ティアルのお弁当と1品ほしいロシュタム 3人の審臨の見え方と平穏が恋しいラティナ
22話になります。
ティアルの弁当を食べたことはない。
ラナのためだけに作るその横顔が愛しいから、幸せのおすそわけはもらっているけれど。
やっぱり、1品食べてみたいと願うくらいは、許してくれないだろうか──。
「ラナ、昼食を包みましょうか」
急なティアルの提案に、ラナはようやく空になったスープ皿とロシュタムを交互に見た。
ロシュタムは空のスープ皿に拍手していた手を止めて、
「デートか?」
真剣な表情でティアルとラナを交互に見た。
「そうであればどれほど良かったか」
ティアルが小声でつぶやく。
「ティア?」
「出かける相手に自分の手作りをもたせておくことは、よい牽制になります」
「なんだ、2人がデートするわけじゃないのか」
「ティアのお弁当?」
あまりにも贅沢で。
ラナは断ろうとした。
誰と行くか。
ティアルは訊ねない。
ロシュタムも追及してこない。
──ロシュの視線がいたいなあ。
ティアルのお弁当だ。
理由はなくても食べたいに決まっている。
──わかりやすいけど、わかりにくい。
ラナも譲る気はない。
せめて1品だけでもと常のロシュタムならラナにすがる。そうしないのは、
「わたしは、あなたを失うくらいならこの身が滅びても構いません。いつも言っていますけどね。あなた以外の心も不要です」
今の内容だけで十分すぎる牽制になったとラナは思うが、青い瞳が内緒の夜を思い出させる。
──不安にさせてしまったかな。
「うん。わかっているよ」
ラナはティアルの頬に腕を伸ばして、
「仕返しをされるとは思いませんでしたよ」
軽く突いた。
「柔らかいね」
ティアルがラナの頬を突いたように、ラナもティアルの頬を指のひらで優しく突く。
ロシュタムが「どっちも突きたい」と呻いたのは聞かなかったことにする。
「中身はお楽しみです」
楽しい食事風景を、
「幸せな食卓ってやつだな」
緑色の眼を柔らかく細めて、ロシュタムは見守っていた。
1品やっぱりねだろうかなと真剣に悩みながら。
ティアルの全部はラナにある。
ラナが護の珠人だからではない。
大聖堂に価値のある使聖だからどはない。
ラナがラナなら、ティアルはどんな形でも、姿であってもラナに惹かれ、ラナを何度でも愛しく想う。何度だって。
──出会いが早いか遅いか。以前はそれで引き下がりました。
以前、と思考をしてから、またかと余計な声に片手をふる。
──今を生きているのはわたしです。見知らぬあなたではありません。
全く、と要らない思考から離れる。
ティアルがラナを甘やかせているようで、実際はラナがティアルに甘い。
──まあ、ロシュタムにも甘いのが腹立たしいですが。
ラナが甘いのはティアルだけではない。
ロシュタムにも甘い。
ロシュタムはそのことをよくしっている。
だから、
「いいなあラナ。晩飯までには戻ってこいよ。ティアルが消化がよくて栄養バランスで悩む姿を、他の使聖や使聖徒が真剣な表情のティアル様も素敵、美しいと遠目に眺めだす前にな」
からかっているようで、事実だとロシュタムは口にはしない。めちゃくちゃティアルが無言で睨みつけてくるからだ。
──無言の圧が、よけいなことを話したらお前を殺すと言っているんだよなあ。
冗談ではなく。
本気の圧だ。
ロシュタムは昨夜、回廊から大聖堂の外を睨みつけて動かないティアルに声をかけた。
「ティアル。審臨でも出没したのか?」
審臨の全部が形になるわけではない。
審臨は存在するはずなのに視界に映らないことも多い。気配を察することができる使聖は上位の実力をもつ。
視界からすり抜ける。
触れない。
桁が小さな数の審臨は目視が不可能だ。
使聖としての獲物は大聖堂からもらえたとしても、大気から獲物を生み出す使聖は3人だけしかいない。
3人に視認可能な審臨もあれば、ティアルやラナにだけしか映らない審臨もある。
ラナだけが、はっきりと眼に映している審臨もある。
第2審臨と第1審臨は目を凝らしてようやく空間が揺らいだと感じる範囲だとティアルはラナが不在のさいに、ロシュタムに悔しげに語った。
ロシュタムにはどう見えるのかティアルが訊ねたとき、ロシュタムはわからないとはっきり答えた。
全く見えないからだ。
偽る理由もない。
あなたらしいですね、とティアルは言った。
ロシュタムを馬鹿にしているわけではない。
そうあってほしいと願う想いが伝わってきた。
審臨の見え方の差異は純粋な神の能力に関係はないとティアルはロシュタムに話した。
──生まれ育った環境や感情に左右されます。
それは、ラナやティアルが辛い環境にあったり、現在もその状況下にあり、負の感情を抱いているということなのか。
ロシュタムは訊くことができなかった。
ラナとティアルも見え方や感じ方に差異がある。ティアルはラナほど明確に判別はつかないとロシュタムに話した。
使聖としての悔しさではなく、ラナより早くに危険を察知できず、教えられない悔しさだと言っていた。
──ラナが戻ってこないのです。
──まだ日暮れ前だしな。
──散歩にいってくると言っていました。散歩に半日は長くありませんか?
──気晴らしとか、気に入った場所でくつろいでいるからとか、理由もないのにティアルの前からいなくなりゃしねーよ。だろう?
──それはそれで、複雑です。
心配がすぎると言いたくても、ティアルの真剣な眼差しの前にロシュタムは口を噤んだ。
ラナとティアルを結ぶ誓いの糸がロシュタムには見えていた。正確には光の粒子だ。
2人の行く末を見届ける者としての役割だろうとロシュタムは苦笑する。
──飯はラナが戻ってからか?
──はい。ですがいったん食堂に行きます。
疑問を浮かべるロシュタムは、ティアルが1人分の皿には適当に盛りつけたのに対して、1人分の皿の前で、消化がよくてたくさん食べられるもの、つぶやいたのを聞き逃さなかった。
──ラナの晩飯か。
ティアルのわかりにくい優しさにラナが気が付かないとき、それはロシュタムの役目となる。
「ティアルが悩むのは、ロシュタムがどのルートからきて、どんな邪魔をしてくるかによるよ。殴っても構いませんねって、右手をグーパーさせてるときのほうが、あれ、悩んでないかも」
ラナから得たティアルの新情報に、
「複雑な情報だな」
ロシュタムはまた、真剣な表情でうなずいた。
「パンは噛みちぎらない!」
言っているそばから、パンをちぎらず、噛みちぎったことにより、使聖の手本となるあなたがかちんとしないでどうしますか! とロシュタムを叱った。
「へえへえ」
「ラナ、お弁当はとりあえずこれを始末してから作りますね」
いつの間にか空になった器を片手に、片手でロシュタムの頭をわしづかみ、ティアルが笑顔で本日の予定を決めた。
「ロシュ」
ラナのなんとも言えない視線に、
「学んでるぞ。ティアルにどうやったら叱られか! 日々勉強だな! 悪いラナ、おれの器も返しといてくれ、いたたた、ティアル! 頭が半分になる!」
ロシュタムの悲しい全力宣言に、ラナは食事終了のごちそうさまでしたをしてから、3人分の空の器を片付けた。
ティアルはいつの間にか食べていることがある。誰が見ているかわからないからと優雅に、丁寧に、手本となる姿勢を崩さずに素早く食する。
「ラナ、ありがとうございます。あなたもラナを見習いなさい! ラナに後でしっかりとお礼をするのを忘れないこと! いいですね!」
と、ロシュタムをわしづかみにしてひきずっていく姿に、
「今日も平和だなあ」
ラナは平穏な今をかみしめた。
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