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白み始めた神話たち  作者: coma
18/20

柔らかなパンと温かな仲間                味のしないパンと冷たい孤独

18話になります。


食事が賑やかなものだとはしらなかった。

賑やかな食事が、どんな食べ物でも美味しくなるなんてしらなかった。

賑やかな食事を知らなければよかった。

側にあなたがいるのに、こちらを振り向いてはくれない。

どんなに高価な食材も、どれだけ凝った食べ物も。

なんの味もしなくなるなんて、しらなかったんだ──。

「ラナ、このくらいならいけるか?」

「ちょっと多いかな」

 ラナは昨夜の夕食がまだ響いていた。

 ティアルが優雅にハーブティーを飲む姿を長時間、特等席で眺めていられたのは嬉しかったが、胃袋が、もう入りません。限界ですよ、と訴えていた。

 仮にお腹が空いていたとしても、ロシュタムの言う、このくらいの量は食べられない。

 昔、飢えていたからといって、反動でたくさん食べるようになるとはかぎらない。空腹になれてしまった体は、必要以上に食事を要求しなくなっていた。水さえあれば、と以前にラナが昼食をおろそかにしたさいに口を滑らせてしまい、詳しく教えていただけますか? と有無を言わせぬ笑顔でラナに訊ねた。頷くの選択肢しか、ラナには残されていなかった。

「ロシュタム。あなただけ太りなさい。太って扉にはさまってしまいなさい。パンを朝からカゴごと持ってきて食べるのはあなたくらいですよ」

 朝食のチョイスは任せろと先に4人掛けのテーブルに座っていたラナとティアルは、ロシュタムが器用に3つの盆を両腕と頭でもってくる姿に、顔を見合わせてた。 

 パンがまだだな、と焼きたてのパンが入ったカゴを2つ、左右の腕にぶら下げてテーブルにのせてから、

「足りないな。もう3つくらいいるか」

 と、戻ろうとした。

「待ちなさい。あなたこれが少なく見えるのですか?」

「少ないよな? ティアルが1番食うだろ?」

「あなたの言い分はよくわかりました」

 ティアルはパンをひと欠片とり、

「召し上がれ」

 ラナに差し出した。

 ロシュタムの中で、ティアルの食に対する認識がおかしなことになっていた。

 ティアルの顔に、訂正するだけ疲れる、と滲み出していた。

「ありがとう」

「ラナ、それだけか? 嘘だろ? 野ウサギだってもっと食うぞ」

「あなたの食事量が嘘でしょう」

 ティアルに冷めた眼を向けられたロシュタムは、

「ラナ、ティアルがいじめるんだ」 

 ラナに泣きついた。

「え、ごめん。聞いてなかった」

 パンをちぎり、じっと見つめていたラナが慌てる。

「ラナがひどい」

「大切な話だった? ごめんね。バターがたっぷり使われていてすごいなあって、温かいなって思って」

 正直なラナの態度に、ティアルは顔を背けて肩を震わせた。

 ラナはそんなに重要な話だったの? とティアルとロシュタムを交互に確認する。

「大丈夫だラナ。ティアルがおれに冷たいってだけの話だから」

ロシュタムは困っているラナに腕を伸ばして、まだなにも口に入っていないのに、頬を突いた。

「もちもちだな」

 ひとしきり突いて納得したのか、満足げに腕を組み、頷くロシュタムの思考がラナにはわからなかった。ティアルは必死に笑いをこらえている。もう、とラナはパンを一口サイズにちぎり、口の中に入れた。

 あふれだすバターの香りに柔らかな触感。

 焼きたてだとわかる温もり。

 ラナは大聖堂にくるまで、パンが柔らかいものだとはしらなかった。

「ラナ、半熟のたまごがありますよ。崩してパンにはさみますか?」

「うん、ありがとうティア」

「しっかり食べるんですよ」

 ティアルはたまごをとりに行き、スプーンの裏を使い、とりわけ皿の中である程度たまごを砕くと、ラナが手にしているパンを受けとり、半分に折って中に潰したたまごをはさんだ。

ロシュタムは瞳を細めて、2人のやり取りをみていた。

 幸せな朝食が目の前にある。

 大好きな2人が笑っている。

 穏やかに流れる時間がどれほど尊いものか。

 ロシュタムは身をもって体験している。

 ロシュタムだけではない。

 ラナも、ティアルも。

 生まれた場所や育った環境は異なるが、3使聖が

揃った。

 同じ時代に、近しい年齢で。

 偶然では片付けられない。

 奇跡のような出会いの裏には、ミラトスかミラトスに近しい存在が関与している。

 3人野魂を、同じ空間、同じ時間に生まれるなにかを施した。

 ──よくわかっているじゃないか。

 うるさい奴の声がした。

 ときどきロシュタムの内側に語りかけてくる声を最初は幻聴だと無視していた。

 いつからか、共存するようになった。

 ──おれがもつ能力を与えた相手か、もしくはミラトスと近い存在か。

 いつか判明したときに驚く必要はない。

 ──神の能力を与えられたということは、その神がなにかを託したということだ。

 大聖堂に導かれることは必然だった。

 それでも構わないとロシュタムは会ったことのない神に、お前たちの意図はわからいが、出会えた奇跡は変わらないと脳裏で返事をする。

「ロシュタムおはよう。今日はラティナ様とティアル様もご一緒か?」

「羨ましいだろ? いって!」

 ティアルがロシュタムの額を前置きなく左手ではたく。右手で仕上がったパンをラナの口に運び、全部食べさせようと画策していた。

「ロシュタムは食わないのか?」

 大量のパンを前に、

「いや、いい光景だからな」

「なるほど。微笑ましいな」

 ラナを尊敬して慕う使聖もいる。

 ティアルに憧れる使聖もいる。

「ティアル様、なにを召し上がっておられるのですか?」

「ティアル様はバランスよく食べられるのですね」

「散れ。お前ら。今はおれの特等席なの」

 ティアルやロシュタムがいると、食堂に明るい笑い声が響く。2人がいるだけで空気が和らぎ、周囲が華やぐ。

 ティアルとロシュタムは大勢の使聖や使聖徒から慕われていた。  

 ラナは黙って、柔らかなパンに齧りついた。

 ──美味しいはずなのに。柔らかいはずなのに。

 ──味がしない。

 早くこの場から離れなくては。

 急いで噛み、飲みこむ。

 食事と言うよりは、単純作業だ。

 ──平気。なれてる。

 2人は食堂にいる他の使聖や使聖徒と談笑をしていて、食事が進む気配はない。

 ──たくさんいるのに、独りだ。

 寂しい。

 寂しいなど言ってはいけない。

 側にいるのに、遠い。

 話しかけることができない。

 過ぎ去った日々がよぎる。

 寒さに耐えながら橋の下で体を縮めて、凍った川を眺めていた。誰かの家から漂う良い匂いに腹がなり、ラナは腹を抱えた。膝に顔を埋めて、白い息をはきだす。

 孤独感が過去の風景を呼び覚ます。

 爪先から臓腑に寂しさが浸透していく。

 ラナはパンをすべて食べ終えて立ち上がり、無言で彼らの側から離れた。

(ティアとロシュは、どうしてぼくに構うんだろう。2人とも魔物を討伐するときや緊急の用事のときだけ顔をあわせるたわけで本来はいいはずなのに。たくさんの使聖や使聖徒、村や町の人に好かれているのに)

 ──どうして、なにももたないぼくに構ってくれるんだろう。

 ラナは食堂の扉を開けて外に出た。

 青空と雲とはばたく鳥。

 緑の木々と大聖堂のどこからでも見える噴水。

「静かだなあ」

 腹は満たされたはずなのに、空腹感に苛まれる。

 ティアルの前ではロシュタムと呼ぶ。

 ロシュと呼べばティアルが怒る。

 ロシュタムがティアと呼べばティアルが怒る。

 それはラナだけに許した呼び方ですと、ロシュタムの額を突く。

 今は、誰の名も呼べない。

 ──こんなのは、しらない。

 食堂の中からは、楽しげな話し声が聞こえていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

また、ブックマークや素敵なレビューをしてくださりありがとうございます。

とても励まされました!

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