41話 北の辺境へ
朝からトラブルはあったものの、四人の足取りはどこか落ち着いていた。目的はただ一つ、神隠しの情報を集めること。市場の一角、交易商人が多く集まる通りを中心に、被害のあった領と取引をしている商人達を訪ね歩いていく。
結果として得られた話は、どれも大きくは変わらなかった。
北の領では、ここ数年の間に複数の辺境の村で子供の失踪が続いているという。村から消えるのが1人ずつということもあって、最初の方は周辺の村には相手にされていなかったそうだ。それぞれの村でも同じような失踪が増えるにつれ、大人達は次第に神経質になり、夜になると家の戸を固く閉ざすようになった。現在では辺境の村全体が張り詰めた空気に包まれているらしい。
一方、東の領でも似たような話があった。実際に被害者の家族から直接話を聞いたという商人は、腕を組みながら低い声で語った。
農作業中の親は皆、急に眠くなって動けなくなり、気が付いた時には手伝っていた子供だけがまるで煙のように痕跡もなく消えてしまっていた。
女将から聞いた話とほとんど同じだ。
しかし話を聞く中で、もう一つ気になる共通点があった。
北の領では、神隠しが北西側から徐々に北東へと移っている。東の領では、南東から北東へ。
つまり両方とも、北東へ向かうように事件が進んでいる。
商人達への聞き込みを終え、四人はギルドへ向かって歩いていた。
しばらく無言で歩いていたユリウスが、ふと口を開く。
「おおよそ次に起きる可能性がある村へ向かった方が、何かしら手がかりを掴めるかもしれないがどう思う?」
考えながら歩いていたリュカは、ゆっくりと頷く。
「あくまで可能性だけどな。次に起きるなら……三国のちょうど境界に近い村、か」
「前回の神隠しが約二ヶ月前、その前は四ヶ月前、さらにその前が六ヶ月前。随分と分かりやすい間隔だな」
「二ヶ月経つと、少し警戒が緩む時期だからって感じがする」
リュカの言葉に、ユリウスは静かに頷いた。
「それが狙いだろ」
人の気の緩みを待つような周期。まるで、獲物を観察している捕食者のようだ。嫌な想像が脳裏をよぎる。
だが今は、考えすぎても意味はない。
ライラが少し顎に手を当てながら言った。
「三国との境界に近い村か……じゃあ北の領にあるウィンデルかしらね」
「どっちみち手がかりはほぼ無い状態なんだ。そこから調査を始めよう」
ユリウスの言葉に、三人は同時に頷いた。
まずは、そこへ行くしかない。
ギルドに入ると、受付の奥に見覚えのある姿があった。
腕を組んで待っていたファイフが、こちらに気付いて軽く手を上げる。
「準備出来てるよ。すぐに出るのかい?」
「あぁ。北領にあるウィンデルへまずは行ってみようと思う」
「分かった。先にそっちには連絡しておこう。ライラ、何か進展があれば伝書鳥を飛ばすんだよ」
「わかったわ」
そう言ってファイフが連れてきた馬を見た瞬間、リュカは思わず目を見張った。
黒い巨体、そして――脚が八本。スレイプニルだ。
噂には聞いていたが、これほどの大きさとは思わなかった。
「おぉ……実物は初めて見たけどデカいな」
「そんなに気性は荒くない子達だよ。馬力もあるしスタミナもあるから二人乗っても速く走れる」
「それは助かる」
リュカとユリウスはそれぞれ馬に跨ると、高い位置から手を差し伸べた。
「鐙に足をかけて、そのまま俺の前に乗って」
セラフィナは小さく頷き、鐙に足をかける。そっとリュカへ手を伸ばした。
「引き上げるよ」
手を掴んで軽く力を入れる。思ったよりも軽い体が、ふわりと浮いた。そのまま、セラフィナを自分の前へ横乗りで座らせる。
「……わっ……思ってたより高い……」
目を丸くして周囲を見回している。怖がるかと思ったが、むしろ少し楽しそうだった。
「高さにビビる人もいるんだけど、セラフィナは平気そうだな。良かった」
「……自分でも高いとこ浮くし、結構平気」
「そういやそうだ」
セラフィナは嬉しそうに馬のたてがみを撫でていた。
その姿を見ていると、なんだか周囲の空気まで柔らかくなるような気がする。不思議な雰囲気だ。
「じゃあ動かすけど、もし怖かったら俺に捕まってていいから」
セラフィナは小さく頷いた。
リュカが軽く手綱を引くと、スレイプニルがゆっくりと歩き出す。その瞬間、ぐらりと揺れた。
「……!」
バランスを崩したセラフィナが、リュカの方へよろける。
「……!結構揺れるね……」
「慣れるまではどうしてもな……よし、ちょっと待って」
魔法鞄から毛布を取り出し、半分に折って、そっとセラフィナにかけた。
「あんまり触れないようにはするけど、どうしても安定させるには抱えるような感じになるから……それかけといて」
言いながら、少し視線を逸らす。自分でも、何をそんなに意識しているのか分からない。
だが――近い。馬上なんでこれ以上どうしようもないがとにかく近い。
セラフィナは少し恥ずかしそうに毛布を前で合わせた。
「……ありがと。借りるね」
その仕草を見た瞬間、ふと口に出してしまいそうになった言葉を慌てて飲み込む。
(……あー……かわ……いやいや……これ結構ヤバいんじゃあ……)
何を考えているんだ、任務中だぞ。ただの移動なんだからそんなことを考えている場合じゃない。
「じゃあ出発しよう」
ユリウスの声に、リュカは小さく頷いた。
「……あぁ」
スレイプニルが地面を蹴る。速度が上がると、揺れも一気に強くなった。
あまりの揺れに周りを見る余裕もないセラフィナは、必死にリュカの胸元にしがみついている。
昨日、ライラと笑っていた話が見事に現実になっていた。
横を走るユリウスの馬でも、同じような光景が繰り広げられていた。普段あれだけ俊敏に動けるライラが、必死にユリウスにしがみついている。
しばらく走ったところで、ついにライラが叫んだ。
「マジで!ちょっと!早いけど休憩させてぇえ!」
馬を止める。しがみついたままぼーっとしているセラフィナを見て声をかけた。
「……大丈夫か?」
声をかけると、はっとしたように身体を離す。
「…………あっ!ご……ごめんね……」
「とりあえず休憩しよう」
リュカはひらりと地面に降りて上へ手を差し出す。セラフィナはその手をそっと掴み、地面へ降りた。
「え、馬ってこんな速いの?なんか想像と違った……」
「スレイプニルだからな。通常より速いはずだぞ」
「……風が直接当たるから余計なのかしら。次は後ろに乗るわ……」
「……私もそうする……」
二人は揃ってぐったりしていた。
少し休憩した後、再び馬に乗る。今度は、セラフィナがリュカの後ろに乗った。
「……後ろなら、結構捕まっとかないとだけど……大丈夫か?」
「……うん。大丈夫……多分……」
セラフィナの手が脇腹ら辺を掴むが、リュカはその手をそっと外し、自分の腹の前で手を組ませた。
結果としてほとんどリュカに抱きつくような形になる。背中に柔らかい感触が伝わってきた。思わず、耳まで熱くなる。
「……このぐらい腕回しとかないと落ちるから」
前を向いたまま、そう言うのが精一杯だった。
リュカは馬に乗れるが故に別の事に意識がいってしまうという。




