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白み始めた神話たち  作者: gcoma
16/24

大聖堂の温かな夜 第3司令官の凍てる貌

16話になります。


2人を見たときには失恋が決まっていた。

2人を引き離してはいけないと決めた。

与えられた役目を全うできるかはわからない。

ただ、2人に笑顔でいてほしいと願った。

あの日、叶わなかった願いをどうか──。

「お腹が痛いかも」

 ラナは自室に戻り、ベッドの上に倒れこんだ。ティアルの笑顔により、完食するまで食堂から出ることはかなわかった。サラダを最後に咀嚼していると、ティアルが上機嫌でラナの頬を突いた。

 ハーブティーの入ったカップを持つティアルの手が震えていた。斜め下を向いて、肩も震わせていた。

「遊ばれた」

 小動物、とティアルが笑いをこらえながらつぶやいた。ラナは口いっぱいに頬張ったサラダをひたすら咀嚼するのに忙しく、2人の様子を眺めていた使聖や使聖徒は、微笑ましい眼差しを向けていた。ティアルもラナも、等しく尊敬して憧れている使聖や使聖徒もいる。

 ティアルはしっかりと周囲に目をやり、人柄や役割りを把握していた。

 見る目がないとラナに言われたら、ティアルは落ち込むくらいはする。ラナがしらないだけで、ティアルはラナに良いところを見せたくて日々頑張っている。

 穏やかで平和な時間はあっという間に過ぎていく。魔物がいつ現れるかわからない。それぞれに役割りもある。忙しい使聖が24時間いつでも自由に食事がとれるように、大聖堂の食堂は常に開放されている。温かいスープや魚、肉類に野菜、何十種類もある焼きたてのパン。酒はないが食後には果実もつまむことができる。

 食事に使聖と使聖徒の差はない。平等に食べたいだけ食べられ、くつろげるスペースがある。誰でも使えて安心できる場所として食堂は設計されていた。

 大聖堂のお抱え使聖であるラナにあてがわれた部屋は個室だ。塔が1つと言えばわかりやすい。

 他の使聖とは明らかに待遇が異なる。

 個室をもたない使聖徒は、建物内で大勢の者と寝食をともにし、集団でひと部屋を使っている。

 使聖と名乗ることを許されても個人部屋は与えられない。2人部屋は実力のある使聖が使用できる。他は4人部屋、6人部屋、8人部屋となっている。直ぐに討伐に行けるように、バランスよく配置された部屋だ。

 個室は──3使聖にだけ与えられる特権だ。

 それだけ貴重な存在ということだ。

 3使聖は大聖堂から離れられない。

 一生を大聖堂に捧げる。

 長らく3つの塔は使われていなかった。

 「もっとふさわしい人を選べばよかったのに」

 ラナは毛布に顔を埋めて、くぐもった声をもらした。

 「どうしてミラトスはぼくを選んだの?」

 ──ミラトスが漆黒の色彩だったから?

 ──ミラトスは恵まれていたはずなのに。

 ラナのしるミラトスは、他の神々と交流をもち、人が生まれたことを祝福した。人から愛され、神々からも慕われていた。

 ──いなくなったことと関係があるのかな。

 はちきれそうなお腹をさすりながら、ラナは身を起こした。 

 生活を営むのに必要な道具がすべて揃っている広い室内は第1司令官であるラナのものだ。

 大勢が大聖堂内で寝食をともにしている。

 3使聖の部屋は、赴かなければ誰とも出会うことはない。

 喧騒も聞こえない。

 中央からは離れた場所にある。

 その分、ミスの許されない大きな役割を担っているわけだが。

 ラナは第1司令官としての役割りをこなせているかと問われたなら、首を振るしかない。

 ──頼ってばかりだ。

 完璧な設備の整った大聖堂に連れてこられてから、10年が経過していた。

 推定4歳頃からは只人に追われて、生傷が絶えない生活を2年ほど、6歳になるまでおくっていた。ときには出血がひどく、指先が痺れて体の震えがとまらずに意識をとばしたこともある。

「次の朝には見覚えのない地にいて、ケガも治っていたなあ」

 不思議な現象ですませられる話ではない。

 奇跡でもない。

 ──今ならわかる。

 ミラトスの意思でラナは修復された。

 ミラトス大陸にはミラトスの意思が張り巡らされている。ミラトスは理不尽なことを決して許さない神だった。優しくて気高い神だった。

「理不尽に傷つけられたから、治してくれたのかな。ミラトス様、あなたは漆黒の麗しい神と呼ばれていたと文献にありました。ぼくの髪はパサパサで艶もない。ミラトス様の誰からも羨まれる美しかった髪や瞳とは違います。ぼくの髪も目も、似ても似つかない色褪せた色彩なのに」

 ──なぜ、ぼくにミラトス様の能力が扱えるのですか?

 深夜に1人、ラナはシーツを握りしめてミラトスに訊ねる。

 返事がないとわかっていても、どうしてと訊ねずにはいられなかった。

 なぜミラトスは自らが創造した大陸を見捨てたのか。

 本当は生きているのか。

 すでに亡くなっているのか。

 自らの意思だけをこの地に残して。

 ミラトスは難問をラナに押しつけた。

「神の意思があるなら魂は消滅していないはずだ。でも、ミラトス様もミラトス様を慕っていたとされる神々も姿を現してはくれない」

 魂が消滅したとすれば、ミラトス大陸はとっくに崩壊している。他の神も同じだ。適した使聖に能力を与えた。

 神の権限が消失していない。

 生きているから力がわけあたえられる。

「ミラトス様、あなたはどこにいるのですか?」

 噂だけがひとり歩きをするこの大陸で、ラナはミラトスの力を得た。

 死にかけて、はじめてミラトスの能力を扱えるようになった。

「どうしてぼくだったのですか?」

 濁流に投げ入れられた日にラナの命は尽きるはずだった。ラナは必死に生きようとした。生きて、会わなくてはならない存在がいた気がした。

 ──泣かせてしまう。

 泣いていたのはラナなのに、また泣かせてしまうと必死に生きようとあがいた。只人に大小の石や瓦礫を投げこまれてぶつけられても、ラナは流れ出る血の赤さが濁流で見えなくても、血を流せばまた悲劇が繰り返されると水面に顔を出しては酸素を吸い込んだ。

 大聖堂にティアルが第2司令官としていなければ、ラナは濁流に流されて、なに1つ残らず消滅していただろう。

 ──結局、また泣かせてしまったなあ。

 朦朧とする意識の中で、ティアルは泣いていなかったのに、ラナはここにはいない誰かを想っていた。

「わからないや。今日は楽しかったけど緊張した。また眠ってるのかな」

 ラナは難しいことはわからない、とベッドに倒れ込み、枕に顔を押しつけた。眠りの邪魔をするなと怒る金色の彼を思いだして小さく笑う。

 アトと出会えたことは幸運だった。

 ミラトスが創り出した審臨は想像を凌駕する。

 第1審臨に立ち入ったことでミラトスの凄さを思いしらされた。

 第2審臨から観察する紫色の眼があったことに、ラナは最後まで気がつかなかった。

「眠い。お腹、いっぱい」

 急激な眠気がラナを襲った。

 睡魔はラナを誘い、稚い寝顔が健やかな寝息をたてはじめた。

 同時刻、

「誰か!」

「お願いします! 誰か! たすけてください!」

 大聖堂から離れた村で悲鳴と怒声があがった。

 ラナのもとには届かない。

 ティアルのところにも届かない。

 この村が大聖堂から切り離されているからだ。

 緊急の命が下るときはティアルを経由して第1司令官のラナが指揮を執る。 

 1秒でも早く。 

 ラナはティアルさえ置いていく。

 風の使聖と喚ばれるだけあり、ラナの跳躍力は秀でている。木々を、屋根を蹴り、最短ルートで目的地を目指す。

 翼が生えていると誰が言っただろう。

 真っ白な衣装をひるがえして宙を舞うラナの背には、翼が生えているように只人だけではなく、使聖も、使聖徒さえ、ただ見惚れるばかりだ。

 ──きれい。

 小さな声だった。

 手を繋がれた幼子が、跳躍するラナを見て瞳を輝かせていた。

 本来なら鐘が鳴る。

 村や町には、小さくても遠くまで響く大聖堂支給の緊急用の鐘がとりつけられている。必ず使聖の誰かが音を拾い、方角を確認して第3司令官、第2司令官に伝えるようになっていた。

 ラナは呼ばれたら飛び起きて駆け抜ける。

 速度は誰よりも早い。跳躍されてしまえば残された使聖は行き場を失い剣をおろすしかない。

 ティアルだけが諦めない。

 ラナがどこに行っても捜しだす。

 他の使聖は第3司令官に頼り、ラナとティアルを捜し出してめらうように頼みに行く。

 大丈夫だと笑いながら第3司令官に案内されて到着した頃には、魔物の死骸が転がり、只人はへたりこんでいる。

 討伐はすんでおり、功績を収めたはずのラナは正座をして項垂れ、追いかけたティアルがラナの頭を掴んで説教をしている図が、使聖には見なれた光景となっていた。

 今はラナの姿もティアルの姿もない

 村に向かう使聖もいない。

 普段は大丈夫だと笑う第3司令官の姿もない。

 大聖堂に鐘の音が響いているはずなのに、聞こえている者がどこかにはいるはずなのに。

 不自然なほどに、村人の姿しかない。

「だから言ったんだ! 大聖堂に逆らうなと!」

「お前たちだって追い払ったじゃないか!」

 悲鳴があがり、途切れ、直ぐに別の悲鳴が上がって、また途切れる。

 村は以前に、大聖堂から視察にきた使聖に対して、使聖を異端者の集団と罵った。

 ──なにが使聖だ。

 ──嘘つき集団が。

 自分たちの村は若いもので魔物を狩った。

 使聖と名乗り遊んで暮らしているお前たちとは違う。こちらは毎日汗水垂らして生活をしているから強い。お前たちに頼ることはなにもない。

 ──使聖ごときが村に足を踏み入れるな!

 若い集団が第3司令官の前で喚き散らした。

 長は見あたらない。

 財産目当てか。

 気に食わなかったのか。

 どちらにしても殺したなと第3司令官はさとったが、

 ──価値観が異なり申し訳ありません。大聖堂に誓って、今後一切この村には近づきませんのでご安心ください。

 作物は育っているか。

 不便はないか。

 第3司令官は困り事があれば手伝おうと村に足を運んだ。

 村人たちは第3司令官が探りをいれにきたのだと勘ぐり、近寄らせまいとした。

 彼らは大聖堂にいる使聖は飾りだと信じていた。役立たずの集団だと罵った。

 審臨外の魔物が村を襲うまで、彼らは使聖の悪口を言って酒を飲んでいた。誰も否定をしなかった。否定をすれば村に住めなくなる。追い出されてしまう。次の標的にされることは死も同然だった。

 審臨に入れない魔物たちは、腹いせに村を、町を、人を襲う。いつでも襲える場所を探している。

 使聖の悪口を言っている村がある。

 1匹の魔物が触覚で指し示す。

 ちょうどいいと村を襲撃することにした。

 彼らは魔物に種類があるなどしらない。

 審臨の魔物と審臨に入れない魔物の違いなどしるはずもない。

 魔物は等しく人を襲うと疑わない。

 ならばなぜ、使聖だけ役立たずだと疑ったのか。

 自分たちには与えられなかった。

 持ち得なかった。

 きらびやかな空間を妬み、羨み、憎んだ。

「使聖様方! どうかお助けください!」

 魔物が笑う。いまさらと首をはねながら笑う。

 お前たちが生み出しだのになぜ逃げると笑う。

 村人には魔物の言っている内容がわからない。

 血が舞う。

 首がおちる。

 たくさんの悲鳴が連なる。

 恐怖は審臨外に棲む魔物の大好物だ。

「鐘がなっていますね」

 1人の使聖が耳を澄ます。

「あの村だな」

 気がついていて、第3司令官は動かない。

「おれのことは悪く言っても構わない。使聖の中でも苦労をして、悲しみを乗り越えて、只人のために睡眠時間などないに等しく動くやつがいる」

 その言葉に、鐘の音を聞いていた使聖は背筋を伸ばした。

「あいつらを貶した。おれは許すつもりはない」

 第3司令官はティアルよりも厳しい。

 その事実を、彼らは魔物に襲われてはじめてしる。はじめて魔物より恐ろしい存在を敵に回してしまったとしる。魔物に襲われながら、人体からでるすべてのものを出しながら息絶える。

 ティアルなら見捨てない。ラナが悲しい顔をするくらいならと渋々でもたすけるだろう。

 第3司令官は、

 「ラナとティアルを1度でも貶した奴らに傾ける耳はない」

 回廊から襲われる村を見ていた。

 ただ、見るだけでいい。

 滅びゆく村を数えていく。

 本来は第2司令官が使聖を派遣するか見極める。大聖堂に残るのは使聖のまとめ役の第3司令官だ。

 第1司令官は優しくて強い。

 直ぐに塔から跳躍して最短ルートで助けにいく。

 例え、感謝をされなくても。

「甘いし優しい。そして強い。ラナには誰も敵わない」

 実力が違う。

 どの口が弱いと言うのか。

 第2司令官が不在の場合、見極める役割は第3司令官にうつる。今回はそのパターンだ。意図的に不在にしたのは第3司令官だが、誰も咎めはしない。

「ティアルはラナに腹いっぱい食べさせて満足したからな。たまにはゆっくり書庫で読書でもしたらどうだとすすめておいた」

 今夜あの村に魔物がくることを第3司令官はわかっていた。以前に訪れたとき、村の入口に不自然な石が5つ並べられていた。

「5日後の夜に集合ってな」

 よくある魔物の合図だ。

「使聖はこナいヨ」

「アいツらをバカにしたヨ」

「アイツはこっチにキガツいていたヨ」

 歪ながら言葉を発する魔物の意図が彼らには理解できた。大聖堂と使聖の不興を買ったのだ。

「ああ、なんて馬鹿なことをしたんだ!」

「あんたが使聖なんか要らない、鍬や鎌て十分だって言ったのよ!」

「あの使聖があんな化け物だったなんて知るかよ!」

 3使聖の中でも1番親しみがあり、話をよく聞いてくれ、笑顔が明るくて元気があると評判の第3司令官が、

「1番の嘘つき野郎じゃねえか!」

 貌を誰より使い分けていた。

「化け物が誓ったんだ! 2度とこないって、ちくしょう!」

 言葉を話し、容姿を人に近づけ、他の魔物たちに指示を出す魔物は、使聖が魔物となったか、審臨ができた後で生まれた魔物だ。

 審臨にはミラトスがいた時代の魔物しか棲んでいない。表に出ることもない。

 鎌や斧が形を失い、魔物の大群がおしよせる。

 この夜、犠牲者は800名を超し、20以上の村が消滅することになる。

「ラナとティアルには内緒な。後始末は任せる」

 第3司令官の言葉に、側に控えていた使聖は、頭を下げた。

 優しくて明るく、話しやすい第3司令官は、誰よりも第1司令官と第2司令官を愛している。

 2人のためにしか、第3司令官は動くことはない。2人のためなら、なんだってする。

 2人を語る第3司令官の横貌は──誰にも見せられはしない。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

少しでも続きが読みたい、おもしろいと思っていただけましたら幸いです。続きを書く力になりますので、よろしければ下のブックマークや評価ボタンから応援していただけましたら励みになります。

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