ティアルとロシュタム①
第24話です。
ミラトスとラナはどんな繫がりがあるのだろう。
これ以上、あの子からなにも奪わないでください。
わたしの全てはあの子のために。
決めたのです。
だから、あの子はわたしの1番になったのです。
どうか、許してください。
わたしの──1番だったあなた。
ラナとティアルの2人がいる場所は、大聖堂の裏手と言えばわかりやすい。
陽光があまり差し込まないために薄暗く、人の気配はしない。魔物があからさまに出てきそうな場所にくるもの好きは使聖なら避けて通るのが普通だ。
北西の壁沿いに湿り気のあるツタが一面に生えている。葉の1枚いちまいが大きくてツタも太いために壁を隠してしまう。葉をめくり、壁を確認した者は閉口するだろう。
鍵の壊れた小さな木製の扉が1つ。
不自然な形で、不自然な位置に設置されていた。
人が1人通り抜けられるくらいの幅の扉は、四角でも円でもアーチ状でもない。
縄を床に投げたように、ぐにゃりと歪んでいる。位置も塀の中間より上にある。なによりもぐにゃりとした形のものが斜めに傾いていた。
あれを門と呼べるのか。
一応、木製扉の形状は保っている。
ラナは外に行けて、中に入れて便利のひと言てわ片付けた。
この扉ををしっているのは、ラナとティアルだけだ。
ラナが大聖堂にきたばかりの頃。
ラナはこれまでのこともあり、人目を気にした。
徹底的に避けた。
使聖といえども、元を辿れば只人だ。
ラナを甚振ってから気がすんだら首をへし折ってやると脅してきた只人だ。
ラナが怯えない理由はない。
貴族や名家出身の者が多く、ラナのように孤児からいきなりミラトス大陸の最高権力者、大司教に次ぐ権力を保持する第1司令官の座に任命されるなど有り得ないと騒がれていた。
彼らは確かに赤い光を見た。
その後の惨劇は語り継がれている。
ラナは容姿どおりにミラトスの能力を受け継いでいた。
だからといって、腰の低いラナが第1司令官であると認めることはできない。頭が凝りかたまった使聖の上位にいけない存在からすると疎ましくて仕方ない。
ゆえにラナは、よく大聖堂内で迷子になった。
響きは愛らしいが実質は置き去りだ。
ラナをよく思わない存在が、ティアル様があちらで待っておられます、こちらで呼んでおられましたと声をかけて方角を指し示せば終わりだ。
ラナは罠だとわかっていても従うしかなかった。
ティアルを慕う者からすれば、ラナは突然現れた邪魔者だ。わからないように消してしまえばどうとでもなる。迷わせて魔物が食らってくれたら最高だと嘲笑う者もいた。
後にティアルが「大掃除がはかどりますね」と泥だらけ、傷だらけのラナの頬をこすりながら、なにかを決意した青い眼差しで大聖堂を睨みつけていた。
なにがあったのかはティアルだけしかしらない。
何百名の使聖が突然身分を剥奪されて大聖堂から追い出されたと、噂話をしている使聖を見かけたくらいだ。
ラナは迷子として数回迷い込んだ先で見つけたこの場所をいたく気にいった。
偶然見つけた扉がラナにはなぜだか懐かしくて、涙があふれそうになった。必死に感情をこらえると、ラナは急いでお気に入りの場所と扉をティアルに紹介した。
ティアルは扉がある蔦をめくり、空間に入った。途端に言いようのない目眩と脳を揺らす甲高い耳鳴りに襲われた。
どこまでも空っぽの、ぐにゃりと歪んだ空間が広がっていた。
ラナは外に通じていると言うが、これは侵入者を拒む呪だ。内側からも出られない。特定の者を感知して捻れた空間が正しい座標に戻る呪。
こんな高度な呪が扱える存在を、ティアルは1人しかしらない。
──この扉はミラトスが創ったもので間違いありませんね。
ラナが通り抜けられる。
ラナはミラトスの能力を扱える唯一だ。
うかつに潜れば最後、脳をかき混ぜられる感覚と一緒に、潜り抜けた先がどこであるかわからなくなる。もしかしたら全く違う時空に通じており、心身ともに破壊されるパターンだ。ティアルは直感に従い後退した。
ミラトスだけが座標を操作できる隠し扉だったのだろう。他の使聖には扉さえ見えていないはずだ。
ラナはミラトスの意思を継いでいる。座標を考えなくても自然とラナの中で複雑な数式や図が組み立てられて外に通じ、中に入れる仕組みになっているに違いない。
ミラトス大陸で神々と只人が共存していた神話時代に重要な役割を担っていた扉なのだとティアルは推測した。
ラナだから見つけられた。
ミラトスが招いた。
ミラトスがラナを誘った。
扉は鍵の部分も捻れており、ティアルが開けようとしても土の中に埋まっているような、コンクリで固められているような感覚しかなく、鍵の解除ができなかった。
ラナは横に引いたら開くよと捻れが見えていないのか、すんなりと解錠する。
開いた先は異空間だが。
ラナには言うまいとティアルは誓った。
──ティアル。君になら動かせるはずだよ。座標をずらすのは君の得意とする分野だったはずだ。
まただとティアルはため息をのみこむ。
何者かがティアルによけいなことを吹き込む。
振り返っても誰もいない。
耳元で声がしたのに、姿はない。
訳知り顔の声に従うことは、なんだか癪に障った。
「ラナ。日暮れまでには帰ってきてくださいね」
どこにラナがいくのかティアルは察していた。
強行突破に出られるより、約束をしてから行かせたほうがティアルにとっても都合が良かった。
──ラナの想いに気づかなかった存在にくれてやることはできない。
──あなたが甘えたから、あのような最後を迎えたのです。
ティアルの中で見知らぬ誰かに対しての憤りがわく。
誰に対しての言葉か。
ティアルの思考から切り離した場所で聞こえた声は怒っていた。
──あんな奴にくれてやるなど許しません。今度はわたしの番です。
──ラナと早く契約を結び直しなさい。何が起きても離れないと誓いなさい。
声は誰かを糾弾していた。
声は、なんと言った?
契約を結び直せと言わなかったか?
ティアルはラナと離れない契約を交わしている。粒子状の糸はラナとティアルを結んでいた。
解呪した記憶はない。
契約は続行中だ。
──なにかを見落としている?
ティアルは早々にラナと契約を結んだ。
2人を繋ぐ光の粒子は互いを離さないと常に2人に絡みついている。
声はティアルに過ちを繰り返すなと忠告をしてから奥深くに沈んだ。
──誰の声が聞こえようがいまさらです。
ティアルの青い瞳がラナの右肩を睨みつける。ラナを睨んでいるのではない。
あくまでも右肩だ。
──まあ、見当はつきますが。
ティアルにつきまとい、ラナを敵視している使聖になりたての存在が数名徒党を組んでいた。
権力者のお坊ちゃん方は実にわかりやすい。
ロシュタムから、
──ラナを礼拝堂の裏手に呼んだ馬鹿がいる。
と報告も受けている。
ティアルとロシュタムの隙をついてラナに接触を図ったのは昨夜の夕食後だろう。
真っ直ぐラナの部屋がある塔まで見送り届けた。ラナは「また明日ね」と入っていった。
──あの後、出ていったのですね。
ラナは口を割らない。
わかっているからティアルはラナを起こすより早くに行動を起こした。
ティアルとロシュタムは既に5名の馬鹿から使聖の名と地位を剥奪し、獲物も取りあげてへし折り、ただの錆びた鉄くずとした。
剣だったものの欠片は負の風に呼び寄せられて魔物に吸い込まれただろう。
負の感情に汚染された元使聖の剣は、魔物のご馳走となる。上等な負の味がすると魔物たちは競いあって食べ尽くす。
門扉から放り出された5名は、負の感情を馳走とする魔物に食らわれて終いだ。
魔物の肚ので死ぬことさえできず、剥き出しの神経を噛み砕かれても、甘やかされて育った子息は両親がなんとかしてくれると疑わない。
彼らの家など、使聖の身分が剥奪されて直ぐに没落してしまったというのに。
3使聖に対する裏切りは大聖堂の裏切りの比ではない。死を願おうとも、死してなお安穏は許可されず、魂となり漂う。
件の使聖を食べた魔物が討伐されたとき、魂が削られていく感覚を味わいながら、限界まで達してまた魂は構築される。その繰り返しだ。
ティアルは刑が軽いと文句を言うが、ロシュタムにしてみれば体を失っても痛覚があり、生きていると錯覚させる。その状態で魔物の餌にする案は十分に思えた。魔物に食われても消滅できずに永劫の苦痛を味わい続ける魂は、次の生を与えられない。
──ラナに暴言をはいた時点で死ぬだけなど許されない。
ティアルはラナを傷つけた存在を。
相手を。
死などで許さない──。
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