ような、磨かれた静けさだった。
(……ここで能力の話は、まだしない方がいい)
検査を終えると、先ほどのスーツの男が再び現れた。
「異常はありません。疲労のみ。本日の予定は以上です。
明日、担当が面談します。以降の詳細はそこで」
“担当”。
役職も名前も出さないあたりが、逆に重い。
廊下の窓から、赤い葉が揺れ、地面にはどんぐりが転がっていた。
ただの森なのに、どこか“境界”の外側にいるような遠さがあった。
◆
与えられた居室は簡素だった。
ベッド、机、小さなクローゼット。
隅にさりげなく据えられた、小さな監視カメラ。
壁の赤い非常ボタンが、不自然なほど鮮烈に目に刺さる。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
(……南雲誠。今日から俺はこの名前で生きる)
胸ポケットからボールペンを取り出し、机の上に置く。
視線が、自然と吸い寄せられる。
(動くな――)
心の奥で小さく念じたところで、
南雲はふっと息を吐き、首を振った。
ここで試すのは違う。
“見られていない”と思った瞬間に限って、誰かが見ているものだ。
(ここで……俺の力がどう扱われるのかが決まる)
希望と恐れが混ざり、胸の奥で静かに渦を巻いていた。
◆
夜。
カーテンの隙間から滲む黒い森。
風のざわめきに混じり、遠くで獣の低い唸りのような音。
そのとき――スッ、と音がした。
ドアの下から紙が一枚滑り込んだ。
開けても廊下にはもう誰もいない。
『明朝5時、移送予定。集合:玄関ホール』
紙を畳んで引き出しにしまい、ベッドに横たわる。
白い天井が、冷たい光の膜のように広がっていた。
――耳の奥に残る声。
――10cmだけ動いたボールペン。
(俺は……何に“選ばれた”んだ)
答えはどこにもない。
――コン。
隣室から、小さな金属音。
物を置いたか、落としたか。
気配は一瞬で消えた。
(……明日、担当者に会う)
そう言い聞かせ、南雲はゆっくりと目を閉じた。
秋の冷気が静かに部屋に満ちていく。
こうして、北海道での最初の一日が終わった。
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