第2司令官の本音とささやかな仕返し 第1司令官の心配と満腹の反省
15話になります。
私の前ではとりつくろわないでください。
あなたの偽りではない本当の笑顔を、わたしは見たことがあるのでしょうか。
あなたのことが大切でしかたがないから、つい、心配しすぎてしまうのです──。
1万人を収容できる食堂には、神秘の世界を想像させる壁面画が、ところせましと描かれている。色とりどりの小鳥が草花に囲まれて戯れている図や、背中に白い翼をはやした幼子が花の冠を頭にのせて、めずらしい弦楽器を奏でている図など、数えたらきりがない。
あいかわらずすごいなあ、とティアルに並んで食堂に足を運んだラナは、
「ラティナ様、ご機嫌いかがですか?」
「今日は遅いお食事なのですね」
食堂に入った途端にざわめきが広がる。憧れと尊敬、恐怖と畏怖の混じった複雑な視線と声が突き刺さる。
「ティアル様も本日は遅いお食事なのですね」
「ティアル様。ラティナ様。お疲れではないですか?」
ティアルのついでに声をしかたなくかけてくる相手は、薄らとした笑みをはりつけている。
「退いていただけますか。わたしはラナと楽しく過ごしたいのです」
ばっさりとティアルが蹴散らす。
ラナにはできない。
ティアルの言うことには深々と頭を下げ、
「大変失礼いたしました」
「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
食堂に集っていた使聖が出ていく。
ラナが言ったとすれば、一応言うことはきいたとしても、苛立ちを隠そうともせず視線で抵抗するはずだ。目はうわべの言葉よりも本性を現す。
「第1司令官の言うことがきけない輩に使聖を名乗る資格などありませんよ。ただの無知で滑稽さ丸出しの追放リスト候補です」
ティアルがなにげなく口にした内容は正しい。
若干16歳のラナこそが大聖堂の第1指令官であり、護の珠人と呼ばれる使聖の中でも群を抜いて強い神から授かった能力を持っている。能力は呪であり、呪と呼ぶか、能力と呼ぶかは本人次第だ。
護の珠人はミラトス大陸に住まう只人を、大聖堂たる協会を魔物から守る役目を担う。
ラナは謙遜するが、圧倒的な強さは誰の目にもやきついている。それは新米使聖と使聖徒の通過儀式でもある。
通過儀式に参加しない新米使聖や使聖徒はいない。ラナの実力を確認しておきたいからだ。
ラナの実力を目のあたりにした使聖の反応は2つにわかれる。
第1司令官の座を諦めるか。
別の方法でラナを殺めるか。
物騒な2択にラナは慣れていた。
──また、余計なことを考えていますね。
ラナの表情が曇っていた。
本人はなんでもないと平静を装うことに必死だ。
護の珠人には言い伝えがある。
出会うべく者に出会ったとき、運命は巻き戻り運命は進みだす。
大聖堂の書庫でティアルが発見した書物の端に小さく書かれていた。
誰かの手書きだ。
薄れて読みにくかったが、ティアルはラナに書物ごとわたした。
──意味はわかりませんが、わたしをラナから引き裂く輩がいたとすれば、引きちぎりますからね。
物騒な発言とともにやってきた書物はどこにいったか。部屋の片隅に落ちている気がする、とラナは、勉強熱心なティアルが知れば間違いなく床に座って説教だと黙り込んだ。
「顔色が優れませんね。大丈夫ですか?」
「ティアルがいてくれるから平気だよ」
ラナは心が読める能力をもっている。
もちろん普段は使わないし、なによりもティアルの側では使えない。
護の珠人はミラトスが持っていた能力の大半が使えると言われている。
ラナがあまり意識していないために、いまのはどうだろうと悩むこともある。
滅多なことではラナは能力を使わないため、ティアルもラナがどのような能力を持っているのか把握しきれていない。
ミラトスの能力がラナに引き継がれたことだけがすべてだ。
ラナは人の悪意にさらされてきた。悪意を向けられる感覚が麻痺していた。石を投げつけられて割れたガラス瓶を投げつけられることが普通だった。
血を流す痛みと、むき出しの心に流れ込んでくる途方もない憎悪の言葉にも慣れていた。
ラナはみんな同じ存在だと信じていた。
違うと判明したのは、大聖堂にきてからだ。
ティアルに、
──わたしはあなたの心の声を直接聞くことはできません。だからたくさん言葉にして、嫌なことや好きなことを教えてください。
初めて異物ではない存在として扱われた。
ラナは衝撃を受けた。
黙っているばかりで話さない、こちらのことを見透かすような目をする、ああ、気持ちが悪いと只人に疎まれ、危害をくわえられてきた。
ラナが望む言葉をティアルは先回りして差し出してくれる。
普段から他者の声が聞こえるわけではない。
静の珠人であるティアルが側にいれば無音になることが一緒に過ごすうちに判明した。
ラナが驚いていると、
──声や思考の遮断能力は静の一族の由来です。護の珠人のためだけに備わった能力の1つだと聞いています。
──わたしはあなたのために存在しています。辛いとき、悲しいとき、嫌なことがあったとき、楽しかったとき、嬉しかったとき、どんな『とき』でも教えてください。
ティアルの言葉に、ラナは真っ赤になりながら、ありがとうと俯いた。
首まで赤く染まったラナの耳も真っ赤だった。ティアルは、この純粋な存在が傷つきませんようにと願った。
ラナが使う呪は赤い光の帯を大気の中から取り出して、弓や剣に変化させることだ。
ラナの弓矢は只人には効かない。
魔物を狩るために特化した能力は只人に威力を発揮することはない。
赤い弓矢【封刹の弓】を使っている間、ラナに防御力はない。完全な無防備だ。
無防備な状態で、ラナは魔物と対峙する。
──わたしがあなたを守ります。
ティアルはラナの手を取り、左右の薬指に口付けた。
──両方とも譲りません。
愛情も、信頼も。
10年前、ラナに誓ったティアルの約束は契約となりラナを守っている。解呪する気はない。
ラナを守るためにティアルがいる。
ラナの薬指の根元は少しだけ色素が薄い。契約印がつけられているからだ。ティアルが無効だと言えば円形の色素は元に戻る。
ティアルは人も魔物もどちらにも有効な水の剣を大気中から生み出す水の使聖とも呼ばれていた。
ラナの放つ赤い弓矢の輝きは、ティアルでも直視できない。赤い弓矢を放つと激しい突風が巻き起こり、断末魔などあげる隙を与えずに魔物を粉砕することから【風の使聖】ともラナは呼ばれる。
魔物にだけ効力を発揮する封刹の弓にラナが大聖堂から支給されている封刹の剣は、どちらとも只人を傷つけることはない。
わかっていても力を持たない只人は思わず敬遠してしまう。
「ぼくは見せ物じゃない」
ラナがぼやく。
「見物料を取りますか」
本気でティアルが言う。
「1日で一生分稼げるなら」
「稼げますよ。試してみますか?」
ティアルならやりかねないとラナは首を横に振り全力で否定した。
「それは残念です」
「冗談だよね?」
「さあ、どうでしょうか」
少々荒っぽい方法で、ティアルはラナをなだめることに成功した。
ろくでもない考えに囚われているラナをこちら側に引き戻すには、多少の荒っぽさがなければ効力は発揮されない。
「とらえかたの問題だと思いますけどね。はい、あなたの夕食ですよ」
「え」
いつの間にかティアルが大量の夕食をもっていた。軽く3人分はある夕食を前に、ラナは青ざめてティアルに確認をした。
「ティアルの分もはいってるよね?」
「いいえ。きっとお腹を空かせてもどってくると思っていたので、取り分けておきました。どんどん食べなさい。もしかしたら背も伸びるかもしれませんよ」
2人用の机にティアルが盆を置く。
「ティアの」
「なんですか?」
反論しようにも、それ以上は言えず。
「明日から、決まった時間には戻ってくればいいんでしょ!」
フォークに肉の塊を突き刺してラナが叫ぶ。
食事に制限はない。食べてはいけない食材も存在しない。ここは大聖堂でありながら、魔物討伐機関の最高権力者、大司教が暮らす協会だ。
「全部、食べたよ」
机に顔を伏せて、ラナが呻く。
「よくできました」
2人分のカップに湯を注ぎ、ティアルは極上の笑みを浮かべた。
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