魔王①
26話になります。
第2審臨と第1審臨には、どんな魔物が棲んでいるのだろう。
ミラトスの時代からいる魔物は、どんな形をしているのだろう──。
「昼間なのに闇夜みたいだ」
深々と生い茂った樹木や粘りけのある木々。
鋭く尖った棘の花などをかきわけて、ラナは昨日の場所に向かっていた。
魔物生息区域ミラトス第1審臨地帯は姿を現しても見せても、ラナ以外で目視できる存在がいないため、文献に描かれている第1審臨と第2審臨が黒い雲に覆われ、恐ろしげな魔物が隙間なく周囲をかためている図を見たとき、ラナは衝撃を受けた。
──いや。1匹もいないよ。
どちらかといえば、第2審臨を知らなければピクニックでもできそうな雰囲気だ。
審臨の中はあからさますぎて、手が加えられていることがわかる。
──魔王だよね。
第1審臨の主に近寄らせないために施された幻術結界はラナでも解呪不可能だ。
──魔王の気分次第かな。
第2司令官であるティアルも、こちら側に近寄るなという凄まじい圧と強い魔物の気配はするが、視認できないと言っていた。
これまでの審臨は使聖が勝てば消滅した。
魔物が勝てば審臨は魔物を更に呼び、使聖も苦戦を強いられていた。
繰り返しの歴史が区切りを得たのは、第13の区域までの審臨を消滅したからだ。
第13審臨に使聖は入れて魔物も棲んでいた。討伐とともに消滅したため、次は第12審臨だと探さても見つからない。ようやく姿を現した第12審臨は、見えるものと見えないものにわかれた。
見えるものが中に入ろうとすれば弾かれ、木々をなぎ倒しながら吹き飛んだ。
審臨に棲んでいるはずの魔物は出てこない。
なにが起きたのか。
大聖堂の研究班が調べたところ、ミラトスと思われる神の能力が発動していることが判明した。
数が小さくなればなるほど、どこに審臨が出現したのか、使聖には見えなくなった。
時空を歪ませて、見えても触れられず、時間が経てば審臨も姿を消した。
第12審臨は新しく生まれた魔物を弾くミラトスの呪が施されている。
村を、町を、人を襲い、壊滅させる魔物は第12審臨以外に棲む魔物だ。彼らは審臨に入れないことに苛立ちながらも、審臨から発せられる瘴気に怯える。
勝てないとわかっているから歯がゆく、姿が見えないから焦る。
ラナは魔物討伐をするたびに歓喜する村や町、貴族や権力者の姿を眺めては、言いたいことをのみこんできた。
──あれは、あなた方の生み出した一部であり、只人が、欲が、嫉妬や争いが蔓延る以上、殲滅させることは不可能なのです。
なぜラナが確信しているのか。
ラナにもわからない。
いつも頭の中に直接語りかけてくる別の誰かがラナに教えてくれる。
なぜか、ラナは声を信じた。
──いつも泣いてる。
泣き虫だからだ。
助けられたはずの存在を助けられなかったと悔いては、なにが起きても、どんなことがあっても、信じると決めた相手を最後まで信じぬくように伝えてくる。
──神がいなくなり魔物が誕生した。
絡繰りは理解した。
只人は神がもたなかった感情抱いてしまった。
純粋な憧れではなく、同じようになりたいという神に対する焦燥だ。
平等という言葉を只人はもたない。
自在に能力を操る神が。羨ましい妬ましい。
やがてその感情は富に手を伸ばすこととなる。
宝石を身につけ、絹のドレスで着飾り、美しい女性を迎えて、大きな屋敷を建てる。
領地をつくり、侵入者を拒む。
富。名誉。そして金。
美貌。見栄え。使用人の数。
なにかに突出した才能。
数え出せばきりがない。
欲望はいつだって嫉妬と比例する。
負の感情が抱えきれなくなり、只人の中から魔物として外部に排出される。
その繰り返しだ。
無限に生まれる魔物を殲滅するには──只人を殲滅しなければならない。
只人は信じないだろう。
自分たちは常に正しい。
大聖堂に祈りを捧げ、大司教を敬い、3使聖を尊敬している。
──形式上はね。ようするに見栄と建前だ。
守ってもらうためには使聖がいなくてはならない。使聖は誰でもなれるわけではない。
只人の悪意が魔物となる。
ラナが言ったところで効果はない。
只人がもつ恨みや妬みに呼応して悪意が1つになり、強大な魔物が誕生する。
只人は魔物を憎む。
魔物は只人を憎む。
お前たちが生み出したのに。
なぜ狩られなければならない。
嫉妬に負けたのはお前たちだ。
只人と魔物の負の連鎖が止まることはない。
自信家の使聖が数名、第2審臨区域に立ち入ったことがあった。
その日はラナ以外にも、第2審臨がいやにはっきり見えていた。瘴気も薄く、酸素がある。魔力は感じられない。
罠だと賢明な者はさとり、愚かな者はチャンスだと挑みにいった。
無理だと制止したのは誰だったか。
ラナはティアルに髪を梳かれていた。
ロシュタムはパンプキンパイに舌鼓をうち、ラナとティアルの分をもっていこうと食堂で楽しんでいた。
賢い者は知っている。
この先で待っているのは惨劇だ。
無謀な存在に血路を見出すことは不可能だ。
あいつらは、今日でさよならだと。
数日後の真夜中に、礼拝堂のステンドグラスを突き破り、血塗れた頭蓋骨が投げこまれた。
誰も悲鳴をあげずに、なれの果てに「やっぱりこうなったか」とため息をついた。
第3司令官のロシュタムには、第2司令官のティアルと第1司令官のラティナに報告義務がある。
ロシュタムの口から必要があればティアルに報告がいき、解決が複雑な場合は第1司令官が討伐にに向かう。
今回は、こちら側が全面的に悪い。
──いや、馬鹿がやらかしたことに報告書が必要か?
ロシュタムのひとりごとはもっともだった。
ティアルは形式上ですからね、とロシュタムが提出した報告書に印を押した。
ラナはティアルの隣で背伸びをして、身長の高い2人がやり取りしている報告書を読もうとした。
──だめだ。こんなお粗末な内容をラナが見る必要はない。今は第1司令官のラティナか。
──字も汚いですしね。第1司令官が見るほどの内容ではありません。
書類を高く持ち上げられてしまい、ラナは読むくらいはやらせてよと訴えた。
──1行だけですから。馬鹿が罠に引っかかって首と胴がさよならしたと書いてあるだけです。
同意するロシュタムに、ラナは諦めざるを得なかった。
なにより、届かない。
僻みと嫉妬からはじまった1人の暴走が原因だと2人はラナには言えなかった。ラナの耳に入らないようにロシュタムはティアルと目配せをした。
金持ちの子息は名誉を欲する。
屋敷にいる間は恭しく頭を下げられ、身の回りのことはすべて誰かがしてくれた。
豪華な食事にアフタヌーンティー。
いろどりどりの菓子にケーキで茶会を開き、美しい女性を侍らかせた。
誰もが言うことをきいた。
自分が1番だと疑わなかった。
大聖堂に入り、彼は一番下の身分となった。
身の回りの世話係はいない。
雑用もやらなくては食事にありつけない。
8人部屋はせまく、凝った料理は出てこない。自分で器をもち、食べれる分量を盛り付つける。
使用人があたりまえにしてくれていた。
彼はロシュタムに不満をぶちまけた。
──なぜ、あんなガキが優遇されて.身分のあるおれが小汚い小屋に住まなければならない!
大聖堂の広場で使聖徒に刃のない仮の剣で素振りをさせていたロシュタムは、
──ラナはおれより強いが?
真剣な表情で告げた。
──そんなわけあるか! 弱みか金を握らされているんだろう!
彼は強い人魔物を狩ったら、ラナと戦わせてくれるかロシュタムにつめよった。
──好きにしたらいいとは思うけど。
彼は続きを聞かなかった。
ロシュタムはティアルが立ちはだかるだろうから無理だぞ、と付け足して、言っとくがラナはティアルよりも強いぞ、と彼がいた場所で警告をした。
結末は、審臨に棲まう第2審臨の魔物の怒りをかうルートと決まっている。
お前たちほど傲慢でわがままな生き物はいないと、頭蓋骨から地の底から這うような声が幾重にも響いた。
ステンドグラスがヒビも入らずに砕け散った。
──メッセージ付きとはしゃれてんな。
いつの間にかいたロシュタムは、血濡れた頭蓋骨に手を伸ばした。恐怖に引き攣った表情を見るのは幾度目か。
──食料にもされなかったんだな。頭蓋骨は迷惑料をよこせと言ってるな。
ロシュタムは使聖が犯した後始末の担当だ。第3司令官だからではない。1番哀れまないからだ。
──なるようにしてなった奴らに同情するほど暇じゃない。
人懐っこくてあかるい第3司令官は、ティアルよりも冷酷に使聖を切り捨てる。
使聖たちはロシュタムの人懐っこさに気を緩め、ティアル様よりロシュタム様が強い、ラナ様など問題外だと口にする。
2人に守られているお飾りで役立たずの第1司令官を殺すなら手伝いますよと本気で語る。
ラナを蔑む使聖の会話はロシュタムの逆鱗に触れる。
実力のない者ほど顕著であり、後始末担当のロシュタムは、今日も元使聖をどう始末するか考えていた。
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