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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
2章 ガルディア連合国
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57話 情報量多くない?

 ルシアンの語りが途切れても、リュカの表情は変わらなかった。淡く微笑んだまま、何一つ取り零さぬように、ただ静かに聞き続けていた。

 やがて話が一段落すると、ユリウスがそっとリュカの肩に手を置く。視線だけを動かし、出入口を示す。リュカは小さく頷いた。

「……まだ聞きたい事があるからそのまま待ってろ」

「はい。我が神」

 恍惚とした笑みを崩さないまま、ルシアンが応じる。

 それ以上は何も言わず、二人は部屋を出た。重い扉が閉まり、湿った空気が遮断される。

 

 地下の通路を抜け、階段を上がり、ようやく一階の廊下へ出たその瞬間、リュカの足がふらつく。

 次の一歩が支えきれず、壁にぶつかり、そのまま力が抜けるように崩れ落ちた。背を預け、ずるずると床へ座り込む。

 顔色は明らかに悪かった。血の気が引き、唇の色も薄い。

「……リュカ」

「……気持ち悪い……」

 掠れた声だった。ユリウスは少しだけ息を吐く。

「よく耐えたな」

「……止めてくれて助かった」

「俺も限界だった。あれ以上聞いてたら頭叩き割ってる所だ」

「気持ちはわかる」

 短いやり取りの間にも、まだ空気の奥にあの男の気配がこびりついているような感覚が残っていた。

 

 ユリウスはその場で手早く紙を取り出し、聞き出した要点を書き出していく。無駄のない筆運びでまとめ終えると、すぐに伝書鳥(メッセージバード)の魔法を飛ばした。

 一羽はファイフへ、もう一羽はグレイスロウへ。

 鳥が羽ばたき、廊下の窓から外へ消えていく。

 

 しばらくして、リュカは俯いたまま呟いた。

「……しかしなぁ……俺の故郷は一体何をしてくれてんだ……ホントに……」

「あいつも俺が十五の時からずっと見てたとか気持ち悪いし……」

「聖白騎士団も団長がローランドさんならまぁ……いや、でもな……」

 言葉がまとまりきらないまま、思考が空回りする。

 

「…………あーーーー!ホントイラつく!!!」

 

 乱暴に頭を掻きむしり、苦悶の表情を浮かべていた。

 ユリウスはその様子を、少しだけ目を丸くして見ていたが、やがて小さく息を漏らすと、リュカの前にしゃがみ込む。

 軽く指を弾き、そのまま額を小突いた。

「った!!……なに?」

 

「気持ちは分かるが落ち着け。情報が多すぎて混乱してるだけだ」

 

「…………まぁ確かに」

 反射的に言い返しかけた勢いが、そこで一度止まる。

 その時、黄色い伝書鳥がひらりと降りてきた。ユリウスはそれを受け取り、内容を確認する。

「……輸送ルートの場所を見つけたようだな。一旦町に戻ってくるそうだ」

「そっか。……はぁ……またあいつと話しなきゃいけないの気が滅入りそう……」

 肩を落としながら呟く。

「何なら明日にしたっていいんだぞ。受け渡し予定日は明後日だしな」

 ユリウスの提案に、リュカは小さく首を横に振る。

「いや、後は魔導具の入手先を早くに聞いておかないとだろ。……セリオンさんなら何とかしそうだし……」

「うぅん……まぁ……確かに」

 納得しきらないような声で相槌を打つ。

 二人はそのまま並んで、何となく天井を見上げた。言葉は途切れたが、考えるべきことは山ほどあった。


 

 再び扉が開いた瞬間、あの空気が戻ってきた。

 湿り気を帯びた空間の中央で、ルシアンは先程と何一つ変わらない笑顔を浮かべていた。まるで待ち望んでいた再会を迎えたかのように、目だけが異様に輝いている。

 その視線がリュカに絡みつく。

 リュカは無意識に奥歯を噛み締めた。表情が崩れないよう、腹に力を込める。あの仮面を、今ここで外すわけにはいかない。

「……お前らが持ってた、洗脳の魔導具は教会が所有していたものか?」

 出来るだけ平坦に、短く問う。

「いいえ、あれは研究所の人間から便利だから使えと渡されまして。私めも久しぶりにこの任務につきましたが便利なのは確かですねぇ」

 淀みなく返ってくる声。嬉しそうですらある響きに、空気が僅かに歪む。

「研究所はああいう魔導具製作もやってるって事か?」

「いえいえ、魔導具はあの研究者が趣味で作ったものと聞いてますよ。あくまで研究所は不死の研究に特化しておりますから。素材集めが捗るなら、と、その研究者は言っておりましたね」

 淡々と、しかしどこか誇らしげに語る。リュカの指先が、わずかに強張る。

「……その研究者の名前は?」

「あぁ……申し訳ありません……名前は存じ上げないのですが……そうですね……赤茶色のボサボサの髪の毛で、黒い瞳の眼鏡をかけている痩せ型の男性研究者でした」

 言い終えた直後、ルシアンの表情が僅かに揺れる。焦りが滲み、呼吸が浅くなる。

「……申し訳ありません……名を把握しておらず……」

 自分の不備を恥じるように、何度も言葉を繰り返す。その様子すら、どこか歪んでいた。

 リュカは一度だけ目を伏せ、次の問いを落とす。

「……最後に、お前が知ってる範囲でいい。他国での“素材集め”はどの辺りまでやってる?」

「そうですね……私めの知ってる範囲でしたらアストレアに隣接している国はもちろん、グランヴェル帝国、その上にあるルミナール王国、アルカディア王国、このガルディア連合国辺りまでは来ておりますよ」

 さらりと並べられる国名。思っていた以上に広範囲に被害が拡がっている事が重くのしかかってくる。

「……エルドリア王国とかその隣のヴァルガルド連邦は?」

「素材集めの最中、エルドリア王国で事故があった事で、そっち方面は避けていると聞いております」

 リュカの視線がわずかに細まる。

「その事故って?」

「申し訳ありません……私めが裏の仕事に精を出す前の事故だった為、詳しくは分からないのです……申し訳ありません……申し訳ありません……」

 先程と同じように、言葉を重ねる。焦りと、役に立てないことへの歪んだ恐怖。だがその声音の奥には、どこか期待が混じっていた。許しを乞うのではなく、評価を待つような、歪んだ忠誠。

 その空気をユリウスが一瞬で断ち切る。リュカと視線を合わせ、小さく頷く。

「今日はこれぐらいにしておこう。……大人しくしとけよ」

「はい!我が神!何時でもお待ちしております!」

 弾んだ声だった。次があることを確信し、全身で喜びを滲ませている。拘束されたまま身体を震わせ、満面の笑みを浮かべるその姿は、どこまでも異質だった。

 

 扉が閉まると、ようやくあの視線が断たれる。

 外へ出た二人は、言葉も交わさずその場を離れ、自警団の宿舎を後にした。

 ボードウェルのギルド前。人気の少ないベンチに腰を下ろすと、同時に力が抜ける。

「…………疲れた……」

「そうだな……」

 短いやり取りの後、沈黙が落ちる。

「……エルドリアの事故って、セラフィナの村の事かな……」

「おそらくな」

 それ以上は続かなかった。リュカは俯いたまま、何かを噛み締めるように考え込んでいる。

「……ひとまず分かった事を兄に伝えておく」

「あぁ。頼んだ」

 ユリウスは紙を取り出し、今回得た情報を出来るだけ詳細に書き連ね、丁寧にまとめ終えると、伝書鳥をグレイスロウへ向けて空へ放った。


「おや、尋問はもう終わったのかい?」

 

軽い調子の声が降ってくる。

顔を上げると、ファイフがこちらへ歩いてきていた。その後ろにはセラフィナとライラ、そして狼系獣人の三人の姿もある。

張り詰めていた時間が、ようやく少しだけ緩んだ気がした。

リュカも混乱中。狂信者のネチャネチャした視線は精神的にキツいと思う。

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