54話 捜索
洞窟の前で、短い別れの時間が過ぎていった。
リュカとユリウスは、自警団と共にボードウェルの町へ向かうことになった。捕らえた男たちの引き渡しと、尋問のためだ。
森の奥へ続く道を進んでいく彼らの背中を、セラフィナはしばらく見送っていた。
やがてその姿が木々の間に消えると、洞窟の前にはセラフィナとライラ、そしてファイフ。それと、先ほど自警団とは別に到着していた三人の冒険者だった。
三人とも狼系の獣人で、雰囲気がどこか似ている。
ファイフは腕を組んだまま、軽く顎をしゃくる。
「向かう前に顔合わせをしておこうか」
そう言って、まずライラの肩を軽く叩いた。
「私の一番弟子のライラ、そのパーティメンバーのセラフィナだ。エルドリア王国のグレイスロウから派遣されてる」
ライラは軽く片手を上げる。
「よろしく」
セラフィナはその隣で、ライラの袖をそっと掴んだまま小さく頷いた。初対面だとまだ緊張するのか、身体はわずかに後ろへ下がっている。
「こっちは兄妹で冒険者パーティを組んでる、右からディン、リン、ロン。三人ともフェンリスの冒険者で、ディンが上級、リンとロンは中級だ」
紹介を受けた三人の獣人は、順番に前へ出た。
最初に頭を下げたのは、片耳にいくつもピアスをつけた男性獣人だった。
「ども」
短くそれだけ言うと小さく頭を下げた。
次に一歩前へ出たのは、背中に湾曲した剣を二本背負った女性獣人だった。
「よろしくです!ライラさんの噂はかねがね!」
明るい声でそう言い、元気よく頭を下げる。
最後に、ハンマーロッドを肩に担いだ男性獣人が穏やかに笑った。
「よろしくね」
三人とも雰囲気は違うが、やはりどこか似た雰囲気で、兄妹という言葉がしっくりくる。
紹介が終わると、ファイフはすぐに踵を返した。
「時間も惜しい。移動しながら話しするからついてきな」
そのまま山道を下り始める後ろ姿を一行もすぐ後を追った。
山道は細く、足場の悪い場所も多かったが、木々の隙間から見える空は少しずつ開けていく。
下りながら、ファイフが話を続けた。
「地図に書かれてた文字や印から推測した、子供の受け渡し場所になっているだろう所がある。港から随分離れた海辺にな」
「それならまた転送陣があるかもしれないわね」
ファイフは首を横に振った。
「その可能性もあるが、ここら辺は崖が続くような地形だが、おそらく密航船が停泊出来る場所があるはずだ」
その言葉に、セラフィナは小さく視線を落とした。
「現地に着いたら、ディンのパーティと二手に別れて捜索するよ。なにかあれば即伝書鳥を飛ばして連絡。そっちもいいね?」
そう言って後ろのディンを見る。ディンは軽く頷いた。
「了解っす」
少し歩いたところで、ライラがふと思い出したように声を上げた。
「そういえば師匠、なんでその場所だって分かったの?」
ファイフは肩越しに振り返る。
「あの地図に書かれてた数字さ。ただの羅列のようでも、船乗りや地理学者ならすぐに分かる」
その説明に、ライラは首を傾げる。
「……船は乗ったこと無いからわかんないわ…」
「あれは天測航法の数字さね。海の上じゃどこにいるのか分からなくなるから、太陽や月、星の位置、地図上の経度と緯度なんかで場所を測定するんだ。それを示す数字があの地図に書かれてたってわけだ。……あれは陸上でも使えるからな。馴染みがなきゃただの数字の羅列でしかないよ」
「ふーん……………………まぁとにかく場所が分かったって事よね!」
明るくそう笑ったライラは、どこか開き直ったような声だった。
ライラはそれ以上考えるのを放棄したように、遠くの景色を眺めていた。
セラフィナはその様子を横目で見て、小さく息を吐く。張り詰めていた胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
海に近づくにつれ、空気の匂いが変わっていった。潮の匂いと湿った風が、山道を下る一行の間を抜けていく。やがて木々の切れ間が開け、視界の先に海が見えた。
ファイフが推測していた場所に着いたが、そこは言われていた通りの地形だった。木がまばらに立ち並び、その先には断崖絶壁が続いている。
崖の下には岩だらけの海岸が広がっていた。大小の岩が突き出し、波が寄せるたびに白く砕けている。大きな船が近づけばすぐに座礁してしまいそうな、荒れた海辺だった。
ファイフが立ち止まり、周囲を見渡す。
その横でディンが東の崖の方を指さした。
「ギルドマスター、自分達はあっちから上を調べます」
「あぁ、頼んだよ。……さぁ、私らは下から行くよ」
そう言うと、ファイフはためらいなく崖の縁から飛び降りた。わずかな岩の足場を正確に踏みながら、一気に下へ降りていく。
その速さに、ライラが思わず声を上げた。
「あぁもう、早っ!」
そう言いながら、すぐに後を追って飛び降りると、岩を蹴り軽やかに降りていった。
セラフィナはその場で小さく息を整える。風の魔力を足元に集めると、身体がふわりと軽くなった。
ゆっくりと空気を滑るように崖を降りていく。
下に降り立つと波の音が近くなる。海は絶えず動いていた。
岩に波がぶつかるたびに水しぶきが上がり、足元まで細かな飛沫が届く。
見上げれば、切り立った崖が高くそびえている。
足場はほとんどがゴツゴツとした岩だった。平らな場所は少なく、素早く移動するのは難しそうだ。
ファイフは西側へ向かって岩場を進んでいく。ライラは反対側の東へ。二人はそれぞれ地形を確かめながら索敵を始めた。
セラフィナはその様子を確認すると、再び風魔法を使った。身体を浮かせ、海の上へと出る。
波の少し上を保ちながら、崖全体を見渡せる位置へ移動した。
しばらく崖の形を目で追っていた時だった。
「……なんか、入江っぽい場所がある…?」
東側からライラの声が上がる。その言葉に、ファイフが顔を上げた。
「セラフィナ、東側に回ってみてくれるかい?」
セラフィナはすぐ頷き、風の流れを変え、東側へ移動した。海上スレスレに浮き、崖に沿って進みながら視線を上下へ向ける。下から見ると、崖が大きくせり出している場所があった。その影になって、上から見ると下の様子がほとんど見えない。
さらに近づくと、視線を海面へ落とした。
すると、波の合間に何かが見えた。
崖の下は足場が途切れている場所で岩もなく、直接海へ落ち込んでいる。
その崖の壁が海上とぶつかる、半分以上が海に浸かるような高さに、暗い穴が口を開けていた。
波が寄せるたびに、入り口の一部が水に隠れるが、確かにそこに空間がある。
セラフィナは小さく息を呑んだ。
「……洞窟がある」
その時、ファイフの肩に、小さな影が降り立った。
緑色の羽を持つ伝書鳥だった。ファイフはすぐに受け取ると、紙に目を通す。
「……ディン達も入口らしきものを見つけたようだよ。大きな木の根元に空洞があったみたいだ」
どうやら上側からも入れる場所があるらしい。ファイフはすぐに紙を取りだし伝書鳥を放つと、一羽はディンたちの方へ飛び立った。そしてもう一羽を、別の方向へ飛ばす。
それを見送ると、セラフィナへ視線を向けた。
「セラフィナ、私らも連れて洞窟に運べるかい?」
「…運べます」
「よし。なら行こう」
セラフィナは風の魔力を広げ、ライラとファイフの身体をふわりと持ち上げる。
三人は海の上を静かに進み、洞窟へと近づいていくと、入口のすぐ前の海上で浮いた状態で止まった。
近づくと分かるが、小さめの船なら通れそうな幅のある洞窟だった。
洞窟の中は薄暗かったが、奥まで続いているようだ。
ファイフは壁に手を当て、指先で岩肌をなぞりながら言った。
「……自然に出来たものだろうが、少し人の手が入ってるな」
洞窟の奥を見つめる。
「満潮時にはここの洞窟は外から全く見えなくなるんだろう。そこに目をつけたのか……海の上からじゃないと見つからないだろうね」
三人はそのまま奥へ進んだ。
途中までは足場が無く、入口から五メートルほど進んだ所で壁際に岩場が現れたので、そこに足をつけた。
入口から十メートルほど進むと、洞窟は急に広くなり、大きく開けた空間に出た。
その端の方に、小船が一艘浮かんでいる。
岩場には杭が打ち込まれ、ロープで船が固定されていた。
周囲を見渡すと、壁のあちこちに横穴が開いている。そこから細く外の光が差し込んでいた。
そのうちの一つから、人影が現れる。
ディンたちだった。
どうやら上からもここに降りて来られるらしい。
外と繋がっていることを確認すると、一行は小船へ近づき中を調べる。
魔導ランプが一つ、ロープ、それから白っぽい外套が四枚。
どれも乱雑に置かれていた。
「……やはりここから一旦沖に出て受け渡す算段だったようだね」
ファイフはそれを見て眉間に皺を寄せゆっくり息を吐く。
その時、水色の羽をした伝書鳥が洞窟の入口から飛び込んで来ると、まっすぐファイフの肩へ降り立つ。すぐに受け取り目を通すと、楽しそうに口角を上げた。
「……あの二人は受け渡しの日付けと方法を聞き出せたようだ。随分早いじゃないか。やるね!」
明らかに密航船と思われるものでした。
ファイフはジッとしてるのが苦手なので、ちょくちょく現場に出動します。
そういう所もガルディアで絶大な支持を受けるギルマスの理由です。




