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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
2章 ガルディア連合国
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49話 衝突

 ルシアンは、聖槍の穂先を向けられているというのに逃げようともしなかった。むしろ、その状況を理解できていないようだった。

 リュカから向けられる明確な敵意を前にして、男はゆっくりと頭を抱えた。指を髪に食い込ませ、視線を地面へ落とす。

「あぁリュカ様、一体何を怒っていらっしゃるのですか………」

 声は震えている。だがそれは恐怖ではなく、困惑の色だった。

「分からない……分からねば……私はリュカ様の信徒なのだから」

 ブツブツと呟くその言葉はまるで祈りのようだった。

 しかし響きはどこか歪んでいる。目の前の現実と、男の中にある信仰が完全に食い違っているのが分かった。

 リュカはその様子を見て、わずかに息を吐いた。

「ユリウス、セラフィナ」

 ほんの一瞬だけ、視線を横へ向ける。それだけで十分だった。

 三人は同時に動いた。

 

 リュカとユリウスは正面からルシアンへ向かって踏み込む。まっすぐ突き進むその動きに、周囲の男たちは一瞬で警戒の姿勢を取った。

 だが次の瞬間、二人の軌道が鋭く変わる。狙いはルシアンではなかった。

 麻袋を抱えていた男たちへ、左右から一気に距離を詰める。あまりにも突然の動きに男たちの反応は明らかに遅れた。聖槍が閃いた一瞬の光の後、空気がわずかに震えた。

 麻袋を抱えていた腕が、肘から先ごと切り落とされる。男たちの体がぐらりと傾いた。

 麻袋が地面に落ちるよりも早く、リュカとユリウスがそれを掴む。そしてほとんど同時に後方へ放り投げた。

「セラフィナ!」

 名前を呼ぶ声と同時だった。

 セラフィナの周囲で風が静かに巻き起こる。二つの麻袋は空中でふわりと減速し、柔らかな風に受け止められた。衝撃を吸収されたまま、ゆっくりとセラフィナの方へ引き寄せられる。

 セラフィナはすぐに風を広げ、麻袋ごと子供たちの体を浮かせる。同時に自分の身体も風に乗せた。足が地面から離れ静かに高度を上げると、枝が複雑に絡み合う高い場所まで一気に上昇した。葉の影の奥へと身を隠す。

 その一連の動きを、ルシアンはギラギラした目でじっと見ていた。呟きも止まり、顔を上げている。そしてゆっくりと口角を持ち上げた。

「あくまで排除ではなく救出……畜生にも慈悲深いとは」

 その声音には、侮蔑と興味が混ざりあっているようだった。

 

 セラフィナが辿り着いた木の上、そこから二本隣の枝にライラが待機していた。

 葉の影に溶け込むように潜み、気配はほとんど感じられない。

 セラフィナが枝に足を下ろすと、ライラはすぐに静かに近づいた。

 麻袋の口を開き、中の子供たちを確認する。二人とも目は開いているが焦点が合っていない。洗脳状態だった。

 ライラは素早く袋から子供たちを引き出し、セラフィナへ小声で言った。

「……手筈通りこのまま私は子供達連れて町へ行く。セラフィナはどうする?」

「……二人の援護に」

 ライラは小さく頷く。

「了解……無茶するんじゃないわよ。……半刻で戻ってくる」

 セラフィナも小さく頷いた。

 ライラは子供たちをそれぞれ両脇に抱え込む。体勢を整えると、枝から枝へと静かに移動し始めた。

 そのまま気配を消すように、町の方向へ離脱していった。

 

 地上では、片腕を失った男たちが地面に膝をついていた。

 切断面に慌ててポーションを振りかけ、何とか出血だけは止めている。

 だが痛みと衝撃で身体は思うように動かない。その場に蹲りながら、二人はリュカとユリウスを睨みつけていた。

 憎しみと恐怖が混ざった目だった。

 その様子を、ルシアンは冷めた目で見下ろしていた。

「まったく……情けない。神に仕置されたお前はまだしも、冒険者ごときにやられるとは」

 次の瞬間、ルシアンが足を振り上げた。ユリウスに腕を切られた男の顔面へ、そのまま蹴りを叩き込む。

 男の身体が大きく弾き飛ばされた。地面を転がり、近くの木の幹にぶつかるとそこで動かなくなった。

 完全に気を失ったようだった。

 その光景を見て、リュカとユリウスは思わず言葉を失った。リュカが眉をひそめる。

「……何やってんだよお前。部下なんじゃないのか」

 ルシアンはゆっくりと足を下ろした。何事もなかったような顔で答える。

「あぁ、良いのですよ。使えないものは処分しなければ」

 その言葉には、迷いも躊躇も一切含まれていなかった。


 ルシアンは倒れた男のもとへゆっくりと歩み寄っていった。

 地面に転がり、意識を失っている部下を見下ろす。その顔には、仲間を気遣う様子など一切なかった。ただ、壊れた道具でも確かめるような視線を落としている。

 魔法鞄へ手を入れ、取り出したのは細長い注射器だった。透明な筒の中で、どろりと濁った液体がわずかに揺れている。

 ルシアンはしゃがみ込み、男の首元へそれを向けた。針先が皮膚に触れようとした瞬間だった。

 鋭い音とともに、上から土塊が弾丸のように飛び込んできて、注射器が弾かれる。

 細いガラスは衝撃に耐えられず、その場で砕け散った。濁った液体が地面に飛び散り、土へ吸い込まれていく。

 ルシアンの動きが止まり、ゆっくりと立ち上がると舌打ちをした。

「ちっ……チョロチョロと神の周りを飛ぶ虫の分際で……」

 その目がゆっくりと上を向く。枝葉の奥、高い木の上。そこに潜むセラフィナを見据えるように、視線が突き刺さった。

 低く呟く声は、先ほどまでの恍惚とは違う冷たさを帯びていた。

 その瞬間、地面を蹴る音が響いた。

「お前の相手は俺がしてやるよ!」

 リュカが踏み込み、聖槍を振るう。鋭い軌道で突き出された穂先がルシアンの肩へ迫った。

 だがルシアンの反応も速かった。腰の剣を抜き放ち、斜めから振り上げる。

 金属同士が激しくぶつかり、衝撃が空気を震わせた。

 刃と穂先が押し合い、火花が散る。

 二人はそのまま間合いを詰め、激しく打ち合い始めた。

 その少し離れた場所では、ユリウスが残った四人のローブの男たちを相手にしていた。

 数では不利だったが、ユリウスの動きに乱れはない。手にしているのは大剣ではなく、取り回しの利く片手剣だった。

 男たちが包囲するように迫る。剣が振り下ろされ、横からも刃が迫る。

 だがユリウスは一歩引き、体を捻り、刃の軌道を紙一重でかわしていく。力で押し返すのではなく、流すように受け流していた。

 男の一人が背後から踏み込んだ。死角からの一撃。その瞬間、男の身体が大きく揺れた。

 横から飛んできた土弾が脇腹を打ち抜いたのだ。セラフィナの援護だった。

 ユリウスはその変化を見逃さず、軸足で身体を回転させる。

 遠心力を乗せた裏拳が男の顎を打ち抜いた。男の身体が大きく弾かれ、そのまま地面に倒れ込む。

 戦況は確実にこちらへ傾き始めていた。

 リュカとルシアンの打ち合いでも、徐々にリュカが押し始めていた。

 刃がかすめるたび、リュカの身体に細かな傷が増えていく。だがその傷は、ほとんど間を置かずに淡い光とともに塞がっていく。

 ルシアンはその様子を見ながら、ずっと同じ表情を浮かべていた。

 まるで奇跡を目の当たりにしている信徒のように、恍惚とし目を輝かせている。

 その視線があまりにも不気味だった。

 

「ほんとに!!気持ち悪いんだよお前!!」

 

 リュカの背筋に嫌悪感が走り、怒りと苛立ちが声に滲んだ。

 槍が振り抜かれ、剣がそれを受け止める。激しい衝突音が夜の森に響いた。

 大きな金属音とともに、二人の間に距離が生まれる。互いに数歩下がり、再び間合いを測った。

 

 その頃、セラフィナは枝の上から戦況を見下ろしていた。

 ユリウスの戦いは、もうすぐ決着がつきそうだった。残る男たちも動きが鈍くなっている。

 リュカも押している。

 勝てる、と。

 その認識が、ほんのわずかに気を緩めさせていた。

 気づけば、セラフィナは思っていたよりも低い位置まで降りてきていた。

 援護のため、視界を確保するために枝を移動しているうちに、高度が下がっていたのだ。


 突然、背後から腕が回された。

 首を強く締め上げられ、息が詰まり視界が揺れる。振りほどこうとするより早く、身体が完全に拘束されていた。

 背後から押し付けられる体温に荒い呼吸。振り返る余裕もなく、セラフィナの顔が青ざめ、無意識に身体が震えた。

 

 さっき、ルシアンに蹴り飛ばされて気絶していた男だった。片腕は肘から先がなく、残った腕で、セラフィナの首を羽交い締めにしていた。

 

「セラフィナ!!」

 

 遠くで焦りが滲むリュカの声が聞こえた。


「動くなよ!!」

 男が怒鳴る。血走った目が狂気のように見開かれていた。

「この女の首へし折るぞ!!」

 その声に、ユリウスの動きが止まった。

 すぐ横にいた男が、その機会を逃さなかった。拳が振り抜かれ、ユリウスの顔を強く殴りつける。衝撃にユリウスの身体がわずかに揺れた。更にもう一人、フラフラと起き上がり、ユリウスの腹を殴りつけた。その後も二人がかりでユリウスに暴力を振るい続ける。

 

 その光景を見たセラフィナが目を見開く。

 息が苦しい。首を締め上げる力が強くなった。

 男の怒鳴り声が耳の奥で響く。

 目の前で仲間が暴力を振るわれている。

 

 その瞬間、セラフィナの意識の奥で何かが弾けた。閉じ込めていた記憶が、唐突に浮かび上がる。

 優しかった母の笑顔。仕事帰りに頭を撫でてくれた父の手。

 家の前で声をかけてくれた近所のおばさん。畑の手伝いをするとサクサクのお菓子をくれたおじさん。収穫祭の日に一緒に笑っていた幼なじみ。

 みんな、笑っていた。あの頃は、当たり前にそこにいた。

 でも、もういない。

 みんな、みんな、死んでしまった。

 私の魔力暴走のせいで。


――本当に?

 ふと、違和感がよぎる。

 記憶の奥に、何かが引っかかっている。

 何か、大事なことを忘れている気……が……

人懐っこいリュカが嫌悪感を抱く程、ルシアンの行動が理解出来ないという。

次回今まで人を避けてきたセラフィナの過去に触れます。


投稿を始めて2ヶ月経ってようやく書きたかった所に辿り着きました。

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