閑話 ライラの実家訪問④
レンティスが嵐みたいに去って行った後、その場には、魂が抜けたラグナとラーク、真っ赤なまま固まっているライラ、そして一連の流れをばっちり見ていた酒場の客達だけが残されていた。
周囲ではひそひそと何やら盛り上がっている。
「あの兄ちゃんすげぇな……」
「口付けしてったぞ今……」
「凄くかっこよかった………」
そんな声まで聞こえてきて、セラフィナは一人おろおろしていた。
「きゃーー!!ちょっとライラ!!」
場の空気を真っ二つに裂く勢いで、アリアが飛び込んできた。
「さっきのイケてる男性は恋人なの!?所作が物語の王子様みたいだったわねぇ!!素敵ーー!!」
勢いそのままにライラへ抱きつく。
「あ……いや……その……」
ライラは珍しく歯切れが悪い。弟達の前で今更「あれは違う」とも言いづらいのだろう。耳まで真っ赤になったまま視線を彷徨わせていた。
「明日も来るんでしょう!?よし、ライラ!貴女も久しぶりに舞台に立ちましょう!うんうん!そうしましょ!!」
「いやいやいや待って待って、流石にそれは無理だよ!」
「大丈夫よぉ。セラフィナちゃんも見たいわよねぇ?ライラが踊るの」
突然話を振られ、セラフィナは目を丸くする。
でも少し想像してみた。
綺麗な衣装を纏ったライラが、舞台の上で踊る姿。戦う時ですら目を奪われるのだ。きっと舞台では、もっと凄い。
「うん……絶対素敵だよね。見てみたい」
素直に答えると、ライラが「うぐぅ……」と呻いた。
セラフィナにきらきらした目で見上げられ、とうとう観念したらしい。
「……分かったわよぉ……」
こうして、ライラは十五年ぶりに舞台へ立つ事になった。
「じゃあ俺が姉ちゃんと踊る!!」
「いや僕だから!!」
ライラが舞台に立つとなった直後、復活したラグナとラークが即座に名乗りを上げた。
「姉ちゃんと踊るのは僕!!ラグナ兄さんはピアノ弾いてなよ!」
「はぁ?お前こそ伴奏係だろーが!」
「うるさい!!」
アリアの拳骨が綺麗に二人へ落ち、結局、母娘共演という形で話はまとまった。
その日は、そのままライラの実家へ泊まる事になる。
酒場の二階は半分が倉庫、もう半分が居住スペースになっていた。
広いリビングに、それぞれの部屋。風呂もトイレも綺麗に整えられていて、とても丁寧な暮らしをしているのだと分かる。
案内されたライラの部屋もライラが家を出た十五年前から、いつでも使えるように綺麗にされているようだった。壁には小さな飾りや古い楽譜があり、棚には踊り用らしい小物も残っている。
「なんか、前と変わってないな……」
「……アリアさん、ライラを待ってたんだね」
「……そうね……」
「また、帰ってきたらいいよ」
「そうよね……」
ライラが少し涙ぐんでしまい、セラフィナは少し慌てたが、ライラは涙を振り払うようににっこりと笑った。
ライラの部屋に簡易ベッドを並べ、その日は二人で手を繋いで眠った。
翌日の夜、宣言通り、レンティスがまた部下二人を引き連れてやって来た。
「こんばんは。セラフィナちゃん一人?」
「あ、ライラは今日、あっち側です……」
セラフィナが舞台を指差す。
その言葉にレンティスは少し目を丸くすると、すぐ楽しそうに笑う。
「へぇ、楽しみだねぇ」
セラフィナの座っていた席へ、レンティス達も自然に腰掛ける。
部下二人は昨日の余韻がまだ残っているらしく、そわそわしていた。
「今日も絶対凄いっすよね」
「昨日マジで泣いたんで今日も耐えられる自信ないです」
「耐える必要ある?」
そんな風に和やかに話していると、突然、ドン、と、腹に響くようなドラムの音が一つ。それと同時に、客席から大歓声が上がる。
昨日とはまるで違う始まり方に、セラフィナは目を瞬かせた。
幕が上がると舞台中央にはアリアが立っていた。
真っ白な生地に、光を反射する細かなビーズ。ふわふわとした幻想的な衣装で、袖には薄い布が揺れている。
そして再び、ドン、とドラムが鳴った瞬間、アリアの後ろから同じ衣装を身にまとったライラが姿を現した。
ライラは舞台用の華やかな濃いめの化粧なのに、不思議と全く負けておらず、むしろ視線を引き寄せる。鋭さと美しさが同居していて、息を呑むほど綺麗だった。
ラークが、昨日とは違う弦楽器をゆったり奏で始める。
それに合わせるように、アリアとライラが左右へ分かれると、ふわり、ひらりと、二人は合わせ鏡のように舞う。袖の薄布が柔らかく揺れ、まるで蝶が戯れているみたいだった。
さらにそこへ、ラグナのピアノが重なり、美しい旋律が少しずつ熱を帯びて、テンポが速くなる。
それに合わせ、二人の動きも鋭さを増していった。
舞うたびに布が弧を描き、幻想的な光景を作り上げる。
そして曲調が変わったその瞬間、ふわりと翻った衣装が一瞬で、
白を基調とした柔らかな衣装から、身体の線が際立つ赤色のスタイリッシュな装いへ変化する。
客席から一際大きな歓声が上がった。
次の瞬間、舞台袖から飛んできた双剣を、アリアとライラが同時に掴む。
その動きがあまりにも自然で、セラフィナは思わず息を止めた。
二人は剣をまるで手足のように扱いながら、息ぴったりの剣舞を舞い始める。
鋭く激しく、それでいて美しい。翻る布が柔らかさを描き、閃く剣が荒々しさを刻む。
相反するものが一つになったような舞だった。
セラフィナは瞬きすら忘れて、その光景へ見入っていた。
曲の終わりと共に、アリアとライラの舞が止まった。
一瞬だけ静寂が落ちた次の瞬間、店が揺れるほどの拍手と歓声が響き渡った。
「ライラさんすごぉ……!」
「綺麗でしたね!隊長!」
興奮気味の部下達の横で、レンティスも楽しそうに拍手を送っている。
「うん。ホント綺麗だったねぇ。ライラちゃん一家、やっぱり凄いなぁ」
セラフィナも夢中で拍手をしていた。
舞台の上で踊るライラは、本当に輝いて見えた。綺麗で、格好良くて、目が離せなくて。気付けば、自然と頬が緩んでいた。
しばらくして、舞台袖からライラが戻ってくる。
さっきの衣装の上に軽く上着を羽織っていたが、まだ少し息が上がっていた。
「うわー!緊張したぁ……」
「凄かった!ライラすっごく綺麗だったよ!」
セラフィナは勢いよく身を乗り出した。
自分でも珍しいくらい、興奮した声が出ていた。
ライラはそんなセラフィナを見て、少し頬を染める。
「ふふっ、ありがと!楽しんでもらえたなら良かったわ」
その笑顔が、舞台の上とは違う柔らかさで、セラフィナはまた胸が温かくなる。
だが、その和やかな空気は一瞬で壊された。
「あー!!また水色の人来てんじゃん!!」
「この美しい姉ちゃんに近寄んな!!」
ラグナとラークが飛び込んできて、ライラの両腕をがっちり確保する。
まるで猛獣から姉を守る護衛みたいで、レンティスはそれを見て吹き出した。
「ホントにすぐ復活してた」
「あー、まぁ、この子達、五歳児と変わんないんで……」
「んふふ……五歳児……」
「ホント、すみません……」
「気にしてないよ……でもなぁ」
レンティスがわざとらしく考える素振りをする。
「近寄んなって言われると、近寄りたくなっちゃうよねぇ?」
「えっ」
次の瞬間には、またライラがレンティスの腕の中へ収まっていた。
「ライラちゃん、舞踊綺麗だったねぇ。僕感動したよ」
「あ……りがとう……ございます……」
近い近い近い。
そんな声が聞こえてきそうな顔で、ライラの耳が真っ赤になっている。
「綺麗なのは舞踊だけじゃないけどね(弟君の前だし頑張ろっか)」
「あはは……(嘘だったってバレるとめんどくさいですよね…)」
その時、何かを思い出したようにレンティスの眉が上がった。
「あ、そうそう。これ、歌姫にもあるんだけど、実はライラちゃんにも」
レンティスは魔法鞄へ手を入れ、取り出したのは、黄色い花束だった。まるでライラの金色の瞳を思わせる、鮮やかな黄色。
レンティスはそれを自然な動作でライラへ差し出した。
「ちゃんと(ユリウスがお世話になってますって)挨拶しとかないとね」
「そんな……(仲間だしそんなのいいのに…)」
ライラが困ったように目を瞬かせる。
「僕がちゃんとしときたかっただけだから」
そのやり取りを見ながら、セラフィナはなんとも言えない気持ちになっていた。
実は舞台が始まる前、セラフィナ自身も、レンティスから弟がお世話になってますと、小さな白色の花束を貰っている。
もちろんただの挨拶っていうのは分かっている。なのに、二人の会話を聞いていると、伏せられている部分までなんとなく聞こえてくる気がした。
弟がお世話になっている、仲間だから大切、これは全部本当。
でも、それだけじゃないようにも聞こえてしまう。
ラグナとラークはそんな空気など知る由もなく、怒りで地団駄を踏んでいた。
「なんで花束まで渡してんの!?」
「しかもデカい!!」
なんだか、建前と本音が綺麗に混ざり合っている気がして、セラフィナはそっと目を伏せた。
そこへ、今度はアリアが舞台から降りてきた。
「まぁまぁまぁまぁ!近くで見ると本当に王子様みたい!」
「ご挨拶が遅くなってすみません、歌姫。歌も舞踊も素晴らしかったです」
レンティスは胸へ手を当て、綺麗に一礼する。その所作は、本当に絵本の王子様みたいだった。さらにレンティスは、小さめの赤色の花束をアリアへ差し出した。
「ライラちゃんにはいつも(弟がお世話になってて)感謝してますよ」
「まぁ、ふふふ、そうだったのぉ(こんな素敵な人が恋人なんてやるわねライラ!)」
完全に話が噛み合っていないのがセラフィナにも分かった。
アリアの脳内では、もう全部恋愛話になっているらしい。
ライラはキリキリと胃が痛くなってきたような顔をしていた。
「ふふふっ、ライラの花束の方が大きいわねぇ」
にやにや笑いながら、アリアがライラの脇腹をつつく。
言われて改めて見れば、確かにライラの花束の方がかなり大きい。
「……もう母さんウルサイ……」
それに気付いた瞬間、ライラは急に恥ずかしくなったらしく、花束で顔を隠した。
「そんな……姉ちゃんの照れてる貴重な顔を引き出すだと……?」
「そんなに……そんなにその水色が好きなの!?」
弟二人が絶望した顔になる。
「もー!アンタ達もウルサイ!レンティスさんも(弟の仲間ってだけなのに)困っちゃうでしょーが!」
「んふふ、別に困ってないよ?」
「えっ?」
ライラが顔を上げた瞬間。
レンティスはふっと距離を詰め、その耳元へ顔を寄せた。
「ここまで来たら、フリでも僕の事好きっぽく見せてた方が良くない?」
低く囁かれた声に、ライラの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
ライラは舞台に上がることになり、開店するまでずっと練習をしていました。元々の素質と持ち前の運動神経の良さで何とかやり切った。
そしてレンティス君。お前ってやつは……。




