その三
【スナック昭和】のあるじは、これまた年代物のガラス製大ジョッキをドンと。佐々木吉口警部補の前に置くと、キンキンに冷えたビール瓶からビールを注いだ。
ビールと泡の比率は三対一。
もちろん大ジョッキの下に溜まるビールの方が、三分の二になっていた。
佐々木吉口は大きくうなずいた。
すると【スナック昭和】のオヤジは、その背の高い佐々木の前に枝豆を置いた。
「オヤジさん枝豆はたのんでいないんだが」
糸目でしわが刻まれたような顔に、笑みを浮かべたこの店の店主はこう言った。
「お客さん、冷えたビールには“枝豆”ですぜ」
佐々木吉口警部補は、大きく笑った!
少し酔った佐々木は、【スナック昭和】の中を観察する。
店の中は雑多な物で溢れていた。──少しやりすぎた程に。
佐々木警部補は背伸びをしながら、この店を更に観察する。
『やはりここにもあったか』この見るからに古臭い外観と内装を持つ【スナック昭和】の天井には、この店には似合わない【サイバーワールド】へのゲートシステムが在った。
佐々木吉口は考える、『此処までセッティングしてくれたのなら──』っと。
だがそれでも心の中で『秘匿義務』と言う四文字が訴える。
『色々とお世話になった、元上司だが此処で甘えては…』
「どうした佐々木君、悩みが在るのならいつでも相談に乗るよ?」
佐々木吉口はハッとして、改めて一色誠先輩の顔を視る。
ハチマキの真ん中にある【赤外線センサー】で、一色誠先輩を観察する。
【赤外線サーモグラフィー】では、一色誠の体温は三十六度になっていた。
「先輩。酒に酔っていなかったのですか?」
佐々木警部補はそう言うと、一色誠先輩は首を横に振る。
「酔っていたのは事実さ、だが。君からの『相談』を聞く前に酔っぱらっては、助言のしようが無いじゃないか」
佐々木吉口警部補は深呼吸をして。改めて目の前にいる『生きた伝説の男』を視る。
「何処までご存知ですか?」
一色誠は、左腕で頭をささえる格好をしてこう言った。
「草壁一郎氏に不幸があった。みんなはまだ、ソコまでしか知らん様だ」
佐々木吉口警部補は、息をはきながらうなずいた。
「…良かった、それ以上の事を“いまの段階で”知っていたら。先輩を【逮捕】しなければ成らなかった」
一色誠は、三回瞬きをすると、含み笑いをしてこう言った。
「何を言っとるのかね、佐々木吉口。三番目の被害者である草壁一郎氏の家に、お前さんが颯爽と入って行くのが見られたから、『これ幸い』と思っていたのだよ?」
佐々木吉口はいっしゅん顔を赤くして、反論しようとするが。今の会話で聞き捨てならない『単語』が入っていたので。今度は顔を青くする。
「待ってください! 一色先輩‼ 草壁一郎が三番目の被害者?」
一色誠はクリクリと動く目で、『驚愕』の表情を浮かべる佐々木吉口警部補を見ると。血色の良いシワだらけの顔を青くさせた。
「…警察では、まだ其処まで行き付いていないのか⁉」
一色誠はそう言うと、右手で髪をそり上げた頭をさする。
「ちょっと待って居てください!」
佐々木吉口はそう言うと、『魔法の言葉』をつぶやく。
「ダイブ」
次の瞬間。佐々木吉口の意識の一部が、『サイバーワールドのゲート』に降り立った。
「? 何故ゲートで引っかかるんだ⁉」
佐々木吉口警部補は眉をしかめる。
「当ったり前じゃ! あそこの店からアレだけ派手に降臨すれば、『ゲートキーパー』が働くワイ‼」
一色誠は、佐々木吉口の意識の一部である『光の玉』に話しかける。その一色誠の姿は警部補の『光の玉』とほとんど変わりは無かった。
「ぬ、いかんなぁ。佐々木よ、お前の降臨が早速『情報深度:低』で、ニュースになっておるぞ?」
佐々木吉口は驚いた。
「何故わたしが『サイバーワールド』に入るだけで、ニュースになるのです?」
一色誠は『ゲートキーパー』内を飛び回りながら、佐々木吉口の『光の玉』にこう言った。
「アレだけ『驚愕』と『怒り』を放っていれば、誰だって注目するわい! しかもあの店はこのオレのテリトリーのひとつなのだから‼」
一色誠に怒られて、佐々木吉口の『光の玉』はその輝きを落とす。
「まぁ良い、お前さんの正義感が『視られた』だけでも、アノ店に招待した甲斐もある」
チョットだけ暴れていた一色誠がそう言うと、『光の玉』から電脳内で使っている【四本の腕】を持つ仁王像に変身すると。いくつかのファイルを佐々木吉口に渡す。
「アノ、これは」
冷静さを取り戻した佐々木吉口警部補は、渡されて漂うファイルを見つめる。
「先ほど言った一番目の被害者『道崎光一』と、二番目の被害者『国元さとし』のオレが調べて、ファイル化した『情報深度:中』のニュースだ」
佐々木吉口はその、空中に浮かんでいるファイルを手に取った。
一色誠のアバターである、四本腕の金色に輝く仁王像が。
凄みの在る笑い顔で、佐々木吉口がいつも使っている。頭の無い甲冑姿を持つアンデッド、【デュラハン】のアバターを見下ろしていた。




