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白み始めた神話たち  作者: gcoma
14/27

第2司令官のティアル 第1司令官のラティナ

第14 話になります。


いつだって後悔は後から追いかけてくる。

他人だとわりきった。

他人なら利用してしまえと考えた。

青い花をくれた小さな手は震えていた。

1人は寂しいと泣いた背を、本気で抱きしめたならよかった──。

 大聖堂に仕えるようになったラナが纏う漆黒は神聖視されている。

 唯一の色だと崇められるようになった。

 ラナが生まれてから不自然なほどに漆黒をもつ者はミラトス大陸には誕生していない。

 老婆の髪も白髪混じりの薄い茶色だ。

 ラナはこの老婆が苦手だった。

 いうなれば。

 おせっかいなのだ。

 本人に悪意がないために、ラナも対処に困っていた。

 老婆はラナに魔物の殲滅を願う。

 小柄なこどもである年下のラナに縋る。

 自分はなにもしなくともラナがいる。

 ラナが危険な目に遭っているなど考えもしない。

 ラナならどうにでもなると信じている。

 魔物がでた際には、自らの無事を怯えて祈る。

 ラナに祈りを捧げて、悲鳴を無視して隠れ続ける。

 好奇心でラナに声を掛け、魔物討伐の情報をいち早く訊きたがる。

 厄介だが害されたことはない。

 邪険にできず、会うたびに疲労感が押し寄せる。

「本日は本当に散策ですか?」

「はい、楽しかったですよ。色づいた花や木々に鳥の声。良い1日になりました」

 老婆の問いに、ラナは満面の笑みでこたえた。

 ──詮索をまわりくどくしてくるの、やめてくれないかなあ。

 脳内によぎった考えを、片隅になんとかおいやる。

「大変失礼いたしました。そうですよね。ラナ様がミラトス大陸にはおられる。それだけで私のように何も力のない者は安心して暮らせます」

 自らを、なんの力も持たないと強調する。

 自らを、庇護対処だと語る。

 ラナを危険にさらしておいて、平和に暮らせるとのたまう。

 ラティナと呼ばれるのは。

 実際に討伐している現場に居合わせた使聖や只人だ。

 平素はティアルやロシュタムがラナと愛称で呼ぶため、周囲にもラナが正しいのだという認識をもたれているが、

 ──名を呼んでもらえるから嬉しいな。

 ラティナでもラナでも、どちらでも構わなかった。

 ──それよりも。

 誰だってケガをすれば血が出る。

 痛い。

 苦しい。

 辛い。

 深ければ致命傷になる。

 老婆はラナが傷つくことがない。

 血が出ないと思っているのか。

 老婆の盲信は変わらない。

 疑わない。

 迷わない。

 危険が迫ればラナが助けてくれる。

 駆けつけてくれる。

 どんなときだって、ラナが危険な目に遭っていても、自分だけは助かると信じている。

「もちろん全力でお護りいたします。それがぼくの使命ですから。それでは」

 老婆に会釈をして別れを告げたラナは、我が家に向かって歩き出した。

 心に突き刺さったなにかがとぐろを巻く。

 表には出せない。

 表情を崩すな。

 笑みを浮かべろ。

 嵐がすぎ去るのを待つ。

 狂飆が身を滅ぼしてしまわないように。

 討伐に間にあわない事例など頻繁にある。

 ラナの身は1つしかない。

 瞬間的に移動ができる能力などもっていない。

 地をかけ、昼夜を問わずに走り続けたとしとも。

 たどり着けない地も多数存在する。

 ミラトス大陸は広大だ。

 東西南北で気候も異なる。

 大聖堂も例外ではない。

 大都市、ミラトスの中心部に位置しているミラトスの大聖堂は壮大な建築物であり、優美という表現がよく似合う。魔物から人々を救うために設けられた魔物討伐の最高機関だ。人魔討伐協会ミラトス大聖堂中央本殿と長い名がある。神に祈りを捧げる礼拝堂があり、誰でも自由にでいりできる。門扉には初代大司教の彫像が置かれ、真っ白な壁面には精緻なアーチ形をした窓が並んでいた。装飾が美しく、主塔の直ぐ下には鐘楼がある。外からでも優しげな顔立ちをした天使が小鳥を愛でているステンドグラスを確認することができる。扉を開け放った者が落ちないように考慮して胸壁が設けてあり、陽光が射し込むと冷たい大理石の床は鮮やかな色彩に塗り替えられる。

 幻想的な空間は、慣れた者でも魅入ってしまう。そこだけが異質な空間で出来ているような錯覚に陥る。天井には飽きることのない抽象的な模様が描かれており、金の吊りランプがぶら下がっていた。

 大聖堂が闇に包まれるのを拒み、光を欲しているようだとラナは思った。

 月のない晩でも常夜灯が室内を、回廊を照らす。それでも不安なら燭台を手にすればいいと大聖堂だけが暗闇に浮かびあがる。

 外観に内装。

 どこをとっても使聖の地位を理解するには十分過ぎる要素が大聖堂には揃っていた。

 ラナは大聖堂に来るまでの境遇を考えて首を横に振った。

 文句などあるわけがない。

 不満などはない。

 万全な対策を施してある大聖堂は魔物だけではなく、只人すら拒む無敵の要塞に思えるからだ。

 大概は大聖堂か協会と2つな名で呼ばれる。

 灯が途絶えることのない大聖堂は、只人の希望となっていた。

「ちょっと帰りが遅かったかな」

「ちょっとだと言いたいのですか?」

 正面から入ることに戸惑ったラナは、裏門の塀を飛び越えた。

 着地した先に美女が仁王立ちで立っていたら誰でも驚くだろう。

 しかも、とびきりの笑顔で。

 線の細い顔立ちが印象的な、ティアル・ウェヌディス・フレイアは、不正なことをなにより嫌い、怠惰な者を許さない。

 大聖堂きってのきまじめだと言って構わないだろう。

 緩くウェーブがかった背中まである琥珀色の髪に吸い込まれてしまいそうな青い瞳。

 全てがティアルのもつ美しさと気高さを象徴していた。

「ずいぶんと遅いお帰りですね、ラナ」

「あの、まだ明日にはなってないし」

 間が悪かったというか。

 運が悪かったというか。

 深夜帰宅は規則違反とまではいかないが、ティアルにとってラナの帰りが遅いことは望ましくない。

 普通の使聖なら美女が立っていたことに驚くが、ラナは違う。

 ティアルだから驚いた。

 上手に着地ができたと顔を上げた先で、恐れていた人物と遭遇してしまい、内緒で自室に戻ろうとしていたラナのもくろみは失敗に終わった。

 ティアルはラナが夕刻になっても気晴らしの散歩から戻ってこないため、しかたがないと自らがもつ能力で気配をたどった。

 個人に干渉することはあまりよろしくない。

 ──少しが11時間はないでしょう。

 両腕を組み、ラナが戻ってくる様子を階段の上から見ていたのがティアルだった。

 老婆につかまり時間をとられていたことも把握している。

 ティアルは探知能力を得意とする。

 ティアルを認めた神が探知能力を使い、誰か大切な神を守っているたのだろう。

 普段は使用しない。

 誰であれ、詮索されることは嫌なはずだ。

 ティアルはラナの気配ならどこまでも追いかけることができる。

 ラナが裏門を使うことを唯一しっているティアルは、先回りをしてラナを待っていた。

「ごまかしは通用しませんからね」

 ラナを一喝し、ティアルはラナと目線をあわせるために屈んだ。

「ぼく、ティアに怒られない日がない」

「誰が悪いのかよく考えてから言いなさい」

「はい」

 ティアルは大聖堂に舞い降りた女神だと使聖たちにささやかれていた。

 人気者といって構わない。

 華やかな容姿は迫力があり、背も高い。

 真っ直ぐな姿勢もティアルの魅力を際立たせていた。

「ぼく、第1司令官には向いてないよね」

「自分で言うほど哀れなものはないですね」

 ばっさりと言われたラナが俯く。

 ティアルは第2司令官だ。

 ラナのお目付役も兼ねている。

 深夜帰宅は魔物討伐以外の理由では特に厳しい。規制はないがティアルが嫌だった。

 ラナになにかあったのではないか。

 目の届かない場所で辛い思いをしているのではないか。

 心無い村や町の只人たちにひどい仕打ちをうけているのではないか。

 それらはティアルが一掃した。

 あの日、ラナを迎えに行ったのはティアルだ。

 ラナを害した只人を現在だけでなく過去までさかのぼって探し出した。

 ラナを異物扱いした存在は気配が揺らいでいる。

 見つけだすことがあまりにも簡単で。

 ティアルは呆れた。

 心の醜悪さがあふれだしていた。

 ティアルに嘘は通じない。

 嘘をつけば、ティアルには只人が濁って映る。

 ラナを害した只人のあまりの人数に、ティアルはいくつか町を更地にかえようか本気で悩んだ。

 ラナを傷つけた者を。

 傷つける存在を。

 ティアルはどんな理由があろうと許さない。

 地獄があるなら自らの手で処罰すると決めている。

 事後期の果までどんな手段をもちいても追いかけて罪を償わせると決めていた。

 大聖堂では純粋な神の力を宿している3人の使聖のことを3使聖さんしせいと呼び、実力ごとに順位づけ、担う役目を決定づけていた。

 第1司令官と呼ばれる使聖のトップは、前線で襲いくる闇夜の支配者たちを、1度の失敗も許されずに始末する役目を担う。

 第1司令官に求められるのは実力のみ。

 余計な感情は捨て去り魔物を殲滅する。

 第2司令官と呼ばれる第1司令官の補佐は、町や村に現れる魔物を語る暴漢や強盗、殺人に関与した者を探しだす役割りを担う。

 裁きは第1司令官が行うが、第2司令官であるティアルが主に動く。

 使聖となる見習いを鍛える教育係も同時進行しており、ティアルのような切れ者でなければ第2司令官は務まらない。

 第1、第2司令官の指示に従う第3司令官は討伐に行かない残りの使聖徒や使聖を待機、または収拾させ、大聖堂を護る役目を担っていた。

 大聖堂を利用しようと目論む貴族出身の子息たちの見張りや、使聖の名を語り悪事を働く存在を狩る役目も担っている。

 裁きがあっても第1司令官に汚いものをわざわざ見せる必要も面倒をかけるつもりもないため、第3司令官は第2司令官に許可を得て独自に裁き、狩る方向で大聖堂内はまわっていた。

 ラナは──なにも言えずにいた。

 ラナもティアルによって才を磨かれた者の1人だ。

 力の扱い方だけではなく、優しさを、温かさを教えてくれたのもティアルだった。

 衣服はもちろん、心身ともに限界だったラナを抱きしめ、折れた腕を手当てした。

 額に口づけをして、

──痛かったでしょう? 辛かったですね。もう大丈夫ですよ。

 優しく、柔らかく微笑み、血の流れるこめかみや額に触れ、大丈夫、よく頑張りましたね、とラナを何度も抱きしめて、これまでの境遇を労った。

 どんな仕打ちをうけても出なかった涙が、ラナの頬を伝った。

 次第にしゃくりあげて、初めて出会ったティアルを抱きしめ返した。

 ラナは、

 ──痛かった。

 ──怖かった。

 ──辛かった。

 ──苦しかった。

 ──寂しかった! 寂しかった! 1人でずっと寂しかった!

 慟哭した。

 飢えや痛みは我慢をすればよかった。贅沢を言わなければ、カビて捨てられた硬いパンを拾えた。

 川の水で喉を潤し、身体を洗った。

 暑さも寒さも関係ない。

 それがラナの全てだった。

 痛みはラナが歯を鳴らし、体を縮こませていれば時間が解決してくれた。

 空腹には慣れていた。

 誤魔化しきれなかったのは寂しさだ。

 ラナはティアルに出会い、初めて人に抱きしめられた。ティアルという人物の温もりと優しさを感じた。両腕を背に回してしがみつき、泣いて、叫んだ。

 大聖堂は各自に腰のあたりでも胸元の近くでも必要ならば白い布地の衣装とともに、白くて幅のある長い生地を与えていた。

 剣を巻くため、腰にさすために使っても構わず、背負いたいならそれでも構わない。足首まである衣服が魔物と戦うときに邪魔ならば、しばって戦いやすくしてもいいと言われて支給されているものだ。

 ラナは外側ではなく胸元にしのばせ、道ばたに生えている花を摘み、布にしまって持ちかえるっていた。

 それだけならまだいい。

 名前も知らない爬虫類や小動物など、ケガをして動けなくなっている生き物を胸元から取り出して、人と同じように傷の手当てをした。

 ティアルに隠れてなんとかしようとする姿に使聖たちは唖然とした。

 ティアルが見逃すわけもなく、かと言って手当をしないわけにはいかない。

 他の使聖や使聖徒は、あそこからは一体なにがでてくるのだろうと不安と嫌悪を募らせていた。

 意外と早くに、その日はやってきた。

 ──ティアの瞳の色と一緒の花だよ。

 小さな青い花をラナは胸元の布からとりだしてティアルに差し出した。高価な宝石ではない。道端に生えている雑草だ。なんて無礼なことを、とラナの行為を止めようとしたのは、ラナよりも早くからいる使聖や使聖徒だ。いかにラナが大聖堂にとって貴重な存在であろうと、厳格な性格のティアルに、そのへんに生えている雑草をプレゼントするなど信じられなかった。

 ティアルが受け取るわけがない。

 これまでもティアルのために権力者や使聖たちが高価なアクセサリーや見たことがない食材など、大聖堂を訪れるたびにティアル様にと献上しようとしては、表情をなくした冷ややかな眼差しで、

 ──暇なんですか?

 ──税をおさめている者の気持ちを理解していますか?

 ──爵位を剥奪してさしあげましょうか?

 受けとったことはない。

 身分に関係なく一蹴だ。

 ラナが摘んだ名も知らぬような花など怒りを買うか呆れられる。

 名ばかりの第1度司令官は終わりだ。

 誰もがそう思った。

 ティアルは驚いたように花を凝視してから、ラナを正面からとらえた。

 ──わたしのために探してくれたのですか?

 ──うん。青くてきれいな花が咲いているのを前に見かけて。ティアルの目の色と同じだったから、少しだけごめんなさいをして、摘ませてもらったんだ。

 頬を染めてラナが言えば、

 ──わたしのために、ありがとうございます。

 大切にします、とラナの頭をなでてから、頬にキスをした。

 一連のやりとりを終始見ていた使聖や使聖徒は、呆然と成り行きを見守ることしか出来なかった。

 懐かしいなとラナは微笑む。

「なにを笑ってるんですか」

 あきらかに怒っているティアルの声に、

「ティアルは実績が残せてすごいなと思って」

 「ティアです」

 「う、あの、ティアは、あらためてすごいなと思ったんだ」

「怒りますよ」

 既に怒っているとは口が裂けても言えない。

「ミラトスの第1審臨地帯で迷ったんだ」

 ラナは正直に遅くなった経緯を話した。

「どこで迷ったっと言いました?」

 ティアルの青い瞳が鋭くなる。

「第1審臨地帯で迷ったって言ったんだ。だから遅くなっちゃった。本当にごめんなさい。途中で大聖堂のミサに欠かさず来るおばあさんにも会ったよ」

 大聖堂の使聖様がいるから怖くなどないと老婆は身を隠して煽る。それを聞いた他の魔物により、さらに強い魔物が集まることになるなど老婆は考えない。

 ティアルもどうにか対策しなくてはと思っていた。

「あのおばあさん、大聖堂に入れなくしますか?」

「だめだよ。悪気はない、と思うから」

 「しかたありません。遅くなった事後報告を許すのは今回だけですからね」

 ティアルが先に折れた。

 ラナを慕う気持ちに偽りはないが、老婆の言動は些か目に余る。ティアルの中で接触注意のリストに入りを老婆ははたした。

「ありがとう、ティア」

 ラナだけに許された呼び方で、柔らかく、嬉しげに感謝されてしまえば、ティアルはなにも言えなくなる。

 結局このパターンの繰り返しだ。

 やるせないやら情けないやら。

 わかっているから悔しくて。

「ティア大好き!」

 ラナがティアルに抱きつく。ティアルは引き締めていた表情をゆるめ、穏やかな気持ちでラナを包み込むように抱きかえした。

 この笑顔の前では、美しく彩られているステンドグラスさえも色あせて見える。照れくさくて言えないので、ティアルはわざと顔を背けた。

「わたしはそれくらいじゃごまかされませんよ」

「夕食まだ残ってるかな?」

「もちろんです」

 怒りはいつしか解けていた。

 静の一族を絶やさぬために、村を守るために、ティアルはまだ現れていない、命がけで守り抜く存在のために大聖堂に引きわたされた。

 すまない、と何度も額を地に擦りつけて謝罪を繰り返す一族の長を恨むことはできなかった。育ててもらった恩がある。孤児であっても村人たちはティアルを疎まなかった。村の一員として受け入れてもらった温かな時間が終わりを告げた。

 本来は与えられなかった慈しむ心を与えられた。

 十分だった。

 記憶が正しければの話だが。

 ティアルには目的があった。

 記憶はどうでも良かった。

 第1司令官に用事があった。

 大聖堂で待っていた相手が、

「ティアって、案外重い」

 ラナだとは想像もしていなかった。

 取り返しのかない契約を結んでしまった。

 ラナをよく知らなかった。

 他人だと軽んじた。

 望む第2司令官野優しいティアル様を演じた。

 後悔しかない。

 どうしたらよいか。

 どうしたら。

 ──取り返せるでしょう。

 ティアルが大聖堂にいる本来の理由を知れば、ラナは自らを差し出すだろう。

 だからティアルは黙っている。

 己の無知さを恥じて悔いる。

 一体──どうしたら。

 時間がない。

 焦るばかりで、すべてが上手くいく解決法が見つからない。

「ラナ、あなたが軽いのです」

 笑顔で頭をはたかれたラナの泣き声が響くのに、たいして時間はかからなかった。    

ここまでお読みいただきありがとうございます。

少しでもおもしろいと思っていただけましたら幸いです。続きを書く力になりますので、よろしければ下のブックマークや評価を入れていただけると励みになります。

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