静の一族 静の珠人
第2話になります。
いつだって過去の存在は、触れる前にいなくなっているものだから──。
硬質な赤色が再び金色となる。こどもの目を鋭く射抜く。いつでも応戦できるように青年はこどもの心臓に狙いを定めた。
後ろに隠した手に力を入れて爪を尖らせる。一発で背まで届くように指先を動かす。
「嘘だよ。実は迷子なんだ。帰り道がわからなくて」
青年は唖然とするしかなかった。
「寝ているところを起こして本当にごめんね」
爪の長さが自然と短くなる。力が抜ける。金色の瞳から鋭さが消えた。
「暗闇の中で輝くきれいなものに惹かれて近づいたらきみがいた。つい、話しかけちゃった」
こどもの言葉には偽りがない。
青年は嘘をつく存在には慣れていた。
見返りなく褒められた経験が乏しく、どうしたらよいのか青年はわからなくなる。
「この場所の詳しい話は珠人にでも訊け」
自棄気味に青年が告げる。
「珠人を知っているの?」
こどもの声がわずかにかたくなったことに青年は気がつかない。人との会話も、使聖との会話も、青年には初めての体験だった。
「おしゃべりな奴がいるからな」
珠人が何人いて、個々がどのような能力を宿しているか青年は仔細をしらない。青年のしる情報や知識は青年の言うおしゃべりな奴が一方的に話していくものだ。
審臨から出なくても、青年のもとには大聖堂で起きた出来事がもたらされる。
珠人の能力は秘されている。
大聖堂に仕える使聖徒が目撃したとしても口外を禁じられていた。秘密を話した者は数分後には姿を消す。例えそれが密室であっても筒抜けだ。大聖堂を裏切ったとみなされる。
「珠人の中に特定の言葉や行動を制する能力を持つものがいるのだろうな」
青年は仮定として口にした。
「知識の塊ほど厄介なものはない」
審臨の出没場所や時間は大聖堂でも解明できていないはずなのに、青年は同じ人物から監視されている気配を察していた。
審臨の外、入口までは感知できても、審臨内部は足を踏み入れなければ見えない仕組みになっている。特に第2審臨と第1審臨は使聖が立ち入ることができない強い魔力がもれでていた。近寄ろうと試みた存在は、もれだした魔力の欠片に触れただけで形を失い消滅する。一般的な使聖なら、と言いかけて、こどもに視線をやる。
「どいつかはしらないが、かかわると面倒そうだから放っている。相手もこの場所に立ち入る気はなさそうだからな」
「優しいよ?」
「お前は仲間だからだろう」
「関係ないと思うけどなあ」
本気で言うのだから、たまったものではない。こどもに調子をくずされてばかりの青年は、
「魔物にとって珠人は猛毒でしかない。珠人は魔物と相性が悪いと聞かされている」
こどものペースにのみこまれないように、平静を保ちながら話した。
大聖堂には珠人と呼ばれる一族が仕えている。
珠人は大聖堂の至宝だ。
珠人は長らく大聖堂に不在だった。ある者が現れないかぎり自分たちの生まれた村で生活を営むことを許可されていた。それが、何年か前に大聖堂に現れた。
何万年か。何千年か。何百年か。時間があまりにも経ちすぎて忘れさられていた契約は、
──ある特徴と一致したものが生を受け、能力をもっていることがわかれば、大聖堂は、つかいを出します。どんな理由があろうと、その存在を引きわたす約束を違えなければ、あなた方に一族名をつけてあげましょう。名のることを許しましょう。一族ごと魔物が出現しない安穏の地に居を構えるように計らいましょう。
魔物に抵抗する手段をもたない存在にとって、大聖堂からの内容は破格のものだった。魅力しかなかった。
最初に提案を受け入れたのが誰であったのか。系譜は残されていない。長らく大聖堂との約束を忘れて平和に暮らしていた一族の村に大聖堂から使者がきた。
──特徴に一致する者が現れたはずです。その子が10歳になったとき、再び迎えをよこしましょう。引きわたさない場合は約束を違えたとみなして、一族が居を構えている場所から離れていただきます。
大聖堂からの使者に長は泣き虫で怖がり、力も弱く、いつも誰かの後ろに隠れてばかりのこどもだと直ぐにわかった。
罪深い契約を結んだ祖先に片手で顔を覆い、契約がしめされた破棄できない書簡を落とした。
優しい心をもつこどもは誰の子かわからない。気づけば珠人の村の入り口に捨てられていた。大粒の冷たい雨が降りしきる中、泣きもせず、ただ、地面をえぐる強い雨粒が、その子を避けて降っていた。水の珠が周囲に浮かび、弾けてはきらめくゆりかごを前後に揺らしていたのは、まだ目が開いていない存在が無意識に水に対して行っている能力だと長はわかっていた。
長が抱き上げた途端にゆりかごは崩れた。大地にバシャリと大きな音を立てて、ゆりかごだったものは水たまりとなった。
予言など迷信だ。
珠人の使命など誰もしらない。
平和な村が大聖堂の監視下におかれていた事実を、長や村人はようやく実感した。そうして、はじめて大聖堂との古き契約に身を震わせた。
仮初めの平和はいつでも音がない。
簡単に崩れさる。
一族はなにもしらずに平和の前借りをしていただけにすぎない。何万倍にも膨らんでから契約は行使される。
静寂の中で契約は確実に後世を蝕んでいた。後世に選ばれた存在は、すでになき者を恨めない。
村には湖があり川もある。作物も豊かで気候もほどよかった。魔物がよりつくことはなく、審臨が目視できる範囲に現れることもなかった。雨が降らずとも枯れることもない村を、他の村が羨むこともなかった。
まるで──村の存在をあやふやにする呪でもかけられているようだった。
村人たちは小さな存在を目の当たりにして、ようやく古の契約を理解した。生を受ける以前からこの子が一族を、村を守ってくれていたのだと抱きしめた。
静の一族。
そう呼ばれてきた理由に、長は解けない契約を結んだ誰かをはじめて呪った。仮初めの平和を享受していた自分たちが許せなかった。
雨が降らなくとも無限に湧く湖に透明な川。ミラトス大陸を創造した天の神、ミラトスが創りあげた豊穣の場に感謝していた。
この地は天の神、ミラトス以外の神が残した重要な場所だったのだと、水を自在に操る神が存在した場所であり、その神が消えた場所なのだと長はしる。神が消えた場所には、その神が扱っていた能力、呪が刻まれる。
この子の未来が大聖堂に現れるたった1つの存在のためにある。ミラトスが創造した大陸に住みながら衣食住を保証され、魔物に襲われることのない生活は、誰かの犠牲で成りたっていた。その誰かが判明した。
見たこともなければ、どこにいるのかもわからない。消滅したのか。生きているのか。行方のわからない大陸の創造神ミラトス。あなたの痕跡が色濃く、あなたの力が宿る大陸のせいで、1人のこどもの運命が決まってしまったと長は叫んだ。村人たちはなにもできない無力さに泣くことさえ許されなかった。
珠人には役割がある。はりぼての名だけではない。力をもった珠人が生まれるとき、必ず護るべき存在も時期を同じくして現れる。その存在を護りぬくために珠人は生涯を捧げる。顔も、性格も、性別も。なにもしらずに仕える。なにをされても、言われても、さからうことは許されない。どのような待遇であろうと命を捧げて仕える。
それが静の一族に現れる、静の珠人の役目だ。
村の存亡は最初から大聖堂が握っていた。
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