42話 ウィンデルの町
休憩を挟んだあと、乗る位置を入れ替えた二組は再び北へ向かっていた。
最初のうちは余裕のなかったセラフィナとライラも、しばらく走るうちに身体が揺れに慣れてきたらしい。背中にしがみつくばかりだった二人も、次第に周囲の景色へと視線を向けるようになっていた。
広がる草原、遠くに連なる山脈、ゆるやかに流れていく雲。高い位置から眺める景色は徒歩とはまるで違う。風を切って進む感覚と相まって、同じ道でもまるで別の場所を旅しているようだった。
そんな景色を眺めながら、ライラが前にいるユリウスへ声をかける。
「結構進んだのに速度が落ちないのすごいわね!」
「スレイプニルは半魔獣という扱いだからな。やはり通常の馬より格が上だ」
「そうなんだ。あ、あの山を超えたらウィンデルよ」
「そうか。このまま目的地まで辿り着けそうだな」
やがて道は峠へと差しかかる。緩やかではあるが長く続く登り坂だ。普通の馬なら多少は速度が落ちてもおかしくないはずだが、スレイプニルはまるで意に介さない。人を乗せたまま、力強く地面を蹴り、一定の速さで登り続けていく。
やっぱり普通の馬じゃないんだな、とリュカは内心で思う。背中越しに伝わる安定した脚運びから、底知れない体力を感じていた。
やがて峠の頂上へと辿り着くと、ユリウスが手綱を引いて馬を止めたのを見て、リュカも同じように馬を止めた。
視界が一気に開ける。
眼下には、窪地になった土地に広がる町が見えていた。
数十軒ほどの家屋が点在し、その周囲には家畜小屋や畑が広がっている。町の中央付近には一本の川が流れ、川沿いには家々が密集していた。小さな橋がいくつも架かり、その周辺だけは町らしい賑わいを感じさせる造りになっている。
さらに町の外れには三つほどの門が見えた。それぞれから外へ伸びる街道が、三つの国へと続いているのだろう。
辺境の町と聞いていたが、想像していたよりもずっと整った場所だった。
思わずリュカが口を開く。
「めっちゃ眺めいいな。なんか思ってたより大きな町だ。もう着いたのか?」
「そうね、あれがウィンデルの町。一応町長には師匠から伝書鳥で連絡が行ってるはずだけど……」
その時、空の色を見上げてユリウスが言った。
「もうすぐ日が暮れる。門が閉じられる前に町に入ろう」
四人は再び馬を進め、峠を下り始めた。
町の門では門番にギルドタグを見せると、簡単な確認だけで中へ通された。特に怪しまれる様子もない。
どうやらこの町では冒険者の出入りは珍しくないらしい。三国を結ぶ街道の中継地点という立地もあり、宿泊のために立ち寄る者も多いのだという。
門番に町長の家の場所を聞き、四人はそのまま市街地の中心へ向かった。
川沿いに密集した家々の中に、その家はあった。
扉を叩いて家令に事情を伝えると、どうやらファイフからの連絡はきちんと届いていたらしく、すぐに中へ通される。
玄関をくぐった瞬間、勢いよく現れた男が、ものすごい速度で近づいてきた。
「ファイフ様から伺ってます!ようこそ来てくださいました!」
犬系獣人の30代ぐらいの男性だった。茶色い毛並みの尻尾が背後でぶんぶんと振られている。本人の元気さがそのまま尻尾に表れているようだった。
「しばらくはこの町に滞在されるとか!宿についてもご安心ください!僕が所有している物件のひとつをお貸ししますので!」
ぐいっと詰め寄られ、ユリウスが一瞬わずかに身を引く。
「……あの、町長で間違いないだろうか?」
その問いに男ははっとしたように姿勢を正した。
「あぁ!僕とした事が!失礼しました!この町の町長をしています、トリバー・ゴルデンです!よろしくお願いします!」
勢いはそのままに、深く頭を下げる。
四人もそれぞれ名乗ると、トリバーは待ってましたと言わんばかりに再び元気を取り戻した。
「では早速ご案内します!」
そのまま半ば引っ張るような勢いで外へ案内される。
市街地から少し離れた川沿いの場所に、その建物はあった。
二階建ての比較的大きな家だった。町の中心から少し外れているため、周囲は静かだ。川の水音だけが穏やかに響いている。
「こちらですね!四名様ならそれぞれ部屋もありますので、ゆっくりしていただけるかと!風呂とトイレ、キッチンは共同になりますがご容赦ください!あ、こちらこの家の鍵です!」
そう言って、ユリウスへ鍵を手渡す。
「ファイフ様からはくれぐれもよろしくと仰せつかっておりますので、その他不便がございましたらいつでも言ってください!あ、乗ってこられた我が主のスレイプニルは僕が責任持ってお預かりしますのでご安心ください!」
「……あぁ。ありがとう。助かった」
「いえいえ!」
ふとユリウスが思い出したように言った。
「あとすまないが聞きたい事があるのだが……」
「はい!なんでしょうか!」
「この町ではどういう人物が町に出入りしているか把握をされているだろうか?」
トリバーは胸を張った。
「はい!記帳漏れは無いと思っておりますが、一応ガルディア連合国の玄関口の一つと自負してますので!」
「もし良かったら記帳を見せて貰うことは可能だろうか?」
「もちろんです!明日までに各門番に伝えておきますので、どうぞ存分に調査に役立ててください!」
「協力感謝する」
その言葉に、トリバーの表情が一瞬だけ真剣になる。
「当然です!ガルディアの民として、町長として、子どもたちをさらわれる訳にはいかないので!うちはまだ被害が出て無いですが、いつそうなってもおかしくないですからね!」
「出来るだけ尽力はしよう」
「はい!よろしくお願いします!それでは、僕はこれで!」
来た時と同じ勢いのまま、トリバーは去っていった。
静かになった家の前で、しばらく誰も口を開かなかった。
ようやくリュカがぽつりと呟く。
「……なんか、すごい元気な町長だったな……」
「……ずっと喋ってたね……」
「あの人ね……昔師匠に助けられた事あるんだって……そこから師匠の事、主と仰いでるって聞いたよ……」
「そういえば我が主とか言ってた気がするな……」
リュカはなんとなく遠い目になった。なるほど、ファイフの知り合いだ。妙に納得してしまう自分がいた。
気付けば、町のあちこちで灯りが点き始めていた。
四人は鍵を開け、家の中へ入る。
玄関を抜けると、広めのリビングダイニングキッチンが広がっていた。部屋の端には二階へ上がる階段があり、その横にトイレと、脱衣所と風呂場へ続く扉がある。
階段を上がると、廊下の両側に部屋が並んでいた。
扉を開けてみると、どの部屋も似たような造りだ。シンプルなベッド、机と椅子、小さなクローゼット。長期滞在にも困らなそうな最低限の家具が揃っている。
ただ一番奥の部屋だけは少し様子が違っていた。広さも家具の質も、他の部屋より明らかに良い。おそらく主寝室なのだろう。
四人は顔を見合わせ、そこは使わないことに決めた。
それぞれ別の部屋へ荷物を置き、再びリビングへと集まる。
椅子に腰を下ろしたユリウスが口を開いた。
「明日からは本格的に調査を始めるが、今の時点で何か気づいたことはないか?」
少し考えてから、ライラが言う。
「そうねぇ……ここまで町を歩いてて、子どもを見る機会が少なかったように感じたわね」
「そういえばそうだな」
「ここの立地的に外からの出入りが多い場所ってのもあるから、普段から警戒してるってだけかもしれないけど」
ユリウスは腕を組む。
「神隠し自体は市街地で発生してる訳では無いが、やはり大人も慎重になっているのだろうな……。まずは各門の記帳の確認と、町で何か話を聞ければいいが……」
その時だった。ライラが突然顔を上げる。
「……あ!」
何か思いついたらしい。口元に少しだけ悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「町で話を聞くならいい方法があるよ!明日は準備してくるから、みんなは記帳の確認をお願い出来る?」
トリバー町長のモデルはあの犬です。名前そのまんま(笑)(ゴールデン○トリーバー)
行動派のライラ姐さんです。




