45話 急展開
倒れた十字架の台座の下から現れた地下への階段を前に、四人はしばし言葉を失った。
暗い穴の奥へと続く石の段差は、長い年月を経ているのか少し擦り減っている。だが崩れている様子はなく、むしろ誰かが使える状態のまま保たれているようにも見えた。
「何これ……さっき探索した時にはわからなかったのに……」
ライラは周囲を見回しながら、信じられないという顔をしている。
その横で、セラフィナが目を細めて入口をじっと見つめていた。普段よりも集中した表情で、小さく呟いた。
「………隠蔽の魔法がかかってたみたい」
リュカが思わず階段の入口を見下ろす。
確かに、さきほど周囲を調べた時にはこんなものは見当たらなかった。十字架のオブジェが目印のように置かれていたことも含めて、意図的に隠されていた可能性が高い。
「何か、隠したい物があるという事だな」
その言葉に、三人は無言で頷いた。
ライラが一歩前へ出ると、耳をわずかに動かしながら目を閉じる。周囲の気配を探るように集中しているのが分かった。
数秒後、ゆっくりと目を開く。
「……人の気配は無いわ。モンスターも居ない。罠も無し。……新しいダンジョン、ってわけでもなさそうね」
その報告を聞いたユリウスが静かに頷いた。
「……俺が先に行く。ライラ、セラフィナ、リュカの順で降りよう」
異論は出なかった。
セラフィナがそっと杖を掲げ、集まった魔力が淡く揺れて小さな炎となって浮かび上がった。橙色の灯りが階段の入り口を照らす。四人は慎重に地下へ降りていった。
階段は螺旋状になっていた。石造りの壁が円を描くように続き、足音が静かに反響する。外の空気が徐々に遠ざかり、代わりにひんやりとした地下の気配が肌に触れ始めた。
しばらく降り続けると、やがて階段は終わり、開けた空間へと繋がっていた。最初に足を踏み入れたユリウスが足を止める。その視線の先を、三人も追った。
床一面に描かれている巨大な紋様。
幾何学的な線と円が重なり合い、中央に向かって収束している。リュカが思わず呟いた。
「これは……転送陣……か?」
ダンジョンの安全地帯で見かけるものによく似ていた。だがここはダンジョンではない。山の中腹にある、ただの廃教会の地下だ。
ユリウスは足元に落ちていた石を拾い上げると、試すように魔法陣の中心へ投げた。
石は軽く転がり、何の反応も起こらないまま床の上で止まる。
「……どこに転送されるかわからんけど、入ってみるしか無さそうだなぁ……」
リュカがそういうと、ユリウスはすぐには答えず、少し考え込んだ。やがて顔を上げる。
「……ダンジョンじゃないなら伝書鳥が使える。一旦外部に連絡してからにしよう」
そう言うと、腰の魔法鞄から小さな紙片を取り出した。ライラも同じように準備を始める。
二人は短く要件を書きつけると、魔力を流し込んだ。紙が淡く光り、次の瞬間、小さな鳥へと形を変える。
羽ばたいた鳥はそのまま上へと飛び上がり、螺旋階段の暗闇の中へ消えていった。
その様子をじっと見ていたセラフィナが、おずおずと口を開いた。
「……その、伝書鳥ってどうやって使うの?」
「?」
ライラとユリウスが同時に首を傾げた。セラフィナは少し困ったように視線を落とす。
「……今まで、使う機会、無くて……」
その言葉に、ユリウスはすぐ納得したように頷いた。
「あぁ、そうか、簡単だぞ。セラフィナならすぐに習得出来るはずだ」
そう言うと、紙の使い方と魔力の流し方を手短に説明した。要点は単純で、伝えたい内容を書き、魔力で鳥の形に変えるだけだ。
セラフィナは真剣な顔で頷き、さっそく実践してみる。
小さな紙片に何かを書き、そっと魔力を流す。紙がふわりと浮き上がり、炎のような色を帯びた小さな鳥へ変わった。
その鳥はひとつ羽ばたくと、ライラの方へ一直線に飛んでいった。そしてそのまま、ぴたりとライラの手元へ降りる。
「流石セラフィナ、習得が早くて凄いわね!」
そう言って笑ったライラが受け取って内容を見る。
『れんしゅう。またあそぼ』
一瞬の沈黙の後、ライラがその場に崩れ落ちた。
「!!? う ち の こ が か わ い い !!」
床に膝をつき、両手で顔を覆いながら天を仰いでいる。
セラフィナがきょとんとする中、今度はもう一羽の鳥がリュカの肩に降りた。
リュカが紙を受け取って開く。
『れんしゅう。いつもありがと』
思わず口元が緩み、気付けば自然に笑っていた。
ライラがまだ床に崩れ落ちたまま震えているのを見て、ユリウスが小さく息をついた。
「気を取り直してそろそろ行くぞ」
そう言って腕を引くと、ライラはようやく立ち上がる。両手で自分の頬を思いきり叩き、無理やり気持ちを切り替えた。
「……よし、行きましょう!」
さっきまでの様子が嘘のように、表情を引き締める。
ユリウスは魔法陣を見下ろしながら静かに言った。
「もしはぐれた場合は伝書鳥を飛ばしてくれ」
三人が頷くのを確認して四人はゆっくりと魔法陣の上に立った。
次の瞬間、床に描かれた紋様が淡く光り始める。線がひとつひとつ輝き、円の中心へ魔力が集まっていく。
視界が白く満たされ、気付いた時には別の場所に立っていた。
リュカはすぐに周囲を見渡す。隣にはライラ、後ろにはセラフィナ、前にはユリウス。全員の姿を確認して、わずかな安堵が広がった。
だが周囲の景色は、さっきまでいた地下空間とはまったく違い、レンガのように規則正しく石が並び、人工的に作られたような場所だった。
「……扉があるな」
正面の壁に木製の扉がひとつ見える。ライラが壁に手を当てた。
「…索敵してみる」
目を閉じ、ゆっくりと集中する。耳の先がわずかに揺れ、空間に広がる気配を探っているのが分かった。
しばらくの沈黙の後、やがてライラが目を開く。
「…………扉出て左に上に上がる階段、右に部屋が三部屋」
指先で方向を示しながら続ける。
「二部屋隣に四人、その奥に二人いる」
人がいる。
その事実に、四人の間に緊張が走った。
ユリウスは短く状況を整理する。
「……戦闘になる想定で動く。俺、リュカ、ライラ、セラフィナの順で扉を出る」
リュカを見て少し眉を下げた。
「……リュカ、すまないが常時、守護結界を」
「了解」
「一般人なら話だけ聞く。もし戦闘になった場合は制圧、拘束し、話を聞くぞ」
三人が頷いた。
リュカが魔力を巡らせる。透明な結界が四人を包み込むように広がり、準備が整う。
ユリウスがゆっくりと扉を開けた。
その先には石の通路が続いていた。ライラの索敵通り、右側にいくつかの扉が並んでいる。
足音を殺しながら進み、壁続きの二つ目の扉の前で止まる。四人は一瞬だけ視線を交わした。
ユリウスが頷き、扉を開く。
中にいたのは四人の男だった。全員が白っぽいローブを羽織り、椅子に座っている。その姿を見た瞬間、男の一人が目を見開いた。
「……なっ……!!? お前ら何処から!!」
「それはこちらのセリフだな」
ユリウスが言い終わるより早く、男たちが同時に魔法を放った。
だが放たれた光はリュカの守護結界に触れた瞬間、霧のように消える。
その瞬間、ユリウスとリュカが動いた。
男達が動きだすよりも早く距離を詰め、抵抗する間もなく意識を刈り取っていく。
あっという間に四人全員が床に伏せていた。
ライラとセラフィナがすぐに土魔法を発動させ、壁から伸びた岩がぐったりとしている男たちの体を拘束した。
リュカが小さく息を吐いた。
「結局戦闘になったな…」
ユリウスは拘束された男たちを一瞥する。
「こいつらからは後から話を聞くとして、隣も確認しよう。この騒ぎでも動きが無いのが気になる」
四人は部屋を出て、さらに奥へ進む。
最後の扉の前で立ち止まり、ユリウスがゆっくりと扉を開けた。
中には二人の子供がいた。
獣人の子供だ。男の子と女の子が、床にそのまま座り込んでいる。
だが様子がおかしい。目は開いているのに、どこか焦点が合っていない。四人が入っても、反応がない。
リュカがすぐに駆け寄った。
膝をつき、子供たちの顔を覗き込む。魔力の流れを探るように意識を集中させた。
「……催眠……というか洗脳されてる状態だ」
「……強制的に意思を奪われているということか」
リュカは眉を寄せ、小さく頷いた。
「タチが悪いわね…」
ライラがそう呟くと、セラフィナが不安そうに子供たちを見る。
リュカはユリウスへ視線を向けた。
「とりあえず洗脳状態を解除するか?」
ユリウスは一瞬考え、眉を下げたまま首を横に振る。
「……すぐにでも解除したい所だが、一旦この状態で外に出てからの方が良さそうだ」
ここがどこなのか、まだ分からない。敵がどれだけいるかも不明だ。
今この場で子供たちの意識を戻せば、混乱して暴れたり、逃げ出したりする可能性もある。
そうなれば守りながら脱出するのは格段に難しくなる。
リュカ自身、それが分かっていた。
「……分かった……」
絞り出すように答える。納得はしていない。それでも頷いたのは、今取れる最善の判断だと理解しているからだった。
殉教者達は真っ黒でした。
しんどい展開が続きます…




