50話 セラフィナの過去※
残酷な暴力表現があります。ご注意ください。
セラフィナ視点です。
殴られた頬が熱を帯びたように痛い。骨の奥まで響くような鈍い痛みが残っている。
首は後ろから強く締め上げられ、足は地面から浮き、息がうまく吸えなくて苦しい。喉が圧迫されるたびに視界が揺れ、頭の奥がじんわりと痺れていく。
目の前で剣を振り下ろされた時、私を庇うように立った父の身体が揺れ、次には父の首がはね飛び、床に転がった。何も映さない瞳が私を見ている。
叫んで父に駆け寄った母。その直後母も胸を貫かれ、刃が引き抜かれると同時に口から大量の血を零し、床の血溜まりに崩れ落ちて動かなくなった。
父母を殺され、引きずられるように外に連れ出された後も、村中に悲鳴と轟音が飛び交っていた。
近所のおじさんが斬られ、おばさんも槍に貫かれ、幼なじみも私と同じように顔を腫らして抱えられていた。
男達は笑いながら次々に家に火を放っていく。
蹂躙されていくリーヴェル村を薄れゆく意識の中で見ていた。
殴られた身体の痛み、父母を亡くした悲しみ、みんなを殺された怒り、自分も殺されるという恐怖、抵抗出来ない無力感、何も出来なかった絶望感……
この世の地獄とはここの事を言うのだと思った。
「…っ…やだあああああああああああ!!!」
腹の底から叫んだ瞬間、膨大な魔力が弾ける感覚があった。
内側から力の渦が暴走し、身体を突き破って外に吹き出していく。
その感覚を最後に私の意識は途絶えた。
目を覚ました時、辺りが静寂に包まれていた。
周囲には自分以外何も無くなっていた。
火がついていたはずの家も、村を蹂躙していた男達も、蹂躙されて死んだ村人達も、家畜小屋も、収穫間近だった畑も、りんごがなっていた木も。
ただそこにあるのは土がむき出しになっただけの更地だった。
全て、消えてしまった。
あの男達に奪われた、ささやかだったけど穏やかで幸せだった家族との日々。そして私が吹き飛ばしてしまった、殺されたみんながいた証。
全て、私の前から無くなった。
まだ十一歳の時の出来事だった。
衝撃が大きすぎて記憶に蓋をしてしまったようで、男達が村を蹂躙していた事がすっかり抜け落ちてしまっていた。
私は自分のせいでみんな死んでしまったと思いこんだ。
泣いて泣いて、泣いてもどうしようもなくて、みんなと同じところに行きたかった。……でも自死は選べなかった。絶望感に苛まれているのに。
生きたい。私は生きなきゃいけない。何故かそんな気持ちになった。
それからどうやって移動したのか覚えていないが、山を下り、私の歳でも働ける、グレイスロウに流れ着いていた。今思えば、精霊達が導いてくれていたのかもしれない。
グレイスロウのあまりの人の多さに目眩がしたのを思い出す。
人が怖かった。
理由は分からないが、人とすれ違う度に身体が震え、吐き気もする。
しばらくギルドに入る事さえ出来なかったのだ。
グレイスロウの街の外れに小さな川が流れていた。
人の居ないこの小川の傍にあった大きな木の上で寝泊まりした。村で過ごした日々の中で知っていた、食べられる草や木の実、魚を取って食料をなんとか確保も出来た。
魔力暴走を起こしたあの日から、感覚で魔法を扱えるようになっていたから、必死で魔力制御の練習をした。
少しでも間違えれば、また壊してしまうかもしれない。その恐怖が身体を動かしていた。
魔力制御の練習を始めて一ヶ月程で、簡単な魔法なら四属性を問題なく操れるようになっていた。
ようやくギルドの中に入った。優しそうなお姉さんがいる受付の前に立ったが、声が出なかった。
お姉さん、それがマイアさんだったのだけど、受付前でウロウロしている私に声をかけてくれた。
「……お嬢さん、冒険者登録ですか?」
頷くと、優しくギルドについて教えてくれた。安い一人部屋を斡旋してくれたのもマイアさんだった。
私が一ヶ月もの間賃金が無くても生きていけたのは、食べる物の知識が少しでもあったからだ。
知る事は力になる。
そう思った私はギルドの講習を受け、文字や数字を覚えた。
図書室もたくさん利用して必死に生きる為の知識を得ていく。
食べられる木の実や果実、薬草、薬の種類、魔物の種類や傾向、ダンジョンについて、魔法の種類。
そうこうしているうちに、十二歳になり、討伐依頼も受けれる歳になった。
人とはやっぱり関わるのが怖くて、マイアさんが受付に居る時しか依頼を受けれなかったけど、黙々と一人でこなせる依頼をこなしていく。
採取依頼、街の整備、素材の回収。人と関わらなくて良い仕事もたくさんあったのも良かった。
十六歳で中級冒険者に上がった。
十八歳の時、単独で四十階層を踏破出来た時は嬉しかった。ちゃんと魔力暴走せずにここまでこれた事。
二十歳になる頃には四十五階層を踏破出来るまで成長出来ていた。
でもやっぱり、怖くてパーティを組む事は出来なかった。
もしかしたらまた壊してしまうかもしれない……そういう思いがずっと心の奥底で泥のように沈んでいたから。
十年、そうやって独りで生きてきた。孤独な事が辛くても寂しくてもしんどくても、どうしても人と関われずにいた。でも、どこかで独りは嫌だと叫ぶ心があったから、冒険者を続けていけたのだと思う。
そんな私にも転機が訪れた。二十一歳になった時に、ダンジョンで魔力暴走を起こしかけた、リュカに初めて出会ったきっかけになった出来事。
夜の闇をずっと歩いていたような、私の人生が一気にいい方へ傾いたのだ。
彼に出会ってから、ライラに、ユリウスに出会った。自分の力に気づくきっかけをくれたリシェルさん、使い方を教えてくれたファイフさん……マイアさんにギルドマスターも、ずっと見守ってくれていたと気づけた。
私の力を信頼してくれるユリウス、色んな感情があるって教えてくれたライラ、人と一緒にいる安心感をくれたリュカ。
みんな大事な仲間。
私の居場所。
世界はこんなにも眩しくて、美しくて、楽しくて、優しくて、暖かいものだと教えてくれた。
それを壊そうとしてる、アストレアの誘拐犯。
ライラの故郷を蔑んだ。ユリウスを殴った。リュカを連れ戻そうとしてる。
許せない、苦しい、痛い、こいつらに対しての嫌悪感、自分が油断して捕まってしまった無力感、十一歳の私の記憶も戻ってくる。
あの時の絶望感、父の首を跳ねた、母の胸を貫いた、村を蹂躙していったあの男達の服装は…………
今こいつらが着てるローブの下に見える黒地に、胸の辺りに白で十字が走っているのと同じものだった。
記憶を思い出した直後、あの日と同じように膨大な魔力が自分の中で膨れ上がるのを感じ、意識が保てなくなってきた。
「セラフィナ!!!」
――リュカの声が聞こえたような気がした――
元々は朗らかで優しく、よく喋る女の子だったセラフィナ。11歳の子供では父母を目の前で殺され、村を蹂躙された凄惨な状況に心が耐えられませんでした。
リュカの故郷と繋がった、10年前の出来事。




