65話 甲板で休憩
潮風の冷たさを含んだ夜風が、船首の甲板を静かに撫でていく。
リュカがライラに追い払われたあと、セラフィナは手すりに背を預けるように座り込み、その隣にライラも腰を下ろしていた。
港へ向かって進む船の先端から見える海は暗く、遠くにボードウェルの灯りがぼんやり揺れている。
ライラはそんな景色を眺めるでもなく、隣のセラフィナをじっと見つめていた。そのまま口元をゆるく持ち上げる。
「なんだか、もっと可愛くなったわね」
「……え?」
不思議そうな顔で振り返ったセラフィナに、ライラはますます楽しそうに笑った。
「リュカに好きだって言われたんでしょう?」
一瞬でセラフィナの顔が真っ赤に染まる。
「あっ……う……ん……」
小さく頷いたその姿を見て、ライラはふふっと喉を鳴らした。
「良かったねぇ」
照れたように肩を縮こませながら、セラフィナはまた小さく頷く。
「それにしても全然そんな素振り無かったのに……案外やるわね、リュカ」
感心したように顎へ手を添え、ライラは夜空を見上げた。
「で、聞いて良い?何がどうなってそうなったのか」
「え……っとね……リュカ、落ち込んでて……」
「うんうん、あのクソ野郎のせいね」
「うん……それもあるんだけど……リュカの故郷がやった事にも、自分のせいって落ち込んでて……」
「あー、そういうとこありそう」
即答するライラに、セラフィナは少し困ったように笑う。
「それは違うよ、って励ましてたら……そうなったの」
「なるほどねぇ」
ライラは納得したように何度か頷いたあと、ふと横目でセラフィナを見る。
「……それ、どこで話してたの?」
「……私がリュカの部屋、尋ねたけど……」
「え、マジかー……ねぇ」
ライラが身を寄せ、セラフィナの耳元で小さく何かを囁いた。途端に、セラフィナの顔が耳まで真っ赤になる。
「――――っ」
慌てたように両手で顔を覆う。
「そ……れは……して……ないよぉ……」
「一応女の冒険者はギルドの新人講習で絶対あるし、流石に知ってるか」
恥ずかしさに縮こまりながら、セラフィナはこくこく頷いた。
その時、不意に昨夜のリュカの声が頭を過る。
『……これ以上二人でいたら歯止めが効かなくなりそうだ』
そこまで思い出した瞬間、顔にまた熱が集まった。
(あれって、そういう意味……?)
俯いたまま固まるセラフィナを見て、ライラは肩を揺らして笑う。
「夜に恋人と二人きりになるって、そういう事も有り得るのよ?」
「うん……そうだね……」
「そういうの、嫌な時は嫌って言って良いんだからね。流されちゃダメよ。……まぁあいつなら大丈夫そうだけど」
ライラの声音は軽い。けれど、その奥にちゃんと心配が混じっているのが分かった。セラフィナはゆっくり頷く。
「うん……ちゃんと考える」
「うんうん。それなら良いのよ」
そう言って、ライラはセラフィナの頭を優しく撫でた。
ライラの手が髪を梳くたび、どこか安心するような温かさが胸に広がる。
「何かあったら私に言いなさいな。どんな手使っても締めてやるから」
悪い笑みを浮かべるライラに、セラフィナは思わず吹き出した。
「ふふっ……分かった」
夜風の中、二人の笑い声だけが柔らかく甲板へ溶けていった。
――――――――
船首甲板へ続く段差の途中から、ひょこっとリンが顔を覗かせた。夜風に揺れる耳が落ち着かなさそうに動いている。
「どうしたの?」
ライラが声をかけると、リンは少し慌てたように姿を現した。
「あっ、いえ、あの、兄さんとロンが、二人で足りるから、休んで良いよって言ってくれて……」
「ようは暇なのね。せっかくだしお話ししましょ」
ライラが手招きすると、リンの顔がぱっと嬉しそうにほころぶ。
「いいんですか!?」
「いいのいいの。ほら、座りなさいな」
セラフィナの隣へ腰を下ろしたリンは、尻尾を楽しそうに揺らしながら笑った。
「へー、リンは十九歳なの?」
「はい!一年前にようやく中級冒険者に上がれて。私、ロンと双子なんですけど、あいつの方が早く上がって悔しくって!」
「双子だったの!?性別が違うからかあまり似てない気がするわ」
「数分早く産まれたからってめっちゃお兄ちゃん面してくるのも腹立つんですよねー!」
「兄妹あるあるって感じね」
ライラが肩を揺らして笑うと、リンも大きく頷いた。
「その点、兄さんは良いんですけど!我が兄ながら優良物件だと思うんですけど、浮いた話ひとつも無いのどう思います?」
「ふぅん、見た目より真面目なのね。お兄さんはいくつなの?」
「二十三歳になったはずです。まぁ、ユリウスさんとかリュカさんと比べちゃうと顔はお察しですけどね!」
あははっと楽しそうに笑うリン。
その横で、セラフィナはちらちらと揺れる狼の尻尾を見ていた。
ふわふわと揺れる濃い灰色の毛並みは、月の灯りを受けて柔らかく光っている。
じっと見つめていたセラフィナは、少しそわそわした様子で口を開いた。
「……ねぇ」
「はい?」
「……ちょっとだけ、触ってもいい?」
おずおずと尻尾を指差す。
リンは一瞬きょとんと目を丸くしたあと、すぐに満面の笑みになった。
「良いですよー!はい」
そう言って、ふわりと自分の尻尾をセラフィナの手のひらへ乗せる。
恐る恐る触れたセラフィナの指先が、もふりと毛並みに沈んだ。驚くほど柔らかい。
ふかふかの感触に、セラフィナの赤い瞳がキラキラ輝き、頬もほんのり赤く染った。
その様子を見たリンが、思わずぽつりと呟いた。
「……うっわ……可愛……え、この人大丈夫?攫われたりしない?え、心配になっちゃう」
「分かる」
ライラが真顔で大きく頷く。
二人にそんな事を言われているとは知らず、セラフィナは満足そうに尻尾を撫でていた。
やがてそっと手を離し、嬉しそうに笑う。
「……ありがと。すごいふかふかだった……」
「いいえー!」
笑顔で返事をしながら、リンは内心で拳を握りしめていた。
(うぅぅ……やっぱ推しのそばには可愛い人が並ぶのね……併せて推せる……)
静かに感動しているリンが、ふと思い出したようにライラに尋ねる。
「そういえば、この依頼終わったらグレイスロウに帰っちゃうんですか?」
「そうねー。あっちが今は活動拠点だから!そろそろ上級冒険者の試験も受けようかなって、ね」
ライラがそう言ってセラフィナを見る。
セラフィナは少し緊張したように頷いた。
「うん。頑張る。……受かるといいんだけど」
「いやいや、セラフィナさんが受からなかったら誰も上級になれなくないですか?魔力制御エグいぐらい上手ですよね?」
「そうかなぁ……」
「そうですよ!頑張ってくださいね!」
「うん。ありがと」
夜の海を進む船の上。
潮風の匂いと、柔らかな笑い声が混ざり合いながら、三人の会話は穏やかに続いていった。
やがて見張り交代の時間が近づき、遠くにはボードウェルの港の灯りが見え始める。
依頼の終わりも、もうすぐそこまで来ていた。
セラフィナ、今頃気づく。こりゃきっとリュカも苦労するね!
ちゃんと教えてあげる姐さんはマジ保護者。
女の子の方がそーいうのは負担が大きいからね!大事な事です。
そしてささやかな女子会でした。女の子の会話は可愛い。




