53話 状況報告
セラフィナとライラは、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻していた。ユリウスから受け取ったハンカチで涙を拭き、まだ赤く腫れた目を何度も瞬かせている。
その前でリュカが手をかざし、淡い光が二人の目元を包み込む。泣きすぎて腫れた目を和らげるための簡単な光魔法をかけているようだ。
ユリウスは少し離れた場所からその様子を見ていた。
森の中には、先ほどまでの張り詰めた空気がまだ残っている。風が木々を揺らす音だけが静かに流れていた。
その時、森の奥から複数の足音が聞こえてくる。
視線を向けると、ファイフの姿が見えた。その後ろには、ボードウェルの自警団が数人続いている。
どうやら予定通り到着したらしい。
ファイフは状況を一目で把握したようだった。
まず転がっている男たちに視線を向けると、自警団に短く指示を出した。
男たちを回収する者、洞窟を調べに向かう者と、自警団はすぐに動き出し、それぞれの役割に散っていく。
その様子を確認してから、ファイフは周囲を見回した。
視線が止まったのは、寄り添って座っているセラフィナとライラだった。二人はまだ肩を寄せたまま、静かに涙を拭いている。
その光景に、ファイフは眉を寄せた。
「……なんであの子たちは泣いてるんだい。何があった?」
首を傾げながら尋ねる。
ユリウスは一度二人の方を見た。
リュカがなにか二人に話している。セラフィナは少し俯いていた。
今ここで説明させるのは酷だろう。
そう判断して、ユリウスはファイフの方へ歩いていった。
「……俺から説明を」
ファイフの前に立つと、これまでの出来事を順を追って話し始める。
ルシアンが語った断片的な情報、子供たちの救出、男たちの襲撃、セラフィナを人質に取られたこと、魔力の暴走。
そして、彼女が話した十年前の出来事。
ファイフは腕を組んだまま、黙って聞いていた。
途中で口を挟むことはなく、ただ、時折眉間の皺が深くなる。
説明が一通り終わると、ユリウスは荷物から取り出した物を差し出した。
黒い宝石がはめ込まれた十字架の魔道具が二つ。そしてガルディアの地図。
ファイフはそれらを受け取り、しばらく黙って見つめていた。
「……アストレアの研究施設か」
視線はガルディアの地図の印の上に落ちていた。
「これは規模が大きすぎて、ギルドだけではどうしようもない事になってきたね」
その言葉に、ユリウスも頷く。
「セラフィナの話からエルドリアも無関係では無いからな。……国に連絡をするツテがある事はあるんだが……」
言いながら、言葉が少し濁る。ファイフはすぐに気付いた。
「なんだい、歯切れが悪いね!」
その時、空から羽ばたきの音が降りてくる。小さな影が旋回し、ユリウスの肩に降り立ったのは水色の羽を持つ伝書鳥だった。
ユリウスはすぐに受け取ると、短い文章を目で追う。
そして、静かに息を吐いた。
「…………エルドリアは騎士団が動くそうだ」
ファイフが顔を上げる。
「は?」
「正確には少数精鋭で一部隊だけだそうだが」
「はぁ?早すぎないかい?」
ファイフは思わず声を上げた。普通ならこんな早さで国が動くことはまずない。ユリウスは小さく苦笑する。
「あの人なら有り得るんだ…」
「……あの人?」
少し考えるように目を細めてから、ユリウスは言った。
「……グレイスロウの領主代理、といえばわかるか?」
その言葉を聞いた瞬間、ファイフの表情が変わる。何か思い当たったらしい。
「あぁ、なるほどね……あの食えない坊ちゃんがユリウスの後ろ盾か」
「流石に知っているか……」
「そりゃあね、伊達に長生きしちゃいないさ。私の弟子の一人も、グランスロットの私兵にお世話になってるはずだよ」
そう言いながら肩をすくめると、ふとユリウスの顔をまじまじと見て目を細める。
「……ん?」
何かを確かめるように観察しているようだった。そして、ゆっくり口角が上がった。
「というか、ユリウス、あんた……」
少し間を置いて、納得したように頷く。
「……ははぁ、あの坊ちゃんの身内ってわけか」
ユリウスは渋い顔をした。
隠していたつもりだったが、やはり勘の鋭い相手には通じない。ファイフはその様子を見て笑った。
「ははっ、言いふらしやしないよ。安心おし」
そう言って肩をすくめた。
ファイフは地図と魔道具をまとめて袋にしまうと、周囲の様子を一度見回した。
自警団はすでに動き出している。男たちは運び出される準備をされていた。洞窟の方へ向かった隊員の足音も、まだ遠くに聞こえる。
森の空気は静かだった。
だが、その静けさの奥に、これから広がる問題の重さが沈んでいるように感じられた。
ファイフは視線をリュカに向ける。
「リュカ、すまないが町に帰ったら洗脳状態の子供達を治してやって欲しい」
「もちろんです」
リュカはすぐに迷いのない返事を返す。
ファイフはそれを確認すると、小さく息を吐く。
「それにしても…禁忌扱いの魔道具が三つも出てきたんだ。いい加減国も動かざるおえないだろうさ……根深いね、これは……」
それから腕を組み、考え込むように目を細めた。
「今回の件は三年前より更に遡って調査をした方が良さそうだ。それに加えて捕まえたやつらの尋問、攫われた子供の受け渡し場所の捜索、魔道具の解析依頼、国への要請」
言葉を区切りながら並べていく。一つ一つの内容が重かった。
「なんなら他国への協力も要請しなきゃいけないね…」
ファイフは右手で額を押さえた。眉間に深い皺が刻まれ、大きくため息をついた。
水を打ったように静寂が広がる。
しばらくしてリュカが口を開いた。
「……やつらへの尋問については、俺にやらせてもらえませんか?」
唐突な提案に、ファイフの視線がゆっくりと上がる。
「…どうしてだい?」
静かな問いにリュカは一瞬だけ視線を落とすと、言葉を選ぶように続けた。
「……やつらの中に、俺を知っているやつがいました。……上手く誘導すればペラペラ喋る可能性があります」
その言葉にファイフがわずかに目を細め、顎に手を当てると、リュカの顔をじっと見つめる。
探るような視線だった。森の風が枝を揺らす音だけが流れる。
「まぁいいだろう。頼んだよ」
ファイフはそう言うと小さく頷いた。それからユリウスへ視線を向ける。
「ユリウスもリュカとそっちの担当をやってくれるかい?得た情報は領主代理にすぐ共有して欲しい。あの坊ちゃんなら上手いことやってくれるだろう」
「承知した」
その返事を聞くと、ファイフは今度は別の方へ目を向けた。
「ライラ、セラフィナ」
名前を呼ばれ、二人が顔を上げる。寄り添って座っていた二人は、そのまま立ち上がった。
まだ少し目は赤いが、その表情にはさっきまでとは違う意志が宿っていた。
「あんた達は私と一緒に受け渡し場所の捜索をするが、行けるか?」
「……とーぜん」
「……大丈夫です」
二人とも迷いはなかった。
リュカはその様子を見て少しだけ表情を緩め、セラフィナに声をかけた。
「…セラフィナ、無理するなよ」
「うん…ありがと」
そのやり取りを見ていたユリウスが、今度はライラに声をかけた。
「ライラも…やり過ぎるんじゃないぞ」
「ちょっとユリウス、私をなんだと思ってんのよ」
ライラがすぐに眉を吊り上げ、呆れたような声を出す。だがその言葉の奥には、いつもの調子が戻っている。
そのやり取りに、四人の間で小さく笑いが漏れた。
短い笑いだったけれど、それは確かに張り詰めた空気を少しだけ和らげた。
次に動き出す時が、すぐそこまで来ていた。
ギルマスの手にも負えない事件になってきました。
出来る上司はやる事たくさんで頭が痛いでしょうね...




