閑話 ライラの実家訪問⑤
レンティスと顔を寄せ合い、小声で何かを話しているライラの姿は、どう見ても恋人同士の距離感だった。
しかも途中で、ライラの顔が一瞬で真っ赤になったのを見てしまい、セラフィナは思わず落ち着かなくなる。
なんだか、自分が見てはいけないものを見ている気分だったが、視線を逸らしたくても、つい気になって見てしまう。
ライラとレンティスの密談は続いていた。
「好きっぽくって……」
「歌姫も勘違いしてくれたみたいだし?」
「あんな言い方したら舞台脳な母はそう思っちゃいますよ……」
困ったように眉を寄せるライラに、レンティスは悪びれもなく笑う。
「んふふ、ちょっと狙って言った」
「ちょっと楽しんでますよねレンティスさん」
「えっ?心外だなぁ。ちゃんと人助けだよ」
「はぁ……私じゃなかったら絶対勘違いしますからね、それ」
呆れ半分の声でライラが返すと、レンティスは目を細めて笑い、彼女を見つめた。
「ライラちゃんなら勘違いじゃなくて良いんだけどなぁ」
その瞬間、ライラの耳まで一気に赤く染まる。
「だ……からそれが、貴族のジョークにしては笑えないって言ってんですけど?」
ライラはレンティスの視線から逃げるように視線を下に落とした。
「……ジョークじゃないんだよねぇ。実際、ライラちゃんの事も、君の家族も好ましく思ってる」
「えっ……」
そのまま流れるような動作でライラの手を取る。
そしてレンティスは、騎士が忠誠を誓う時のように静かに膝をつき、恭しくライラの手の甲へ口付けを落とした。
その光景は、まるで吟遊詩人が語る恋物語の一幕みたいだった。
美男美女が並んでいるせいで余計に絵になっていて、周囲の客席から黄色い歓声が飛ぶ。
アリアは目を輝かせながら両手を胸の前で組んでいるし、ラグナとラークはまたしても力尽きたように床へ崩れ落ちていた。
「今日も来て良かったよ。美しく舞うライラちゃん見れて嬉しかった」
レンティスはそう言いながら、手を取ったまま立ち上がる。
そのまま自然に距離を詰めていき、ライラの顔へゆっくり近づいていった。
「────っ!?」
角度によっては、口付けをしているように見えた。
「ぎゃあああああっ!!」
「姉ちゃぁぁぁぁん!!」
弟二人が絶叫し、そのまま白目を向いて倒れた。
だが実際には、レンティスの人差し指がライラの唇にそっと触れているだけだった。
少し楽しそうに笑っているレンティスを見て、ライラが呆れたように息を吐く。
「……やっぱり楽しんでるじゃない……」
「んふふ、からかいがいのある弟君だよねぇ」
「そのうち刃傷沙汰になりそう……」
「僕殺られないから安心して?」
「うぅん……まぁそうよね……」
二人で小さく笑い合う。
その空気があまりにも自然で、セラフィナは思わず瞬きをした。
本当に、昔からこういう関係だったみたいに見える。
するとレンティスが、不意に真面目な声音になった。
「あ、さっき言った事は嘘じゃないから」
「えっ……」
レンティスはライラの頬へかかった髪を、そっと耳へかける。
その仕草は驚くほど優しかった。
「……覚えといて。僕は獲物を逃がした事ないんだって事」
真っ直ぐな瞳でそう告げられたライラは、また一瞬で顔を真っ赤に染めたのだった。
「じゃあまた。グレイスロウでね。……ほらお前らも帰るよ。支払いはしとくねぇ」
レンティスはライラの髪に触れていた手で、さらりと彼女の頬を撫でると、小さく手を振って店を後にした。
あまりにも自然な仕草だったけれど、その一つ一つが妙に様になっていて、周囲の女性客達から小さな悲鳴のような歓声が漏れる。
「あ、了解っす。……なんかもう、あれは逃げられないっすわ、ライラさん」
「もう、諦めた方が楽ですよきっと」
部下二人は半ば同情するような顔でライラを見た後、では、と軽く会釈してレンティスの後を追っていった。
三人が去った後も、店の中にはまだ熱っぽい空気が残っていた。
あちこちの席から「王子様みたいだった」「舞姫と並ぶと絵になりすぎる」などと盛り上がる声が聞こえてくる。
観客の中では既に、物語の主人公扱いだった。
「……セラフィナ、ちょっと部屋戻ろ……」
「うん。分かった」
「母さん、先上がるね……」
「ふふふっお疲れ様! 少し休んでなさいな」
アリアは上機嫌のまま二人を送り出してくれた。
二階に上がって部屋へ戻るなり、ライラはそのまま勢いよくベッドへ倒れ込んだ。
枕へ顔を埋めたまま、ぴくりとも動かない。
「……大丈夫?」
「……だいじょばない……」
くぐもった声が返ってきて、セラフィナは思わず小さく笑ってしまう。
「なんか、レンティスさんって凄いね……」
「……うん……流石沼男のお兄さんだったわ……五枚ぐらい上手すぎて勝てない……」
「見ててちょっとドキドキした……」
「恥っず……マジでなんでこんな事になったの……」
「うーん……ライラが綺麗だったから?」
「うー……それは違うような気もする……でも貴族のお戯れって可能性あるし……」
そこまで言って、ライラはふと黙り込む。
たぶん、最後に向けられたあの真っ直ぐな目を思い出したのだろう。
ライラはゆっくりと、自分の頬へ手を当てた。
さっき撫でられた場所だ。
そのまま耳まで真っ赤になり、しばらく動かなくなってしまった。
三日目の朝、今日は宿へ戻ると伝えた途端、ラグナとラークがずっとライラへ張り付いて離れなくなった。
首元にラグナ、腰にラーク。
一度引き剥がしても数秒後には戻ってくるので、最終的にライラは弟二人をぶら下げたまま行動する羽目になっていた。
「せっかく帰ってきたのに……またグレイスロウに行っちゃうなんて……」
「ごめんて。今度からはもう少しちゃんと連絡するから」
「姉ちゃんと離れるなんてやだぁ。僕も一緒に行くぅ……」
「馬鹿ねぇ。ちゃんと仕事しなさい。ラグナもラークも凄く素敵だったわよ」
「本当に!?ねぇねぇ、どこが良かった?」
「そうねぇ……」
ライラは呆れたように笑いながらも、二人の頭を撫でてやっている。
その姿を見て、セラフィナは胸の奥がほわりと温かくなった。
ライラはちゃんと、優しい姉なのだ。
弟達の事が大好きで、大切で仕方ないのが伝わってくる。だからきっと、あの二人もあんなに懐いている。
最後の夜の舞台が終わり、いよいよ店を出る時間になると、別れは予想以上に大騒ぎになった。
弟二人に加え、今度はアリアまで泣き出してしまったのだ。
「せっかく……娘も増えて楽しかったのに……もっとお話したかったわ……」
「またセラフィナも連れて帰って来るから」
「セラフィナちゃん、また帰ってきてね? アリア母さんと約束よ?」
「はい……ありがとうございます。また来ます」
そう返した瞬間、アリアがぎゅっとセラフィナを抱きしめた。
「違うのよ、セラフィナちゃん。ここに『帰って』来るのよ。『ただいま』って言って、帰って来るの」
その言葉が胸の奥へ真っ直ぐ落ちてくる。
気づけば、じわりと目の奥が熱くなっていた。
「うん……また帰ります」
小さくそう答えると、アリアは嬉しそうに何度も頷いた。
最終的には、泣きながら追いすがろうとするアリアとラグナとラークを、オルフェがまとめて押さえ込んでいた。
「……行っておいで。身体には気をつけるんだぞ」
「ありがと、父さんもね」
そう言葉をかけるとライラとセラフィナは店を後にした。
宿へ戻った頃には、二人ともすっかり疲れ切っていた。一旦座ろうと、宿のロビーに置いてあるソファにもたれかかった。
「なんか……嵐みたいだったね……」
「……うん……でもまぁ、ちゃんと実家に帰って良かったわ」
ライラが苦笑した、その時だった。
宿の従業員から、一通の手紙を渡される。
「ライラさん宛てです」
「……誰から?」
封を見た瞬間、ライラの動きが止まった。
嫌な予感がしたのか、セラフィナもそっと覗き込む。
数秒後、ライラはそのまま机へ突っ伏した。
「えっ!? どうしたの!?」
慌てて見ると、便箋には綺麗な字でこう書かれていた。
『貴族のお戯れとか思ってそうだけど違うって言っとくね』
その一文を見たライラは、真っ赤になって動かなくなってしまったのだった。
その後、リュカとユリウスがその光景を見て何があったのか聞いてきたが、今は何も答えられる状態ではなかった。
ライラの里帰りの話なんだけど、故郷を無くしたセラフィナが、暖かい家族に迎えられる話でもありました。
そしてレンティスの王子様ムーブが止まりません。
いいぞもっとやれ( ◜ᴗ◝ )
最後の最後に爆弾投下して去っていく嵐ようなレンティス君とライラの話もそのうちまた書きたい。
次も閑話。一方、男性陣は?の話になります。




