ティアルとロシュタム②
第25話です。
ついてくるなと言われたから、隠れてついていった。
好奇心が秘密をあばくことになるとは思わなかった。
見てしまった能力を誰にも話さないとお前に、ラナに誓うから。
もしも誰かに、おれのせいで知られたとしたなら、おれを殺してくれて構わない。
お前になら殺されたって構わないと、出会ったときから決めているんだ──。
2人を繋ぐ誓いの糸がロシュタムには見えている。実際には糸ではなく光の粒子だ。何色にも変わる輝きがロシュタムは好きだった。
ティアルの生死はラナの生死にかかっている。
ラナが弱ればティアルも弱る。
ティアルはラナのいない世界に未練がない。
実にティアルらしく、その愛情に押しつぶされることなくティアルを受け止めているラナにも、ロシュタムは感嘆する。
同時に、羨ましいと心が叫んだ。
ラナが羨ましくてしかたがなかった。
──お前も遅れた側だ。
──お前はいつだって遅い。
真剣な声がした。
──なんの話だ?
──誰のことだ?
ロシュタムには理解できない。
──それよりも、お前もって。
知らないはずなのに、よく知っている声だとロシュタムは内側から聞こえた声を受け入れた。
ロシュタムの意思に関係なく声はティアルに振り向いてもらうことは諦めろ、先約がいると繰り返す。
「ラナのことだろう。そんなのしってる」
だから今の関係でいいのだと、ロシュタムはラナに危害を与えた愚者を引きずり、今日も門から外に叩き出す。
──違うな。今のあいつの1番はラナじゃなかった。
──先約はラナじゃないよ。
立て続けに聞こえてきた声に、ロシュタムは混乱する。
ラナが1番ではなかった?
ならば、誰が1番だったというのか。
ロシュタムが大聖堂に来る以前。
ティアルが大聖堂に来た理由。
ラナがなにに感づいて隠しているのか。
ロシュタムは考える。考えて長く息をはいた。
「わかるか。心は繊細で簡単に触れていいものじゃねえよ」
緑の眼にラナやティアルといるときの柔和さは欠片もない。
どこまでも冷たく、容赦のない第3司令官は、冷淡な表情をしていた。
ロシュタムは今、ティアルとラナを隠れて見ている。気配は完全に消しているが。
──いや、ばれてるかなこれ。
──やばい。シャレになってない。ティアルに殺されかねない。
第2司令官の怒りを第3司令官がかうことは頻繁にある。司令官どうしでの諍いはよくても、本気のやりあいは避けなければならない。
立場を入れ替える挑戦だと使聖が困惑するからだ。
弁当を片手にしたティアルの、ついてくるなという圧は凄まじかった。
周囲にいた使聖が逃げ出すくらいには、ついてきたら消す、と威嚇していた。
「ラナ、肩と背中をみせていただけますか?」
ティアルはラナの手首まである使聖の衣をまくりあげた。
ラナは無抵抗だ。
ティアルに抵抗をして勝てるわけもなく、する理由もない。
ティアルだから。
理由など、それで十分だ。
「これはまた、派手にやられましたね」
赤黒く変色した肌が露出する。
肩口も、背中から脇腹を殴られた痕がある。
前側から見えない悪質な手口だ。
バツが悪そうに、ラナはティアルを見た。
「あなたは隠していたつもりでも、身体をうごかすたびに、表情がわずかに歪んでいましたよ」
ラナは隠すことに慣れていた。
ティアルと2人きりだと気が緩んだ。
気の緩みがなくとも、違和感には気がつかれていただろうが。
──だってティアルだから。
「ちょっと痛いくらいだから大丈夫」
「これをちょっとと呼ぶなら医者は必要ないですよ。急患でおかしくない。なにより、わたしの心が大丈夫ではありません」
大聖堂には急患室と手当をする使聖が待機している。彼らは薬学や医学に長けており前線には出ない。後方を支援する頼もしい大聖堂のいち員だ。誰でも金など不要で利用できるのに、ラナは頑なに行きたがらない。彼らはラナに好意的だ。
ラナが彼らを魔物に襲われた村から救いだし、才を見いだし伸ばした。賢いね、偉いねと可愛がるうちに、すっかりラナに懐いてしまった。
ティアルは純粋な好意なら見逃している。
ラナにとっても医務室は必要不可欠だからだ。
ラナは殴られた痕や呪を、本人にはね返すかとができる。また、相手の傷も引き受けることができる。ミラトスの能力でラナが命の危機に瀕すれば修復されるからだ。
──ミラトスもたくさんの傷や病をひきうけたのでしょうね。
痛みもまるごと移るのに、表情に出さず。
ラナに宿るミラトスの力は絶大だ。
半端な暴力や呪をかけてきた相手のほうが重症となる。
ラナをいたぶれ、あいつはなにも言わないと唆した者に身内がいれば、全員に解けない呪が浮かぶことを彼らは学ばない。
簡単には死ねないように、ゆっくりと臓腑を、皮膚を腐らせていく。
ラナが願わずとも、ミラトスの意思が許さない。
殺してくれと懇願しても、大金をはたいても、呪いは解けない。解呪する能力を宿した貴重な存在も首をふるだけで手が出せない。
やがて呪いの芳しさにつられた魔物に生きたま臓腑を食い荒らされることになる。
臓腑がなくなっても、大量の血を流しても、脳が砕けて顔面が判別できなくなっても、死ねないように呪いは意識と痛覚を接続する。
ばらけた部位は永久に意識を存在させながら大気をさまよう。魂ごと消滅に至るには数千かかる。
ミラトスの呪が変質しているとも言われていた。
誰かが願った。
ミラトスを傷つけた存在に永劫の呪を。
ミラトスが望まなくても神々は許さなかった。
ミラトスが神々に好かれていた証拠だ。
そのはずなのに、神々はミラトスを残して先にこの大陸から去ったと記されている。
なにが起きたのか。
今を生きる存在に、何万年も前のことはわらかない。
ミラトスの呪があるように呪にも種類がある。ティアルの呪はロシュタムのものよりも強大だ。
「失礼しますよ、ラナ」
変色した箇所にティアルが口づける。
見る間にラナの肌が正常なものとなる。
「あなたを傷つけた相手は今頃、顔面が崩れているでしょうね。声帯も爛れて首の皮が剥げ落ち、人としての生命活動が終っているでしょう」
淡々と言うティアルに、ラナは俯く。
「あなたが許してもわたしは許しませんと伝えているはずです」
優しさはときにつけこまれる。
ティアルやロシュタムが側にいない今ならラナに勝てると勘違いをする存在が一定数いる。
勝てなくても腹いせにケガをさてるだけでも構わない。よからぬ考えをもつ存在は減らない。
解呪能力に長けていない第1司令官など飾りにすぎないと馬鹿にする。ラナが死ねばいいと本気で実行にうつす存在が稀にいるから、ティアルは呪の研究をやめない。
ラナの解呪能力は大聖堂の誰よりも強い。
ティアルでさえ敵わない。
ラナが言わず、ティアルも触れない。
能力が広がれば、只人たちが病を治せ、腰を、古傷を、臓器をと群がられ、使聖なのだから無償の行為だと勘違いをする。
ラナの体力を考えたことが1度でもあるのか。
ラナが倒れても早く目を覚ませと続きを促すのか。
只人は自らの利益しか考えない。
大聖堂の使聖は恵まれていると疑わない。
与えられた能力で呪進化させるための研究をする。ミラトスが残した力の残骸を拾い、神々がミラトス大陸から去る前に残した力の欠片を解析する。
混ぜると危険なときもあるが、新しい呪や能力となる。
「もう痛くないでしょう?」
「うん。ありがとう」
ラナを害してまで手に入れたいと願う輩にやすらぎなど不要だ。少しずつ生命活動に綻びが見えてきたときの恐怖を味わってもらわなければティアルの怒りは増幅されるばかりだ。
静の一族の中でも極秘にされている癒しの能力は、静の珠人だけに許された能力だ。公にすれば、我が子を、怪我人を、病に罹った全ての民を治せと大聖堂に人々は押しかけてくるだろう。ティアルをさらって囲いたい権力者がただでさえ後を絶たない。ティアルのもつ癒しの力は万能ではない。制約がある。大聖堂内でも知っている者はわずかであり、一切の口外を禁じていた。
手を翳すだけでも治せるが、それでは芸がない。
ラナはわかっているのかいないのか。
ティアルの好きにさせていた。
「ほかに痛いところはないですね?」
「ないよ。大丈夫」
「隠しても無駄ですよ」
「本当に大丈夫だよ」
「良かった」
華やかな笑顔がティアルによく似合う。
心から安堵した表情に、ラナは申し訳なさと同時に見惚れてしまった。
右肩をまわして、手を握ったり開いたりを繰り返した後、
「いってきます!」
ラナは元気な声で扉に跳躍した。
簡単に開けると、扉の向こうは見事な青空が広がっていた。
ラナがいると座標が整うらしい。
なるほど、とティアルはなっとくする。
扉からラナが出ると自然に扉は閉じた。
ティアルには開けることはできない。
厄介だが、これはこれで役に立つとティアルはラナのことを考えながら、
「わたしは、ラナのためにこの命を使おうと決めています。ラナ以外の言うことは聞きません。ロシュタム、あなたでもです」
「やっぱり気づいてたか」
ラナが駆け出して扉が自動的に閉まると、青空も見えなくなる。ティアルはツタの裏側から情けない表情で出てきたロシュタムに、盛大なため息をついた。
「あなた、なんでこの場所をしっているのですか?」
ロシュタムは答えない。
「ラナを尾行したのですね。それも初犯ではなく、何度も」
ティアルの言葉に、ロシュタムは小さくなるしかなかった。
全て事実だ。
ティアルはロシュタムの行動を把握しながら、このときまで放置していた。
それは──恐ろしい事実だ。
ラナにこの扉の前で1度でも話しかけていたら、ロシュタムは今、この場にいない。
「あの子を探るのは誰かの命ですか?」
沈黙はなによりの証拠となる。
ティアルは右目をおさえた。
「痛むのか?」
「疲れましたからね」
「ごめんな」
2人の後を追いかけてきたものの、出るに出られない場面展開となり、ロシュタムはツタに偽装して気配を消していた。
「のぞきとは、いい趣味をしてますね」
冷ややかな口調のティアルに、ロシュタムは反論してはいけないことを学んでいた。
「あなたの主人が誰かはしりませんし、しりたくもありません。ですが、もしもラナを傷つけたら、 わたしは容赦なくあなたを殺します」
淀みのないティアルの言葉に、
「ラナを傷つけるつもりはない。裏切るつもりもない。それだけは信じてくれ。ティアルを裏切るつもりもない」
迷いのない誠実さで、ロシュタムは精一杯、今開示できる情報を伝えた。
「この場所は他言無用ですよ」
「言うわけがないだろう」
ティアルは、ロシュタムな喉元に水刹の剣の切っ先を突きつけた。横に動かせば表面の皮がきれる。ロシュタムは動じない。
「及第点ですかね。ラナを害する機会は何度もあったようですし。わたしはね、ラナが幸せならそれでいいんです。あなたがどうなろうがしったことではありません」
改めてロシュタムは、ティアルの中でラナが最優先であり、ほかはまとめてどうでもいいに分類されていることを実感した。
「ラナの行き先をしってるんだな」
「さあ。1つ言えるのは、わたしがラナを手放す日が来ないというけとですかね」
「わかってるよ」
「宣戦布告です」
「ラナはティアルのものだと言う話だな」
「そうですよ。あなたね、見ていたならわたしが軽量の呪を使う前にやることがあったでしょう」
ティアルの言葉に、ロシュタムはやはり騙せないかと降参した。
重力操作をしりながらティアルは怯まない。
打ち消しの呪くらいなら、ティアルは組み合わせて発動させるだろう。
物質も質量も関係ない。
重力を無にする法則だけではなく、編み合わせて拘束具をつくりあげる。
ティアルの才がラナを守るために起因しているのだから、筋金入りのラナマニアだなと苦笑する。
「おれがラナに危害を与えることはない」
「あたりまえです」
「ラナを傷つける者はあなたでも許しません。直ぐ泡にしてさしあげます」
ティアルは宣言した。
ティアルのもつ水刹の剣は、水であるから掴めない。掴もうとすれば腕ごと断面をみせて腕が地に転がる。
深海よりも静かで暗く、氷塊よりも冷たく凍える眼差しで、ティアルはロシュタムを射抜く。
青い眼にうつるのは、ラナの敵か敵ではないかという2択だ。
「では、急いで戻りましょう。問題は山積みですからね」
「ありがたいこった」
ティアルは話題を変えた。
あらかた知りたかった情報をひきだせたのだろう。
ロシュタムは最初からわかりきっていたことだと開きかけていた想いを封じる。
抱いてはいけない想いが大きくなるたびに、ロシュタムは心を1つ殺す。埋葬された想いの屍に立つのは、2人を平等に守りぬく使命をもった第3司令官だ。
「新人の使聖も使聖徒も、あなたに甘えすぎています。今日は勝ち抜き戦を行いなさい。勝者はわたしと戦ってもらいます。好きで挑んでくるのなら別ですが、今回は罰則はありません」
「そりゃそうだろ」
ティアルの存在に気がそぞろになっている使聖には、いい薬になるだろう。
容姿に惑わされていては使聖としては失格だ。ラナを羨み、憧れ、崇める。使聖の8割はティアルがラナと一緒にいたいのだと理解している。
2割はラナではなく、自分の方が容姿もよければいずれラナを抜かすと謎の自信に満ち溢れたどうしようもない存在だ。
「大ケガをさせたらティアルがたすけてやれよ」
「実力不足の使聖はいりません」
「容赦ないな」
癒やしの力を仄めかしても、ティアルは動じない。ラナにしか使わないのだからあたりまえか、とロシュタムは諦める。
諦めるしかない。
ティアルにとってラナは救いだ。
大聖堂にティアルがきた経緯をロシュタムは探った。知ってしまったからこそラナには感謝しかない。
──絶望の先にあった希望か。
ラナがでかけた先はロシュタムにはわからない。ティアルがめずらしく嫉妬していることが全てだ。
「ぼさっとしない。行きますよ」
「はいはい、仰せのままに」
審臨を見張るだけが使聖の役割ではない。
新人の育成に討伐形態、大聖堂に訪れる来客をさばいたりなど、1日は有限だ。
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