神話の終わり 新たな時代
目にとめてくださり、ありがとうございます。
少しでも楽しんでもらえましたら幸いです。
平和はいつだって、音をたてずに崩れさるものだから──。
物質や時間から独立した無音空間に、突如として巨大な大陸が出現した。
『仲が良いよね』
柔らかな口調で誰かが話す。
『あれがか?』
誰かが目を細めた。
視線の先には2つの姿がある。
『いい加減にしなさい!』
『手厳しいな』
『投げられたね』
『投げたな』
呆れるよりも微笑ましい光景に、4つは離れることはないと信じていた。
平穏な毎日を過ごしていた。
そのはずだった。
手を伸ばせば届く位置にあったのに。
どうして。
4つの笑いごえが──大陸から消えた。
死した森と言えばいい。
咲いている花はなく、枯れ枝に擬態した木々はどれも黒や紫のまだら模様をしている。水では育たない木々は蜘蛛の巣を張り巡らせたように垂れ下がり行く手を阻む。
酸素を求めて這いずる気根は宿主である本体を喰らおうと、少しずつ、確実に締めつけて枯死させる。そうして取り込み新しい大樹となる。
この空間で生きていけるものは限られる。常識からかけ離れた樹木の空間は12に分かれて広がっていた。
樹頭の見当はつかず、隙間がない。空も見えない。光が降り注ぐこともない。己の陣地を得るためなら手段を選ばず、剥がれ落ちた樹皮さえ貪る。そんな場所で、惰眠を貪っている者がいた。
薄緑の苔が大地に隙間なく生え、球根状の瘤がある巨木の下で腕を組み、足を投げ出して目を閉じた青年は動かない。陽光色の生地にはところどころ切れ目が入った細工が施されており、透きとおった肌がのぞいていた。長い髪の下に隠された容貌は、時間が経つのを忘れて魅入ってしまうほど整っている。如何なる粗衣も青年が纏うことにより偽物が本物になる。それがわかっているからこそ、出てこぬ言葉を必死で探す。すべてが眠っている青年を完璧に仕立て上げていた。
「こんなところで寝てると、背中が痛くならない?」
砂利を踏む音が静寂の中に響いた。
金色の瞳が目を覚ます。
「そのエンブレムは大聖堂の奴か。こどもの使聖をよこすなど、おれもみくびられたものだな」
不愉快な態度を隠そうともせず、青年はありのままを告げた。
「こどもかあ」
こどもと言われた使聖は困ったようにつぶやいた。
幼さの残る顔立ちは年齢を判断するには不十分だ。白い衣服は首もとにゆとりがあり、足先と肘の位置まで丈がある。白い靴に白い服。すべてが白い中で胸元だけが銀色に輝いていた。
月と太陽、昼と夜を基調とした緻密なエンブレムは大聖堂に仕えている者の証だ。朝と夕刻を表現するために銀糸1本で編まれた地平線には凪いだ波模様が描かれている。
使聖とは神の使いであり、聖なる存在のことを総称して言うのだと彼はしっていた。見習いを使聖徒と呼び教育がすんだ者から『徒』をはずす。
彼は長い時間を過ごす中で、勝手に情報をもってきては話していく存在と縁をつないでいた。
「殺気もなく近づきやがって。寝覚めが悪い」
「起こしてごめんね」
こどもは素直に謝罪した。
容姿や見た目に惑わされると命を落とす。青年は警戒を緩めない。
「16歳なんだ、多分」
20歳よりは下だと思うんだけど、と悩む姿に青年はこどもが強くある理由を理解した。
年齢を正しく数えられる存在は衣食住や身元が保証されている。生まれる前から安全なすみかがある。
「16歳を祝ってもらったから16歳でいいかな?」
遠慮がちに確認してくるこどもに、
「勝手にしろ」
青年は抑揚のない声でこたえた。
何歳であろうが青年には関係ない。真剣な表情で何歳ならよいか訊いてくる理由が青年にはわからなかった。このとき、青年がどんな表情をしていたのか、こどもだけが見ていた。
「ありがとう」
不安そうな表情が一変する。環境がそうさせているのか。本人の資質か。
──なぜおれが。
喜ぶこどもを射抜く青年の瞳が縦に長くなる。
「赤くなった。緋赤っていえばいいのかな? 温かみのある赤色だ。きれいだね」
「めずらしくないだろう? 使聖は魔物を狩るのが趣味の集団だ。お前など見慣れているはずだ」
青年は一本調子で話していたはずの語調を激しいものとした。暗に魔物を暇つぶしに殺しているだろうと青年は告げた。
「どこに温かみがある? なにが言いたい」
騙すにしても許されない。氷塊よりも冷たい体温。動いていない心臓は擬似血液を送り出したりはしない。心臓のある場所は空洞だ。使聖が掴みだそうとしても最初からない臓器はどうにもならない。人に体温を与えているのは、血液が全身をめぐっているからだ。
──あなたのここは、空っぽです。よく覚えておきなさい。
はじめは、首を伸ばしても、背伸びをしても、青年に生き方を教えた存在の顔は見えなかった。
──狙われたときは、ここに誘導しなさい。私達にはなにもない。貫かれようが掴みだそうとしようが、ダメージを受けるのはあちら側です。
青年よりも冷たい指先が触れた場所には心臓と呼ばれる臓器が本来はおさまっている。血液をおくりだして酸素を運ぶ。酸素がなければ人は生きることができない。脳から足先まで、血液と酸素を送り続ける必要がある。
──人は不便なつくりをしています。血液が一定以上流れたら温もりを失う。心臓を貫かれたら生命活動が止まる。この方法は魔物同士では使えません。あなたが人と出会うことがあれば正面からやりなさい。
襲いかかってくる魔物を歩きながら凍らせ、切り裂いていく姿を、背丈が目の前のこどもよりもさらに低かった頃。青年はただ見ていた。颯爽ときりひらかれる道を手を繋がれてついていった。
「ぼくがきみを狩りにきたっていったらどうする?」
「殺すまでだ」
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