閑話 レンティスお兄ちゃんといっしょ!④
夕陽が訓練場を赤く染め始める頃になっても、おさらいと称した地獄は終わらなかった。
汗で前髪は張り付き、呼吸は熱を帯び、腕も足も重い。
それでもレンティスだけは最初から最後まで全く動きが鈍らない。むしろ楽しそうですらある。
そんな中、ついにその瞬間が訪れた。
ユリウスがレンティスと真正面から剣を打ち合う。大剣と木剣が交差した瞬間、リュカは一気に踏み込んだ。
ユリウスと入れ替わるように前へ出て、レンティスの死角へ滑り込む。
同時に、後方へ下がったユリウスの周囲へ無数の水弾が浮かび上がった。昨日出した水弾よりも鋭く圧縮された水弾が、一斉にレンティスへ放たれる。
「おっ」
レンティスが楽しそうに目を細め、その拳が正確に水弾を打ち落としていくのと同時に、リュカの槍も捌いていた。
次々打ち落される水弾だったが、そのうちの一発だけが、拳へ当たる直前で軌道を変えた。
不自然なほど急角度で逸れた水弾は、リュカの突き出した槍の柄へ直撃する。
その衝撃で穂先の軌道が僅かに変化した。
本来は肩を狙っていた突きが、レンティスの太腿の横を掠め、布が裂けた。
「おぉー! いい連携! やるじゃん!」
レンティスが心底嬉しそうに笑うと、その瞬間には、もう反撃が来ていた。
片手で槍を絡め取られると、直後に石突きが腹へ突き刺さった。
「っ……!」
「がっ……!」
ほぼ同時に、リュカとユリウスが地面へ崩れ落ちる。腹の奥がひっくり返るような衝撃に、二人揃って蹲った。
「うん。二日でここまで出来るようになるとは思って無かったよ!」
「弟君達やるなぁ!」
「水魔法をあれだけ操作出来るのもヤバいっすねぇ!」
観戦していたドランとゼノンが感心したように声を上げる。
二人の周囲には、既に憲兵団と自警団の人間達が死屍累々と転がっていた。
どうやらあちらも相当な地獄だったらしい。
肩で息をしながら、ユリウスがじとりとした目でレンティスを見る。
「……け……っきょく……二人がかり……でも……兄さんに当てれた……のが一回か……」
「ドランとゼノンより早くここまで動けるようになった事は誇っていいよ」
「そうそう。俺たちなんて半月かかったっすからね」
「毎日毎日死ぬかと思ったよ……」
遠い目をするドラン達。
その様子に、リュカは何となく察してしまう。多分この人達、今の自分達と全く同じ顔をしながら訓練受けてたんだろうな、と。
レンティスは満面の笑みを浮かべたまま、倒れ込んでいた二人をぐいっと立たせた。
そのまま勢いよく、ユリウスとリュカをまとめて抱き締める。
「ユリウスもリュカ君も、言われた事忘れずに精進しなよ? 君らならここまで来れるって思ってるから……グレイスロウでまた会おう」
その言葉は軽い調子なのに、不思議と真っ直ぐ胸へ落ちてきた。リュカは少しだけ目を見開き、それから小さく笑う。
「……はい」
「次は一発じゃ済まさないからな」
「んふふ、楽しみにしてる」
そう返したレンティスは、今度は地面に転がっている憲兵団の兵長を上から覗き込んだ。
「じゃあ今回の合同訓練はこれで終わり。また機会があればお願いしますね」
兵長は死んだ魚みたいな目で、なんとか頷いていた。
そこへドランがうきうきした様子でレンティスへ近づく。
「ねぇねぇ隊長、今日も行くんすか?」
「え? そりゃあ行くでしょ」
「ご馳走になりまーす!」
「ホントお前らはさぁ……まぁ良いけど。ちょっと寄るとこあるからそれからね」
「やったね! これだから隊長の部下は辞められないんっすよねぇ!」
ゼノンも深く頷いている。完全に餌付けされた大型犬みたいだな、とリュカは思った。
そうして飛竜部隊の三人は、夕暮れの街へ足取り軽く去って行く。
残された訓練場には、疲労で動けない人々と、夕陽だけが静かに広がっていた。
――――――――
昼前になってようやく、リュカは重たい瞼を持ち上げた。
全身が鉛みたいに重い。寝返りを打とうとしただけで筋肉が悲鳴を上げ、思わず顔をしかめる。昨日の訓練を思い出した瞬間、身体中の疲労感に納得してしまった。
治癒魔法を使い、どうにか起き上がって身支度を整え、宿の部屋を出る。すると丁度隣の部屋からユリウスも出てきたところだった。
目が合った瞬間、二人とも同じような疲れ切った顔をしていて、思わず苦笑が漏れる。
「……もしかしてそっちも今起きた?」
「あぁ。起き上がれなかった……」
「帰りに飯食って風呂入って上がった所までは覚えてるんだけどさ。気がついたら今だった」
「俺も同じだな。実家にいた時以来だ。こんなに疲労が抜けないのは」
そう言いながら宿を出て、二人でギルドへ向かう。
ボードウェルの街は今日も賑やかだったが、二人はその喧騒を楽しむ余裕もなく、半分死んだような顔で歩いていた。
ギルドへ入ると、受付近くでファイフと話していたレンティスがこちらに気づき、大きく手を振った。
「あ、二人共おはよう!」
昨日より更に機嫌が良さそうな笑顔だった。
対して、その横にいるファイフはどこか微妙な苦笑いを浮かべている。
リュカとユリウスは顔を見合わせ、またしても首を傾げるしかなかった。
「随分疲れた顔してるねぇ。ちゃんと寝た?」
「寝たけど……レンティス兄さんは随分と機嫌良さそうだな」
「んふふ、ちょっとねー」
何があったのか聞いても教える気は無いらしく、レンティスは楽しそうに笑うばかりだ。
「僕達は上に報告しにエルドリアに先帰るけど、ユリウス達はフェンリスまでの護衛依頼受けたんでしょ?」
「あぁ。フェンリスにギルドから借りた馬車も置きっぱなしだからな」
「うんうん。仕事熱心でいい事だ。じゃあ僕達はもう行かないとだから」
そう言うと、レンティスは軽やかな動きで飛竜に飛び乗った。
ドランとゼノンも慣れた様子でそれぞれの飛竜へ跨る。
レンティスは上から二人へ向かって手を振った。
「じゃあね、次にみんなに会うの楽しみにしてる! 気をつけてグレイスロウまで帰っておいでよ」
「皆さんお世話になりました」
「弟君達またね」
「二人共頑張るんっすよ」
次の瞬間、三体の飛竜が地を蹴った。
重そうな巨体とは思えないほど滑らかに空へ舞い上がり、翼の羽ばたきが巻き起こした風だけを残して、あっという間に空の向こうへ消えていく。
その姿を見送りながら、リュカはぽつりと呟いた。
「……嵐みたいな人だな、レンティスさん」
「兄さんのああいう所に救われる所もあるんだ」
「まぁなんとなく分かる気がする。いいお兄さんだな。……訓練は鬼みたいだけど」
「……そうだな」
二人揃って深いため息が漏れた。
すると、横で話を聞いていたファイフが少し心配そうに眉を寄せる。
「……お前たち、大丈夫かい?」
「えっ?」
「今日は何も無いんだ。どこかでゆっくり休んでおいでよ」
そう言うと、半ば追い出すように二人をギルドの外へ押し出した。
外へ出たリュカは苦笑しながら頭を掻く。
「……とりあえず飯食わない?」
「……そうだな」
二人は屋台で適当に食べ物を買い込み、そのまま広場のベンチへ腰を下ろした。
焼いた肉串に魚のスープ、揚げ物にパン。
昨日あれだけ食べたのに、身体が栄養を求めているのか、二人とも無言でひたすら食べ続ける。
最後の一口を飲み込んだ後は、ベンチに座ったままぼんやり空を見上げていた。
青空を流れる雲を眺めながら、ぽつぽつと会話を交わす。
「……治癒魔法使ったはずなのに肩上がんねぇ」
「俺は脇腹が死んでる」
「レンティスさん、なんであんな動けんの?」
「昔からあぁだから…ちなみにサイレス兄様もあんな感じだしな……」
「怖……グランスロット家……怖っ……」
そんな他愛のない話をしては黙り、また空を眺める。
疲労で頭が上手く回らないせいか、その時間は妙に心地良かった。
そのまま夕方になり、二人は酒場で晩飯を食べ、おつまみをつつきながら少しだけ酒を飲んでから宿へ戻った。
宿のロビーにあるソファに、先に帰っていたセラフィナとライラの姿がある。
だが、様子がおかしい。
ライラは机に突っ伏したままぴくりとも動かず、セラフィナも何となく俯いていて、空気が妙にしおしおしていた。
リュカとユリウスは顔を見合わせる。
「……何かあったのか?」
恐る恐る聞くと、ライラが机に顔を埋めたまま呻くように返した。
「……聞かないで……」
セラフィナも小さく頷くだけで、それ以上何も言わない。
結局、何があったのか分からないまま、リュカとユリウスは揃って首を傾げるしかなかった。
レンティスはまだ若いけど、人を育てるのがとても上手です。教官向き、でもやり方は地獄の様だけど…。ドランとゼノンはレンティスが才能を見出して育てあげました。
訓練の後、絶対ウッキウキで花束買いに行ってるんだよきっと( ◜ᴗ◝ )
昼は鬼教官、夜は王子様ムーブ。フットワーク軽すぎるな。




