62話 終わらせる
月が上り、白銀の光が海面を淡く照らしたかと思えば、次の瞬間には分厚い雲に呑まれ、世界はまた黒く沈む夜。
ボードウェルの港から外れた断崖の隙間。その暗がりから、一艘の小船が静かに姿を現した。
波を切る音すら抑えるように、小船は闇へ溶け込むように進んでいく。
船上には白いローブを纏った男が四人。そしてその中央には、同じくローブを雑に被せられた三人の人影が座らされていた。項垂れたまま身動き一つしないその姿は、まるで意識を奪われているようにも見える。
魔導機巧によって動いているらしい小船は、余計な音を一切立てず、ゆっくりと沖へ向かっていた。
やがてローブの男の一人が、細長い筒状の魔導ランプを取り出す。指向性を持たせた光が、遠く沖へ向けて細く伸びた。
灯りが点き、消える。そしてまた点く。
一定の間隔で繰り返された合図。その数度目の明滅の後、沖の闇の中から同じような灯りが一度だけ返された。
合図を確認した男達は何も言わない。ただ静かに小船を進め続ける。
沖へ出て半刻ほどすると、小船の上からでも大型船の輪郭がはっきりと見えるようになってきた。
巨大な帆を備えた船体。だが単なる帆船ではない。側面には魔導機巧特有の金属装甲と魔力導線が組み込まれているのが見えた。通常航行は魔導機巧で行いながら、隠密行動時には帆船としても動かせるようにしているのだろう。
大型船の甲板から、小船を引き上げるための太いロープが降ろされる。
白ローブの男達は慣れた手つきで小船の金具へとロープを括り付け、合図を送った。
ゆっくりと船体が持ち上がっていく。
軋む音すら夜風に紛れる程度だった。
中央に座らされていた三人を、ローブの男達がそれぞれ抱え上げる。そして大型船の甲板へと静かに足を降ろした。
「……おい、子供にしちゃデカくないか?」
甲板にいた船員が、怪訝そうに眉を顰める。
「あぁ、子供では無いからな」
「あぁ?何言っ」
最後まで言葉は続かなかった。
人を抱えていない方の拳が真っ直ぐ振り抜かれ、船員の顎を正確に打ち抜く。
白目を剥いた船員の身体がその場に崩れ落ちた。
「おい!何やってる!」
「上から二十五、二十、六だ。全員黒。迅速に無力化、拘束。あくまで瀕死までだ。死なすなよ」
「了解っす」
返事をした男達が、一斉にローブのフードを下ろす。
現れたのは、リュカ、ユリウス、ディン、ロンの四人だった。
鋭く細められた視線が、甲板にいる船員達を捉える。
ユリウスに抱えられていたライラは、大型船へ移る直前に索敵を済ませていた。船内の人数と配置を確認し、抱え上げられた時に耳打ちしていた情報が、先程の数字だった。
「侵入者だ!総員で排除するぞ!!」
怒号と共に、武器を持った船員達が次々と集まってくる。
ユリウスとディンは抱えていたライラとリンを降ろし、それぞれ剣を抜いた。
冷えた刃が月光を反射する。
その横で、リュカは素早く船上を見上げ、セラフィナを抱えたまま走り出した。
「見張り台はあそこだ。行ける?」
「うん。行ってくる」
セラフィナは短く頷いた瞬間、風魔法で身体を浮かせ、一気に見張り台まで飛び上がる。
突然現れた侵入者に、見張りの船員が目を見開いた直後、セラフィナの放った風弾が腹部へ直撃した。
吹き飛ばされた船員の身体が空中へ投げ出される。
甲板へ叩きつけられる寸前、リュカが踏み込み、その身体を横から蹴り飛ばした。
船員は勢いのまま船端へ激突し、そのまま意識を失う。
見張り台へ降り立ったセラフィナは、すぐさま空へ向けて巨大な火球を撃ち上げた。
赤い光が夜空を裂く。
一瞬にして周囲が昼のように照らされ、闇に紛れていた大型船の全貌が海上へ浮かび上がった。
甲板の各所で戦闘が繰り広げられていた。
怒号と金属音が飛び交う中、それぞれが無駄のない動きで船員達を制圧していく。
ディン、リン、ロンの三人は特に連携が際立っていた。
ロンがハンマーロッドを掲げると、淡い魔力光がディンとリンの身体を包む。直後、二人の動きが一段階加速した。
船員達の間を縫うように駆け抜け、ディンが拳を叩き込み、リンが死角から急所を打ち抜く。
一撃。
また一撃。
無駄な追撃など必要ない。確実に意識だけを刈り取り、次の敵へ移っていく。
ロンは二人が倒した船員を素早く拘束していた。ロープを回す手に迷いは無い。
その最中、近づこうとした船員へロンはハンマーロッドを横殴りに振るった。吹き飛ばされた船員の身体がディンの方へ飛ぶ。
ディンは振り返りもせず下から蹴り上げた。顎を跳ね上げられた船員は白目を剥き、そのまま崩れ落ちる。
息の合った連携だった。
一方、ユリウスは正面から迫る船員達を冷静に捌いていた。
振り下ろされた剣を滑らせるように逸らし、そのまますれ違いざまに剣の柄で後頭部を殴打する。
急所だけを正確に打ち抜かれた船員は、その場に崩れ落ち動かなくなった。
ライラへ向かう船員達もいたが、その動きに誰一人ついていけない。
身軽に身体を捻り、相手の懐へ潜り込み、死角へ抜ける。
気付いた時には鞭が首へ巻き付いていた。
ライラが軽く引くだけで、船員の意識は一瞬で落ちる。
段差の上にある見張り台。
そこへ続く梯子の下では、リュカが一人で船員達を押さえ込んでいた。
登ろうとした船員の手を槍の石づきで払うとそのまま段差の下へ叩き落とし、別の船員が飛び込んでくれば、回転して勢いを付けた脚を鳩尾へめり込ませ、身体を折ったところへ柄を叩き込む。
魔法も放って来るが、リュカが展開していた守護結界に阻まれ霧散して意味をなさなかった。
さらに上空からは、時折セラフィナの援護射撃が飛んできた。
風弾が正確に敵を吹き飛ばし、水弾を足元に打ち、機動力を奪う。
そのため誰一人として見張り台へ近づけないでいた。
セラフィナが撃ち上げた巨大な火球は未だ夜空に浮かび続け、赤い光で甲板全体を照らしていた。
船員達の半数が床へ転がった、その時だった。
上空から二つの影が落ちてくる。
ほとんど音も立てず甲板へ着地した二人は、そのまま段差へ向かおうとしていた船員達を一瞬で無力化した。
崩れ落ちる船員達を背に、二人は周囲を見渡す。
「さて、軍事演習と行きましょうか」
「ふん、お手並み拝見させてもらうよ」
うっすら笑みを浮かべたレンティスとファイフがそこにいた。
「たいちょー!やり過ぎ厳禁ですからねー!」
上から声が飛ぶ。
見上げれば、三体の飛竜が羽音すら立てず夜空を旋回していた。
先程レンティスへ声をかけた隊員が、彼が乗っていた飛竜の手綱をまとめて握っている。
それだけ伝えると、飛竜達は再び闇の彼方、陸地側へ飛び去っていった。
レンティスとファイフは武器すら抜かず、素手のまま船員達へ踏み込んでいく。
二人が通る場所にいる船員達が次々と甲板へ転がっていった。
圧倒的だった。屈強な船員でもまるで戦いになっていない。
そして倒れた船員達を、ロンが黙々と拘束していった。
「下から上に上がって来たやつもいるな。残り十六だ」
「よし。じゃあさっさと終わらせて後は国に引き継ぐよ!」
そう言ってファイフは迷いなく先陣を切り、下層へ続く階段を降りていく。
「あぁ!もう!あの人はこれだから!!」
ライラが慌てて後を追い、ユリウスもそれに続いた。
「ファイフさんは即断即決でやり易いなぁ。僕も行こうかな……っとその前に」
レンティスは振り返り、リュカとディンを見る。
「リュカ君、ディン君、甲板は君たちにお願いしてもいいかな?」
「了解です」
「大丈夫っすよ」
「うん。よろしく」
軽く手を振るように言い残し、レンティスもまたファイフの後を追って下層へ消えていった。
ガルディア連合国のギルドマスターであるファイフ師匠とエルドリア王国最高峰にいる戦力であるレンティス。
過剰戦力投入な気がする……




