64話 機関室での話
ディン達が率先して見張りを引き受けてくれたおかげで、リュカ達三人は先に休憩へ回される事になった。
……のだが。
「ちょっとセラフィナと話するからあんたはどっか行っときな」
船首の甲板に出た瞬間、ライラにそう言われて追い払われる。
「えぇ……」
「ほらほら行った行った」
完全に邪魔者扱いである。
リュカは苦笑しながら船内へ引っ込み、そのまま大型船の中をふらふら見て回ることにした。
しばらく歩いていると、機関室の方から話し声が聞こえてくる。
覗き込めば、操舵輪を前にレンティスとユリウスが並んでいた。
「あ、リュカ君どうしたの?」
真っ先にレンティスが気付いて手を振る。
「ライラに追い出されて船内見学中です」
「んふふっ、ライラちゃんにはみんな逆らえないんだねぇ!手が空いてるならこっち手伝ってよ」
「え、いいんですか?」
「うんうん。なんなら操舵の仕方教えたげるよ」
その言葉に、リュカの顔が分かりやすく明るくなった。
「やります」
「即答だねぇ」
レンティスは楽しそうに笑いながら場所を譲る。
魔導機巧の出力調整や舵の扱い方を教わりつつ、三人は自然と雑談を始めていた。
「飛竜ってどうやって懐かせるんですか?」
「最初はねぇ、まず主従関係の構築からだから。一回戦ってやって、こっちが上って分からせた後はちゃんと餌やり、ブラッシング、後は飛びながらって感じ」
「雑ですね」
「いやいや、飛竜は賢いからねぇ。騎手の力量見てるんだよ。飛竜より強くても、乗るのが下手なやつもいるんだ。うちの三男とかいい例だよね。馬は乗れても飛竜はダメだってやつ」
「へぇ……」
「うちの三男といえばさぁ、幼い頃ユリウスとの鍛錬中に屋敷の屋根半分吹き飛ばしたんだよ、あいつ」
「え゙っ……」
「あー……めちゃくちゃ母に怒られたやつだな……」
「そうそう。それなのに開き直って『次は壁もいけます!』とか言うからさ、更に怒られるっていうね。マジで馬鹿過ぎるよねぇ」
「グランスロット家怖……」
リュカが呆れたように呟く。
「リュカ君は?幼い頃って訓練生だったでしょ?そん時とかどうだったの?」
「俺ですか?普通ですよ」
「普通の基準が怪しい」
ユリウスが即座に突っ込んだ。
「え、ちゃんと朝から走って筋トレして剣とか槍振って魔力制御訓練して模擬戦とかして文字とか算術とかの勉強してただけですよ」
「量が多い」
「それを毎日でしょ?やる事多くない?」
「まぁ子供だったし…そういう訓練所だったんで」
「ちなみに何人か倒れてた?」
「毎日誰かしら」
「やっぱ普通じゃないなぁ」
三人でそんな話をしているうちに、機関室には妙に和やかな空気が流れていた。
「いやぁ、リュカ君がグレイスロウに来てくれて良かったよ!ユリウスもようやくパーティ組めたし安心した!」
「レンティス兄さんまで同じ事言うんだな」
「そりゃそうでしょ!末っ子がいつまでも単独で活動なんて心配するよ」
「……俺成人して七年も経つのに……」
ユリウスは項垂れながら肩を落とす。
レンティスはそんな弟を見て楽しそうに笑っていた。
「あ、そういえばあの洗脳の魔導具だけどね、グレイスロウの研究所に解析を依頼する事になったよ」
「ガルディアでは解析出来ない程の物って事か?」
ユリウスがそう聞くと、レンティスは小さく頷いた。
「あの魔導具一つで睡眠、催眠、洗脳、最低でも三つが使用出来るようだからね。構造が複雑過ぎるし危険な物だから。ガルディアからも許可を得てる」
「……アストレアの奴らはどうなりますか?」
「そうだなぁ……まずはそれぞれの国からアストレアに抗議文を送って、それから国際会議にかけられるだろうなぁ。しっぽ切りにならないようにはしたいところだけどね。そこは各国の上層部に頑張って貰わないと」
「そうですか……」
リュカはどこか考え込むように視線を落とした。操舵輪を握る手に、ほんの少しだけ力が入る。
そんな彼を横目で見ながら、ユリウスは静かに目を細めていた。
「やっぱ故郷が心配?」
レンティスが何気ない調子でそう尋ねると、リュカは少しだけ目を瞬かせる。
「……あ、いや……まぁ……そうですね。多少は」
「帰りたいとか思うのかな?」
「それは無いですね」
「んふっ、即答じゃん」
レンティスが楽しそうに吹き出した。
リュカは困ったように笑う。
「アストレアは俺の故郷で、育った場所なのは変わらないんですけど……俺の居場所はもうグレイスロウなんで」
そう言ったリュカを見て、ユリウスはどこか嬉しそうに目を細めた。
「……ただ、俺の先生……というか、物心ついた時から面倒見てくれてた人には、ちゃんと話をしておきたいかな、というか……」
言葉を探すように、リュカの声が少しだけ歯切れが悪くなる。
「……ルシアンが言ってた騎士団長か?」
「うん。……ローランドさんも、こんな事、国がやってたって知ってたのかな?ってなんか複雑な気分でさ……」
機関室に、少しだけ静かな空気が落ちる。
「ふぅん、そっかぁ。……うん。分かった。聖白騎士団長のローランドね」
レンティスは軽い調子のままそう言うと、近くに置いてあった紙へさらさらと何かを書き込んだ。
次の瞬間、そこへ魔力を流し込む。
紙から淡い水色の光が浮かび上がり、小さな伝書鳥の形を作った。
羽ばたいた鳥は、そのまま機関室の窓から夜空へ飛び去っていく。
「レンティス兄さん?」
ユリウスが不思議そうに眉を上げる。
「まだどうなるか分からないから、ちょっと待っててね」
レンティスはにっこり笑い、人差し指を唇に当てた。
「そういえばそろそろ見張りの交代の時間じゃない?」
懐中時計を開きながらそう言われ、リュカは小さく声を上げる。
「あ、じゃあ俺上に上がりますね。操舵も話も面白かったです」
「僕も楽しかったよ!じゃあまた後で」
レンティスが軽く手を振る。
リュカも小さく頭を下げ、そのまま機関室を後にした。
扉が閉まり、少し静かになった室内で、レンティスがふっと息を漏らした。
「……リュカ君、いい子すぎて心配になるなぁ。あれで良く戦場にいたもんだ」
その言葉に、ユリウスは静かに頷く。
「……リュカは俺の友達なんで、出身地がアレでもあまり疑わないで欲しい」
「んふふ、そんな事しないよ。ユリウスが信頼している仲間でしょ?」
ユリウスの表情が少しだけ緩む。
「ユリウスの仲間は僕たち兄弟にとっても大事だから。そこは安心しといて。絶対悪いようにはさせないよ」
「ありがとう……それならいいんだ。……色々、セリオン兄様にお願いする事も増えそうだな……」
「使えるモノはなんでも使えばいいんだよ、ユリウス。実家の力もお前が持ってる力の一部なんだからね」
「……そうだな」
操舵輪を回す音と、静かな機関音だけが機関室に響く。
大型船は夜の海を裂きながら、ゆっくりとボードウェルの港へ向かって進んでいった。
レンティスお兄ちゃんは頭の回転も早い、デキる上司です。
でも気のいい陽気なお兄さんなのでそうは見えづらい、というか見せないようにしている所があります。




