第3司令官のロシュタム 第2司令官のティアル 第1司令官のラナ 3使聖のそれぞれの朝
17話になります。
2人の姿が嬉しいから、はしゃいでしまう。
2人が揃って笑っている。
これほど幸せな朝はない。
だけどほんの少しでいいから、笑いかけてほしい。
2人の笑顔があれば、他にはなにもいらないのだから──。
「おはようございますラナ」
「ごめんなさい」
ティアルの1日は地味に怒るところから始まり、ラナの1日は素直に反省するところから始まる。
「あなたの寝坊は既に体の1部なのかもしれませんね」
ティアルはラナを見下ろして頭に手をのせた。眠たい目を擦っていたラナの動きが止まる。
「ごめん」
「慣れてますから」
「うっ」
ラナはたじろぎ、ティアルを見あげた。
「ティアは17歳だよね」
「おそらくは。どうかしましたか?」
「なんでもない」
1歳しか違わないのに、なぜこれほど体格や風格に違いがあるのか。ティアルの不思議そうな表情を彩る青い瞳が朝日に照らされて何色にも変化する。
ティアルは175センチはある。ラナは150センチほどだ。25センチはなかなかだ。
「どうして起きられないんでしょうね。就寝時間は早いのに」
「朝は苦手なんだ」
今日もティアルが絶好調だとラナは苦笑した。
小さなあくびを噛み殺すラナの姿に瞳を細めて、ティアルは寝癖のついている黒髪を手櫛で梳いた。
穏やかな時間が流れていく。
「おはようお2人さん。今日も朝から仲良しだな」
「目ざわりですが?」
穏やかな雰囲気をだいなしにするお構いなしな明るい声に、ティアルは有無をいわさず先制攻撃をしかけた。
「お前は人の顔を見ればそれだな」
並列していた2人の間に割りこんできた恐れしらずな人物は、たくみにティアルの逆鱗に触れ、激昂させることがうまい。見習いたくはない特技だとも言いかえられる。
「あなたとはいずれ決着をつけなければなりませんね」
「ティアルは短気だな」
「あなたがそうさせてるんですよ」
「どうしたもんかなあ」
困った顔が定着しつつある気の毒な彼は、ロシュタム・デュール・アタルス。ティアルにつぐ大聖堂の要、第3司令官だ。
「おはようロシュタム。今日も仲良しだね」
「ラナ、寝ぼけていますか?」
「ロシュタムは朝に強いね」
「そうか?」
「うん。羨ましい」
「ラナは素直だなあ」
深い緑色の瞳が柔らかく細められる。
高い位置にあるロシュタムの笑顔がラナは好きだ。かげりのない笑顔にすくわれていた。
ロシュタムはティアルに次いで権力を保持している第3司令官であり、大勢の見習い使聖徒を従えている上官でもある。
大聖堂では年齢や出生のたぐいは意味をもたない。実力のある者が前に出られるように、誰でも平等に司令官となるチャンスが与えられていた。
挑むには大勢の使聖が見守る必要がある。基本的には中庭で行われる。第3司令官に挑むのだからそれなりに覚悟は必要だ。
敗者は使聖を名乗ることを禁じられ、身分も剥奪される。
降参するか。
逃げ出すか。
2択を選択できるだけ優しい処置だ。
命までは奪わないのだから。
挑戦してくる使聖の中には、あからさまな悪意と妬みをもち、的確に心臓や首元を剣で狙ってくる者もいる。
敵わない。
頭ではわかっていても、普段の姿を見ていると、もしかしたらと考える使聖が出てくる。
純粋な神の能力を宿している存在は剣だけが武器ではない。それぞれの神に与えられている能力を使えば勝負は始まる前から決まってしまう。
──素手でいいか?
ロシュタムは剣も能力も使わない。
体術だけで挑戦してくる使聖をあしらう。
馬鹿にしているわけではない。
ケガの程度が1番安全だからだ。
せいぜい、足や腕の骨が砕けて2度とまともに使えなくなるくらいだ。
無くなるわけではない。
寛大な処置だと挑んだ者は思うだろう。
実際に対峙してみなければ、本気の殺意を浴びることもないはずなのに、第1司令官のラティナが、
──ぼくなら負けてもしかたないよね。
自信をもたない。
過去の境遇から抜け出せない。
命の価値が低いと信じている。
第3司令官を倒せたら第2司令官に立ち向かうことが許可される。第2司令官を倒せたなら──ラティナ、ラナに挑むことができる。
ミラトス大陸において、第1司令官は大聖堂の大司教に次いで権力をもつ。
誰もが憧れ、誰もが夢を見る。
大司教と並ぶ姿を。
最高権力者が隣りにいる。
その次が自分になる。
──お飾りの第1司令官。
──守られてばかりで役に立っていない。
ラナの実力を認めたくない使聖は、ロシュタムに隠れてラナを直接狙うこともある。
ラナはひと言も話さないが、ティアルとロシュタムは直ぐに把握して、ラナにのされた使聖を容赦なく大聖堂から放り出す。
実力を見誤るだけならかわいいものだが、大切な存在を傷つけようとしただけではなく、命を狙うのだ。本来なら首をはねられている。
──現実を見てみなさい。
ティアルは簡単には許さない。
大聖堂から追放され、使聖の身分を剥奪された存在は、審臨外の魔物の餌食となる。
食われるだけならいい。
魂の消滅も剥奪されたことに、身体を失っても永久に続く痛みでようやくしることになる。
後悔は、いつだって後から追いかけてくる。
悔いても話すことはできない。
痛覚だけが生きている。
死が訪れる日はこない。
ロシュタムはラナに挑戦されたことを、目の前や側で知られている分だけしか教えない。
ラナが把握していないだけで、倍以上は存在する。その第一声が、
──飾りの第1司令官を守ってなんになる!
──そんなにあいつに弱みを握られついるのか。
──ロシュタム様の隣に並び、力になることができます。
──だから、あの役立たずを葬りましょう。
ロシュタムの瞳孔が開く。
──黙れ。
ロシュタムがラナに、ティアルに隠してい能力が発動した。
うまくいかないものだとロシュタムは頭をかく。
「どうしてこんなのが第3司令官なのでしょうね。早く行きましょうかラナ」
ラナの手をとるティアルに、
「ラナー」
ロシュタムは手を伸ばしてたすけをもとめた。
ラナはどうしたらよいかわからず、ティアルに引きずられていく。
「じゃあ、まとめて」
ロシュタムはラナとティアルを背後から抱きしめ、まとめて宙に持ちあげた。
「ロシュタム、痛い」
「離しなさい」
「寂しいじゃないか。おれもまぜてくれ」
騒がず。
清らかで。
穏やかに。
使聖の心得である使聖の3原則はロシュタムにとって無意味でしかない。罰則がなくて本当によかったとラナは胸をなでおろす。
罰則に対しての処遇を決めるのもラナの役割だ。新たに破ったときの規則を義務づけたとしても被害に遭うのはロシュタムだとしっているから誰もが見て見ぬ振りをする。
優しくて。
笑顔がまぶしくて。
明るくて。
元気で。
力強くて。
いつでも話しを聞いてくれる。
どうしたと声をかけてくれる。
使聖と使聖徒とも気楽に会話を交わす。
大聖堂で第3司令官が嫌いな者はいない。
挑んでくる者は、最初から大聖堂に司令官の座を求めて己の力量をしらずに、家柄やどこぞの子息として潜りこんでくる。
ロシュタムは、あえてそういった輩も受け入れる。屋敷や家名をまとめて潰すには手っ取り早いからだ。
普段のロシュタムは誰に対しても平等で優しい貌を見せていた。
「ロシュタム。あなた何歳でしたっけ?」
「18歳だと思うけど、自信はないな」
ロシュタムもティアルも、理由は違えどラナと同様の立場にあった。自分が自分であるという確証はどこにもない。それでも不安を口にしない2人を、ラナは心から尊敬していた。
「そうですか。わたしより1つ年上にしては無駄な動きが目立ちますね。無駄にわたしよりたかいですし」
5センチといったところか。
ティアルはいつの間にか追い抜かれた身長が悔しくてたまらなかった。
「朝からひどくないか? 優しいのはラナだけだな」
ロシュタムはティアルを離し、ラナを両腕で抱あげた。先ほどの比ではない。ロシュタムの力は大聖堂で1番だ。ミラトス大陸でも1番かもしれないとラナが思ったとき、
「ラナを返してください」
ティアルの怒りが頂点に達した。
ロシュタムを足蹴にし、強制的にラナを奪還する。ロシュタムは力を入れていないと思っていても、ラナには骨が軋む音が聞こえていた。
悪気がないとはいえ、体格差がありすぎる。
回廊に転がったロシュタムを、無視してティアルはラナを抱きあげた。
「大丈夫ですか?」
2人に朝から宙に持ち上げられたラナは、
「なんとか、大丈夫」
ティアルの首に腕をまわして息を整えた。
ロシュタムの愛情表現を受け止めるには、いささか気合いが必要だ。
「あなたも学習しませんね」
ティアルは転がったロシュタムの背を台座にして、ラナをゆっくりと回廊におろした。
「構ってくれてもいいじゃないか」
ティアルが立ち上がり、腰をさすってロシュタムも立ち上がった。
「おまたせいたしました。ラナ、いきましょう」
「ティアル、おれともう少しコミュニケーションを図ろうとは」
「思いませんが?」
大聖堂内だけでなく、大陸中のどこをさがしても、ティアルと正面きって言い争えるのはロシュタムだけだろう。
「どうしてそうわがままなんだよ」
「どっちがですか! ラナも言ってやってください」
「ぼく?」
話をふられてラナが焦る。
「ラナもか?」
「えっと」
両者につめ寄られたラナは、笑ってごまかすことにした。
ティアルの気高さには誰も敵わない。
ロシュタムの明るさには誰も敵わない。
なにも持ち得ていないのはラナだけだ。
寝ていても起きていても、動き続けている心臓だけが2人と等しい。
2人の優しさを、ラナはときおり辛く感じていた。
「お供させてくださいと言ってみたらいかがですか? 奇跡が起こるかもしれませんよ」
放っておいたら終わりそうもない口喧嘩は、1日の命運を左右する一戦に発展していた。
「ティアル様。是非お供させてください。お願いします」
「却下。さあいきましょう」
勝敗が決定された。
「ティアルー」
ロシュタムが悲哀まじりに名を呼べば、
「不器用は嫌いです。この雑な結び目、不愉快以外のなにものでもないです」
「いて。引っ張るなよ」
お世辞にも上手とは言えない髪の結び目を解かれて、ロシュタムがしゃがみこむ。
肩までの赤褐色の髪は、無造作に束ねられている。夕日が沈む寸前の哀愁漂う美しい色彩をしているのに、縦結びはいただけない。
「これでも時間がかかったんだ」
「本気でわたしを怒らせたいですか」
30センチはあろうかと思われる、もとは白だったはずの灰色の紐を、ティアルは右手でもてあそんでいた。
「いや、それを返してくれないか」
ロシュタムはティアルに降参の合図として両手をあげた。
「最初から素直に従えばいいものを」
ロシュタムの頭に紐をのせて、ティアルはラナの手をとった。
「お前なあ」
ロシュタムが叫ぼうが喚こうが、ティアルは顔色を変えない。
少しずつ追いつかれ、追い抜かれた身長と力の格差が明暗をわける。
第3司令官のロシュタムが第2司令官であるティアルに挑む機会はあるはずなのに、ロシュタムは望まない。
なによりティアルにもラナにも勝てやしないと堂々と宣言する。
──ティアルにさからうなんざ、こっちから願いさげだ。おれが壊れたときだけだ。あいつと戦うのは。ラナもそうだな。
本気なのか冗談なのか。
ロシュタムの真意はわからない。
ロシュタムにはロシュタムなりの信念があるらしい。
本気でぶつかりあったところで、ティアルの頭脳戦が勝利するだろう。 ティアルは常に最悪の事態を想定して動いている。
ラナは、自分は2人に負けるだろうと確信していた。ティアルやロシュタムに逆らうなどあってはならない。
第1司令官の座を譲れと言うのなら戦わずとも喜んで譲りわたす気でいた。
大聖堂から出ていってどうなるかはわからないが、今ならなんとか生きていける気がした。
──2度と失いたくはない。ずっと、今度こそ側にいる。守り抜いてみせる。
2人を見つめていたラナは、
──あれ? 2人は生きてるのに。
なぜ、2度と失いたくないと思ったのか。
──たまに、変な考えをしてしまう。
2回失うくらいに辛いということなのか。
それとも、
──1度失ったことがある? 蘇生できる能力をもつ神はいなかった。死は別れだ。
夢の中で2人を失ったのか。
現実は、
「幼子だってもっと上手に結べるはずです。情けないを通り越して、気持ちがいいですけどね」
「おれが悪かったよ」
「ふふっ」
じゃれあっていた。
2人のようすが、ラナにはおかしくてたまらなかった。
仲が良いからできる会話だ。
このまま時が止まってくれればと幾度も願い、そのつど叶わないと知ってる心が、悲しみの涙をこぼした。
「ロシュ、ティア、早く行こう」
「ラナがロシュと呼んだぞ! 聞いたかティアル」
「幻聴でしょう」
え、呼んでくれたよな? と慌てるロシュタムに、ラナは、
「さあ?」
と、少しだけいじわるをした。
ラナは、ティアルもロシュタムも気づいていない想いを胸に秘め、温かな気持ちで微笑んだ。
「ラナ、これも一緒で構わないのですか?」
これ、と言われたロシュタムは気にするふうでもなく、にこやかに笑っていた。
「みんな一緒がいいなあ、だめかな?」
「ラナが言うのならしかたありませんね」
ティアルは意見を素早くひるがえした。
「ラナの優しさに感謝しなさい。今日は特別ということで許可します」
「ティアルー、意地が悪いぞ」
「腹ごなし前に相手をしましょうか?」
「冗談! ラナのおかげだ、ありがとうな。ティアルの気が変わらない内に急ぐとするか」
わかりやすい態度に苦笑して、ラナとティアルは、先に行くロシュタムの後を追いかけた。
食堂は時間が少し遅くなったこともあり、空いていた。
「腹減ったあ。ラナ、しっかり食えよ。ティアルは細くても身長があるけど、お前は細いというより折れそうだぞ。ああ、ティアルの口の悪さは似てくれるなよ」
「ロシュタム、あの」
ラナは怖々とティアルを見上げた。
「わたしは彼と知りあってしまったことを後悔していますよ」
隣で頭を抱えたティアルの横顔を、柔らかな朝日が照らしていた。
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