閑話 ライラの実家訪問②
弟達に両腕を抱え込まれながら困ったように笑っているライラを見ていると、自然とセラフィナの口元も緩んでいた。
そんな彼女の様子に気付いたアリアが、くすりと笑いながら声をかけてくる。
「騒がしくてごめんなさいね、セラフィナちゃん。あの二人、昔からライラが大好きすぎてねぇ」
「……いえ、気持ちは分かる気がするんで、大丈夫です」
そう返すと、アリアは嬉しそうに目を細めた。
「ライラと一緒にパーティ組んでるんでしょ?」
セラフィナは小さく頷く。
「凄く、頼りにしてます」
「そう!良かったらセラフィナちゃんからもお話聞きたいわ!セラフィナちゃんの事も、ライラとなんで組む事になったとか色々!」
にこにこと笑うアリアを見て、セラフィナは少しだけ目を瞬かせた。
笑った顔が、ライラによく似ている。
明るくて、人懐っこくて、相手の懐へ踏み込むのが上手い笑顔だった。
促されるまま、セラフィナはぽつりぽつりと話し始める。
グレイスロウのギルドからの指名依頼でライラと出会った事。
最初は少し押しの強さに戸惑っていた事。
それでも、危ない時には必ず前へ出て守ってくれる事。
いつも明るく場を引っ張ってくれる事。
アリアは途中で話を遮る事なく、優しく相槌を打ちながら聞いてくれた。
「へぇ、ライラがそんな事を」
「ふふ、あの子らしいわねぇ」
「それでそれで?」
楽しそうに続きを促されるうちに、気付けばセラフィナは、自分で思っていた以上にたくさん喋っていた。
ライラの事を話していると、不思議と胸の奥が温かくなる。
そして話題は、自然とセラフィナ自身の事へ移っていった。
「セラフィナちゃんは、ご家族は?」
その問いに、セラフィナはほんの少しだけ視線を落とす。
「……幼い頃に、亡くなりました」
なるべく重くならないよう、静かに続ける。
一人で生きてきた事。
冒険者になるまでの事。
細かい部分はぼかしながら、それでも少しずつ言葉にしていく。
すると途中から、何故かアリアの肩が震え始めた。
「え……?」
「そんな小さい頃から、一人でぇ……っ」
次の瞬間、勢いよく抱き締められる。
「頑張ったわねぇぇぇ……!!」
「わ、わっ……!?」
柔らかな腕に包み込まれながら、セラフィナは目を白黒させた。
ぐしゃぐしゃに頭を撫でられ、背中までぽんぽんと叩かれる。
「もう、貴女はうちの子なんだからね!!娘が増えて嬉しいわ!!」
「む、娘……?」
あまりにも自然な流れでライラの妹認定され、セラフィナは完全に固まってしまった。
けれど、不思議と嫌ではなく、むしろ胸がじんわり熱くなっていく。
ライラの人懐っこさや、距離の近さは、きっとこの人譲りなのだろう。
アリアに抱き締められながら、セラフィナは少しだけ目を細めた。
こんなふうに、誰かに家族みたいに扱われる事が、自分にもあるのだと。
その時、不意にオルフェが小さく息を吐く。
「……そろそろ、店準備しないと」
そう言いながら、オルフェはセラフィナへ抱き付いたままのアリアを引き剥がした。
「やだぁ!娘が増えたんだからもっと話すのーー!」
「……新しい娘にも、母さんの勇姿を見て貰えばいいじゃないか」
「……それもそうね!」
ぱっと表情を輝かせたアリアは、勢いよく振り返る。
「よーし!母さん張り切っちゃうわよぉ!ちょっとそこでお菓子食べて待っててね!」
本当にスキップでもしそうな勢いで、アリアは店の奥へ消えていった。
その背を見送りながら、ライラが呆れたように肩を落とす。
「相変わらず元気よねぇ……ほら、アンタ達も準備に行ってきなさいな。ちゃんとできるってとこ私に見せてよね」
そう言って、ライラはラグナとラークの頭を乱暴にわしゃわしゃと撫で回した。
二人は嬉しそうに耳をぴんと立てる。
「……!分かった!絶対絶対、まだ出ていったらダメだからね!!」
「ラグナ兄さんより僕の方がちゃんとしてるから!僕を見ててね姉ちゃん」
そう言って二人は左右からライラの頬へキスを落とすと、そのまま店の奥へ駆けていった。
残されたライラは、完全に疲れ切った顔で遠い目をする。
「……なんで二人ともあーなっちゃったのかしら……」
「ライラに恋人とか出来たら大変な事になりそうだね……」
「うーん……絶対刺されても死ななそうな人捕まえないとヤバそう……」
ライラは大きくため息を吐きながら、ぐったりと椅子へ体を預けた。
夜になり、酒場が開店すると同時に店の空気は一変した。
次々と客が入ってきて、広かった店内の席はあっという間に埋まっていく。
酒を片手に談笑する者達の声が重なり、賑やかな熱気が店中を満たしていた。
客層は男性ばかりではなく、女性客もかなり多い。
料理をメインにした店ではないらしく、運ばれていくのは酒や果実水、それに軽くつまめる料理ばかりだったが、それでも店は大盛況だった。
「凄い人気……」
セラフィナが思わず呟く。
視線の先では、雇われているらしい給仕の男女二人が慌ただしく店内を回っていた。
一方でライラの家族達の姿は見えず、どうやら店の奥で準備をしているらしかった。
その時、不意に店の扉が開く。
何気なくそちらを見たセラフィナは、隣のライラと同時に目を瞬かせた。
「……え?」
入って来たのは、見覚えのある水色の髪の男性だった。
レンティスである。
しかも今日は部下の男二人まで連れている。
レンティスは店内を軽く見回した後、すぐにライラ達を見つけた。
ぱっと顔を綻ばせ、そのままこちらへ歩いてくる。
「二人もここに来てたの?やっぱガルディアに来たならここに聴きに来ないとだよねぇ」
「えっ?」
セラフィナとライラが揃って首を傾げると、レンティスも逆に驚いた顔をした。
「えっ……知らずに来た感じ?有名な歌姫がいる酒場だから、ここは」
その言葉に、ライラが少し苦笑する。
「……ここ、私の実家なんです」
「えっ!?ライラちゃんの?」
レンティスはぱちぱちと瞬きを繰り返した後、納得したように頷いた。
「じゃあ里帰り中って事ね」
「まぁ、そうなりますね」
「一緒に座っても?」
「あ、どうぞ」
ライラが席を勧めると、レンティスは嬉しそうに笑った。
やがて席には、セラフィナ、ライラ、レンティスが横並びで座り、その向かいへ部下二人が腰を下ろす。
すると部下達は、店内を見回しながらしみじみと頷き合った。
「隊長にしてはいいチョイスっすよね!めっちゃ楽しみです」
「隊長の部下になれて今日が一番嬉しいかもしれない」
「ホント、マジで失礼な奴らだよ」
レンティスは頬杖をつきながら、わざとらしく拗ねた顔をする。
「僕めっちゃいい上司だと思うんだけどなぁ」
その言い方が妙に軽くて、ライラは思わず吹き出した。
「……なんか、失礼かもですけど、ユリウスより貴族っぽくないですよね、レンティスさんって」
「あぁ、僕、貴族っぽい事は上の兄達に全部任せてるからねぇ。一通りは出来るけど、社交界とかもうぜーったい出たくないからさー」
げんなりした顔でそう言った後、レンティスはふと思い出したように笑う。
「ユリウスは幼い頃、時々セリオン兄様に連れられててね」
「へぇ……」
「兄様が見せびらかしてた」
「見せびらかしてた……?」
「そう。『うちの末弟マジで可愛いでしょ?』って感じね。紹介された本人は何が何だか分からずボーッとしてたよ」
一瞬で幼いユリウスの姿が想像できてしまい、セラフィナとライラは同時に吹き出した。
確かに小さい頃のユリウスなら、きょとんとしたまま固まっていそうだ。
「……なんか、容易に想像できる……」
「でしょう?」
「セリオンさんってかなり弟好きなんですねぇ」
「グランスロット家、基本みんな身内に激甘だからねぇ」
「レンティスさんも?」
「僕?僕は比較的まともだよ」
そう真顔で返した瞬間、向かいの部下二人が同時に首を傾げた。
「えぇ……?」
「説得力無いっすね……」
「お前らさぁ!?」
即座に返ってきた反応に、セラフィナは思わず肩を震わせる。
その後も、レンティスは気さくに色々な話をしてくれた。
飛竜部隊での失敗談、ユリウスの幼少期、兄弟達の癖の強い性格。
時々部下達から遠慮なく突っ込まれている様子も含めて、見ていて飽きない。
最初は少し緊張していたセラフィナも、気付けば自然と笑っていた。
レンティスは強くて、立場も凄い人なのに、不思議と威圧感が無い。
むしろ親しみやすくて、周囲を笑わせるのが上手い人だった。
だからきっと、部下達からも慕われているのだろう。
賑やかな酒場の空気の中で、セラフィナはそんな事をぼんやりと思っていた。
ライラより騒がしいアリア母さん。
そしてこんな所にも馴染んじゃう、レンティスお兄ちゃん。




