閑話 ライラの実家訪問①
ライラの実家で何があったのか?
濃い三日間の出来事。
ライラの実家へ向かう道中、セラフィナは隣を歩くライラを見上げた。
「どんなとこなの?実家って」
「あー、ボードウェルってさ、港町だから酒場が多いんだけど、うちはその一つで、舞台付きの酒場なの」
「舞台付き?」
「そ。その舞台で母親が舞踊とか歌を歌ってたりしてて。私も十歳で家出る前まで時々舞台に立ってたのよ」
「へぇ、そうなんだ」
少し想像してみると、音楽に合わせて軽やかに舞うライラの姿を簡単に思い浮かべることが出来た。
「……だからライラの戦い方って踊ってるみたいに見えるのかなぁ」
「え、そんな風に見えてたの?」
「うん」
「うわー!なんかちょっと恥ずい……」
ライラは耳まで赤くしながら顔を覆った。
綺麗なのに、何が恥ずかしいんだろうと、セラフィナは不思議そうに首を傾げる。
そんな話をしながら歩いているうちに、ギルド周辺とはまた違う賑やかな区域へ入っていった。
港が近いからか、潮の香りが濃い。
昼間だというのに酒場の扉はあちこち開いていて、笑い声や楽器の音が通りへ漏れ出している。
その中で、ライラが一軒の大きな建物の前で足を止めた。
「……ここなんだけど……」
見上げた建物は二階建てで、木造ながらしっかりした造りをしている。看板には大きく『セイレーンの集い場』と店名が書かれていて、窓辺には色鮮やかな布まで飾られていた。
まだここは開店前のようで、客の気配は無かった。
「……緊張してるの?」
「まぁねぇ……一回も連絡してなかったしさ……」
ライラは困ったように頬を掻いた。
いつもの余裕たっぷりな表情とは少し違う。
その時だった。
「ねぇ、お嬢さんたち。うちになにか用?まだ開店前だよ」
後ろから声を掛けられ驚いて二人同時に振り向くと、そこに立っていたのは、細身で整った顔立ちの、ライラによく似た金色の瞳に、オオヤマネコ系の猫耳と尻尾。ライトブラウンの髪をした長身の男性だった。
「……あ」
ライラが目を見開く。
男性も同じように固まっていた。
次の瞬間、その金色の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「姉ちゃんだ……ライラ姉ちゃんでしょ?」
「……もしかしてラグナ?」
「もしかしなくてもラグナだよ!!もう、なんで分かんないんだよぉ」
「だって凄い大きくなってるし……」
「うわぁあん本当にライラ姉ちゃんだ!帰ってきたの!?待ってたんだよぉお!!」
そう言ってラグナは勢いよくライラに抱きついた。
長身の男が子供みたいに泣きじゃくっている光景に、セラフィナは目を瞬かせた。
ライラは困ったように笑いながら、弟の頭を優しくぽんぽん叩く。
「仕事でこっちに来たから、少し顔出そうかなって」
「えぇ!?少し!?少ししか居ないの!?なんで!!」
「いや、仕事あるし……」
「いつまでここにいれるの!?それまでずっといてよぉぉ」
完全に離れる気配がない。
尻尾までライラの腰に巻き付けて、嬉しい感情が隠しきれていなかった。
「もう……十五年前と変わんないじゃない……あ、ラークは居ないの?」
「ぐす……あいつももう少ししたら帰ってくるよ」
「父さんと母さんは?」
「店にいると思う」
「そっか。じゃあ中、入ろう。道端だし」
「うん。そうだね」
ライラは振り返ってセラフィナへ手を伸ばした。
「セラフィナもおいで」
「え、そういえばこの人は?」
「私のパーティの仲間よ」
「そうなんだ!じゃあ姉ちゃんの話聞かなきゃ!!入って入って!」
勢いそのままにラグナが店の扉を開ける。
あまりの熱量に押されながら、セラフィナは小さく頷くしか出来なかった。
そのままライラとラグナの後について、まだ準備中の酒場の中へと足を踏み入れた。
店の中へ入った途端、ラグナが肺いっぱいに空気を吸い込んで叫んだ。
「父さん母さん!!姉ちゃん帰ってきた!!早く早く!!」
「はぁぁあああ??ホントに!?嘘でしょ!?」
奥の方から女性の絶叫が響き、その直後、何かにぶつかったような音と慌ただしい足音が続く。
現れたのは、ライトブラウンの髪に長身で金色の瞳のオオヤマネコ系の獣人男性と、金色の長い髪を揺らした琥珀色の瞳の華やかな女性だった。
二人ともライラを見た瞬間、完全に固まる。
そして次の瞬間、金髪の女性がものすごい勢いで突っ込んできた。
「……ライラ!!!もうもうこの子はホントに!!フェンリスに行っても全然連絡してこないしファイフさんからはグレイスロウに行ったって聞いてからも全然連絡無いしどういう事よーー!!」
ライラの肩を掴み、前後に激しく揺さぶる。
「母さ、んごめ、んて。ちょっと離して……」
普段余裕たっぷりのライラが若干押され気味なのがなんだか新鮮で、セラフィナは思わず瞬きを繰り返した。
ようやく少し落ち着いた女性は、今度は急にセラフィナへ視線を向ける。
「…ちょっと!!この舞台映えしそうな儚げ美人は誰!?貴女お名前は!?」
「あ……あの、セラフィナ、です」
ぐいぐい距離を詰められ、セラフィナは反射的に背筋を伸ばした。
そこへライラが素早く滑り込む。
「ちょっと母さん」
セラフィナと女性の間に立ち塞がるように入り込み、半眼になった。
「マジで落ち着いて欲しいんですけど」
「あら……ごめんなさい。あまりに美人でつい、ね」
悪びれた様子もなく微笑む女性に、ライラは深々とため息を吐いた。
その後、女性はアリア、後ろで静かに立っていた男性はオルフェと名乗った。
オルフェは騒ぐ家族を見ながら苦笑していたが、その金色の瞳はどこか嬉しそうだった。
そんな中、入口の扉が開く。
「ただいまー」
帰って来たのは、金髪の可愛らしい顔立ちの青年だった。
そしてライラを見た瞬間、動きが止まる。
「……え」
数秒後、彼は琥珀色の瞳から涙をポロポロと流し、ライラに抱きついた。
「ライラ姉ちゃん!!!!ライラ姉ちゃんだぁ!!」
ラグナとほぼ同じ反応を見てセラフィナは、あ、弟さんの方か…みんな反応が全部大きいんだな…と、納得していた。
ようやく騒ぎが一段落し、テーブル席に全員が落ち着いた頃には、セラフィナはちょっとだけ疲れていた。
だが、もっと疲れている人がいる。
「……ねぇ、ちょっと、デカいのに挟まれて邪魔なんですけど」
ライラだった。
左右にはラグナとラークがぴったりくっついている。
「ラークがどっか行けよ」
「嫌だね。ラグナ兄さんがどっか行けば?」
ライラを挟みながら火花を散らす兄弟。
その間でライラがまた大きく息を吐いた。
「……連絡、全然しなかったのはごめん。ワガママ言って家出てさ、ちゃんと成功しなきゃ合わせる顔が無いなって思ってたの」
その言葉に、ラグナが眉を下げる。
「そんなん気にしなくても良かったのに……」
「そうだよ……姉ちゃんいなくなって本当に寂しかった……」
ラークも尻尾をしょんぼり揺らしながら頷いた。
ライラは少し困ったように笑う。
「うん。それはごめんね……。でも、それとこれとは話が違う訳でさ、アンタたち、もう二十歳と十八歳よね?」
「そうだけど?」
「ちょっと距離感近すぎない?」
「こんなもんでしょ」
「そうそう」
まるで反省していない二人に、ライラは遠い目になった。
「てかラグナとラークには忘れられてるって思ってたわ……」
「はぁ!?俺がライラ姉ちゃんを忘れるなんてありえないんですけどー!」
ラグナが即座に反論すると、ラークが負けじと身を乗り出した。
「ってか覚えてる!?僕が二十歳になったら結婚してくれるって言ったよね!!後二年経ったら僕二十歳だよ!!」
「いやいや、姉弟なんで無理よ」
「そんなんやだーー!!姉ちゃんがいいのにーー!!」
「はいはい却下却下」
ライラが片手でラークの顔を押し返している。
その横でラグナが「俺の方が姉ちゃん好きだし」と張り合い始め、店内はまた一気に騒がしくなった。
そのやり取りを見ていたセラフィナは、とうとう堪えきれなくなって小さく吹き出した。
騒がしくて、距離が近くて、なんだか温かい。
ライラがいつも明るくて優しい理由が、少しだけ分かった気がした。
ライラ一家登場。
重度のシスコン弟×2。




