誰よりも優しい人へ 誰よりも優しい契約を
第21話となります。
1000pv感謝記念に、20話、21話と2話を早朝に上げました。ゆっくり読んでいただけましたら光栄です。
優しい人が傷つかないように、契約を解呪した。
古からの誓いなどいらない。
1日でも早くあなたの憂いが晴れますように。
縛り付けられずに、自由に羽ばたけるように、ぼくは自分を差し出すだけだ──。
敵わない魔物が棲んでいると噂されているからではない。
調査ができない不明な審臨だからではない。
ティアルは明確に第1審臨を警戒していた。
──大切なものをさらわれてしまわないように。
大切なものの輪郭はとらえられなくても、第1審臨が出現するたびにティアルは大聖堂から第1審臨を見張っていた。
──大切なもの。
ぼやけていた記憶が鮮明になる。
その日夜ティアルは、透明な露をこぼす窓辺に腰かけて不気味な輝きを発している第1審臨を眺めていた。8割の使聖には1桁の審臨が見えない。第12.第11、第10審臨あたりから不透明となり、見えたところで審臨が発する魔力に体力が消耗する。
第1審臨にティアルでは入れない。
近づくこともできない。
──どんな魔物が棲んでいるのか。
早起きの小鳥が鳴き出すころ、ティアルはようやく眠りにつく。
瞳を閉じていても脳の活動を停止させているわけではない。
横になっていても、一晩中意識はある。
ティアルは完全には眠らない。
大聖堂にラナもロシュタムもいなかった頃から ティアルは第1審臨に妙な不安を募らせていた。
第1審臨がティアルは嫌いだった。
理由はわからない。
ただ、嫌な予感がした。
「急ぎの用でしょうか?」
3時間ほど前から、扉越しに感じる気配があった。
第2司令官の居住空間がある塔に立ち入ることは禁じられている。
ティアルはため息をついて立ちあがり、
「起こしちゃった?」
扉を開いて固まった
全身が凍りつく感覚が広がる。
冬の明け方は冷えこみが激しい。
動物は巣穴に閉じこもり、人々は愛すべき相手と寄り添い寒さをしのぐ。
「いつから、そこにいたのですか?」
ラナがいた。
膝を抱えてうずくまっていた。
薄い生地1枚で上にはなにも羽織らず、冷たい床に腰を下ろして、壁にもたれていた。
「少し前。まだティアが起きてるかなって」
罰が悪そうにはにかむラナの表情は白く、ティアルは激しい衝撃を受けた。
──3時間前にはいたはずです!
──どうして!
「寝ていたとしても、いつでも起こしてください!」
反射的に手をとり、頬へと持っていく。
凍てつく指先に悔しさと愛しさがこみあげる。
ティアルはラナの気配を探知できるといっても完璧ではない。
なによりも、ラナはティアルに気配をさとらせない。無意識に抑え込み気配を薄れさせている。
ラナの実力がティアルを凌いでいるから可能な芸当だ。他の使聖は壁があっても扉がなくとも、ティアルにとっては丸見えだ。
魔物に感知されたいためではない。ラナの気配で怯えてしまう者がでないように、ラナは控えめで謙虚な姿勢を貫く。
無意識なのだからティアルにはどうしようもない。
あれだけ只人に傷つけられたはずなのに、ラナは只人を守ろうとする。ラナが守りたいものをティアルは守る。ラナが守らないと言うならティアルも守らない。
ラナがティアルの全てだからだ。
只人にいくら称賛されようとも。
使聖や使聖徒から慕われようとも。
たった1人に褒められなければ意味がない。
「起こしてごめんね。直ぐに戻るから」
「ふざけた話は中で聞きます」
ティアルはラナの手首を掴んで招き入れ、毛布を頭からかぶせた。
「ミルクを温めますから少し我慢してください」
「怒らせちゃったね」
大急ぎで暖炉に火を熾すティアルの背中にラナがつぶやきく。
「怒っていますよ。あなたが寒い思いをしているのにすぐ気がつかなかった自分に怒っています」
急いで暖炉から離れてラナの隣に座り、ティアルは毛布越しにラナの頭を撫でた。
話を急かしはしない。
強要はしない。
ラナが話し出すまで、ティアルは根気強く待った。
「──あのね」
数十分、数時間かもしれない。
ラナは話し始めた。
暗さを逆手に取り、ラナは努めてあかるい声で、
「ぼくは、前世があるなら、きっと背負いきれないほどの罪を犯してしまったんだと思う。生まれ直しても許されないほどの大罪だと思う。洗い流すことさえ許されなかったんだろうね。その罪がなんなのかわからなくて、急に不安になって」
第1審臨が無意識に苦手なティアルのように、ラナも無意識に罪を背負っていると不安にかられていた。
前世がどうかなんてティアルにもわからない。
そもそも、あるのかさえ不明だ。
「ごめんね。聞いてくれてありがとう」
「なぜ、謝るのですか?」
ティアルは立ち上がろうとしたラナを押さえつけた。読解力を必要とする大聖堂の歴史を記した本が机の端から大きな音を立てて落ちる。
「ティアル?」
「ティアです」
「ティアルは、大聖堂にぼくより早くからいる。最初からいる。畏れ多いよ。様付けをしたいのに許してくれないから、一生懸命に、ティアルって呼ぶ練習をしたんだ」
「ティアです。今すぐに呼んでください」
「どうしたの、ティア?」
無意識にラナを抱きしめていた。
震えているのはどちらなのか。
冷たい指先が誰のものなのか。
ティアルにはわからなくなっていた。
ラナはティアルのウェーブがかった髪に手を伸ばして、一房手にした。
「ぼくとはなにもかも違う。髪色も目の色も。ティアル、ティアは全部が美しくて。ぼくはどこにいても嫌われた。尖った石を投げつけられて、割れた食器やガラスをぶつけられた。わざと硬くしたカビたパンを力いっぱい投げつけられてきた」
「全員、もういませんよ」
ラナも知っている。
──戦神の女神。
ラナは瞬く間にラナに悪事を働いた只人が次々に捕らえられていくようすを見ていた。
「ぼくに価値はないよ。利用価値なら、少しはあるかもしれないけど」
「黙りなさい」
ティアルはラナの口に軽く片手をあてた。
「ラナ。わたしはあなたを第1司令官として認めています」
ラナが緩くうなずく。
「でもね、第1司令官だから側にいるわけではありません」
ラナの漆黒の目がティアルの青く澄んだ瞳を凝視する。
「ラナだから側にいたい。一緒にいたい。守りたいと願いました。利用価値などいりません。あなたの価値を自分でさげないでください。ラナが生きて側にいてくれる。笑ってくれる。あなたと出会えなければ今のわたしはいません。ラナ。あなたは、わたしの生きがいです」
ティアルはそっとラナの口にあてていた手をはずした。
「泣かないでください」
ラナが静かに泣いていた。
「無理だよ」
ラナがむりやり笑う。
あふれだす涙が止まる気配はない。
ティアルは指先でラナの涙を拭い、笑いかけた。ラナの涙がとまる。
「わたしは静の一族です。その中でも護の珠人を守るために存在する、静の珠人として大聖堂にやってきました。あなたが護の珠人だとわかる、何年も前から大聖堂に仕えてきました。顔も、名前も、性別も年齢も。性格さえしらない護の珠人に生涯を捧げるためだけに、大聖堂にきました」
どんな暴君でも。
酷い扱いを受けようとも。
一生を捧げて護の珠人を守る。
ティアルは、そのために生まれた。
「わたしの意見や感情など関係はない。護の珠人のために、望むがままに生きるように」
ラナはティアルがなぜ大聖堂にいるかしらなかった。ただのお目付け役だと信じていた。
大聖堂は利用価値があるからラナを保護したと信じていた。
ラナの利用価値がなくならないように、逃げ出さないようにティアルはラナの側にいるのだと信じていた。
「ごめんなさい」
「なぜ謝るのですか?」
「だって、ティアルの自由がない。そんなの、ぼくは嫌だ」
「本当に、あなたという人は」
ラナの肩口にティアルは顔を埋めた。
「最初は村が守れるなら、わたしは贄になっても構わないと思いました。でも、今は違います」
情けない。
嬉しい。
静の珠人でなければ、ラナと出会えなかった。
静の珠人で良かったと心からティアルは感謝した。
「あなたに、ラナに出会えて良かった。わたしの幸福は、あなたです」
魂が叫ぶ。
離すなと。
2度も失ってはならない。
今度こそ守り抜けと誰かが悲痛な声でティアルに呼びかける。
──どこの誰だかはしりません。でもね。
言われなくても離すつもりはない。
もう誓った。
青い花をくれたあの日に、ティアルはなにがあってもラナを守り抜くと決めた。
もらった青い花は押し花にした。
栞となり、ティアルは懐にしのばせて持ち歩いていた。
大切なお守りであり、ラナからもらったはじめてのプレゼントだ。置いていくなどありえなかった。
「ラナは、わたしのことが好きですか?」
「大好きだよ」
「なんの力がなくてもですか?」
「考えたことなかった」
「ラナらしいですね」
ラナは最初からティアルの地位や価値など見ていなかった。
寂しいと叫んだラナを抱きしめてくれた。
それだけで十分だった。
「これからも頑張るね。優しいティアが傷つかないようにしなくちゃ」
「守る側なんですが」
すれ違いながらも、互いが互いを守りたいと願っていた。
ようやく2人の想いが重なった。
「ずっとわたしの側にいてくださいね」
「ティアルはそれでいいの?」
「ティアです」
「ティアは、いいの?」
「誓います。あなたの魂に誓います。わたしがラナを裏切れば、わたしは魂ごと消滅します。絶対に離してあげませんから」
「ぼくは、ティアが好きなように生きられることを願うよ。ティアの魂に誓うよ。ティアがぼくに縛りつけられず生きられますように願うよ」
「今はそれで及第点としましょう」
ティアルの背後にある村の安泰や、ティアルが隠している憂いがはれる日がくるようにラナは願う。
──ぼくの屍をあげる。
──ティアの憂いがぼくを利用して晴れるのなら、早くその日がくればいい。
──こんなにも美しい魂をもった人が悲しむ理由なんてどこにもない。
──早く、ぼくを見捨ててね。
ティアルがラナになにかを隠していることはわかっていた。そのためにはラナが必要なのだということも理解していた。
ティアルは最初からラナを利用しようとしていた。どうでもいい存在としてラナを見ていた。
──抱きしめてくれた温もりは嘘じゃない。
──いつからだろう。
大切な存在を見る眼差しを向けてくれるようになったのは。
──どうして変わったの?
ラナの順位は2番目だった。
間違いなくティアルには大切な存在がいた。
今もいるばずだ。
ラナをどうかして利用しようと考えていた。
目が焦っていた。
時間がないと訴えていた。
──いつから1番になったの?
どれだけ邪険にされようとも、利用しようと考えていたとしても、ラナは最初からティアルが大切だった。この身がバラバラにされようと、ティアルの憂いが晴れるのなら、喜んで刻まれようと誓った。
護の珠人は静の珠人の幸福を奪ってしまう存在でしかない。ラナは大聖堂で護の珠人と静の珠人の関係を学び、心からティアルに侘びた。
言葉にすればティアルの努力を踏みにじってしまう。
ラナはティアルに愛想を尽かされる日を待っていた。早く利用して価値がなくなる日を心待ちにしていた。
あれから──10年が経った。
ラナやティアルが生まれる、はるか昔にとりきめられた契約は当時の大司教が決めたことだ。
大聖堂があるかぎり、大聖堂時代が続くかぎり契約は破棄できない。
「ティア、ちょっと我慢してね」
ラナはティアルの額に唇をかすめた。
静の珠人にかかっている制限を全て破棄した。
ティアルには内緒で解呪した
複雑な手続きはいらない。
静の珠人が護の珠人に囚われることなく、誰よりも幸せになりますようにと願うだけで解呪できる。
周囲にさとられないように、ラナは解呪の痕跡を撫でて消した。ティアルにも教えていない。
仕組んだ相手が覗いている。
迂闊なことは話さないほうがいいだろうとラナはひと芝居うった。
ラナにだけ与えられた静の珠人を普通の存在に戻す方法を教えてくれたのは、
──よくわからない、声。
ときおり頭に響く声は言った。
──大切な存在を守りたいと願うだけで解放されるよ。大丈夫。今度こそ間違えない。
悲しげな声はいつでも【今度こそ】と誓う。
──あなたは、誰?
ラナの問いに答える声はない。
「ラナ、なにを」
ティアルの顔が、耳も、首まで真っ赤になっていた。
「おまじないかな」
これで静の一族が背負う業はなくなった。
静の珠人は自由にどこにでも行ける存在となった。
ティアルには伝えない。
ティアルが大聖堂にいる理由を奪ってはならない。
離れられない理由がある。
──いつか、教えてね。
優しい人。
優しい契約をくれた人。
いつか必ず自由が欲しくなるよ。
ぼくから離れたくなる。
だから解呪した。
ラナの手にかかれば、静の珠人が誓っていた契約など白紙にできる。
ラナの実力がティアルを上回るだけではなく、誠実な想いは呪を砕く。
──ティアはもう自由だよ。なににでもなれるし、どこにだっていける。
ラナは1つずつミラトスに縛られている魂を解放するためにも大聖堂にいる。まだ、ミラトスから解放されていない魂がある。
──ロシュタムは、きっと望まない。
ロシュタムはミラトスに仕えていた神の1人の能力を色濃く再現する。ミラトスが与えた力だ。
ミラトスに仕えると誓った言霊を解くには、ロシュタムが抱えている悩みから強制的に解放させるしかない。
──あばくことになるなあ。
できれば、ロシュタムから言ってほしいと願い、ラナはティアルにくっついた。
「もっと抱きついてください」
「うん」
隙間なく2人は密着した。
布団に潜り込んで、クスクスと笑いあう。
その晩、幾年かぶりに深い眠りに落ちたティアルはラナを離さず、ラナも逃れようとはしなかった。
第1審臨への不安がラナを抱きしめると消えた。昨夜、ラナから第1審臨の話を聞いてティアルは思い出した。
静の一族に伝わる言い伝えは、
──必ず護の珠人が本来あるべき静の珠人の場所へ導いてくれる。
どこに導くのか。
本来の場所とはなにか。
深く考えたことはない。
ラナの側がティアルにとっては本来の場所だ。
言い伝えなどティアルにはどうでもよかった。
ラナに出会えた。
出会ってしまった。
優しくて可愛らしい存在が、ティアルすべてとなった。
ここまでつきあいくださり、お読みいただきありがとうございます。
ティアルになにか、ラナがいなければ不都合な真相が発覚しましね。
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