38話 食堂のひと時
日が沈み、四人がギルドを出る頃にはフェンリスの街はすっかり夜の顔に変わっていた。街道の両脇に立つ街灯が、ぽつぽつと灯り始めている。
だが普通の街とは違う。灯る光の色がばらばらだった。
白、赤、青、緑、黄色、橙。
夜の街並みに色とりどりの光が浮かび上がり、まるで祭りでも始まる前のような不思議な景色になっている。
リュカは思わず足を止めて周囲を見渡した。
「昼もカラフルだったけど、夜は夜で派手だな。この街は」
感心したように呟くと、ライラが得意げに振り返る。
「初めて見るとそう思うかー!あれはね、街灯の色でお店を表してるの。看板代わりってとこね。文字が読めない人向けなのよ」
「へぇー。考えられてるんだな」
「ちなみに一番多い白い街灯は酒場や食堂とかの食べ物関連の店。赤は鍛冶屋や武器屋、青は薬屋、緑が診療所、黄色は道具屋、橙は宿屋って感じ」
リュカは空を見上げるように街灯を見回す。
「なんとなく分かる気がするな」
説明を聞きながら歩いていくと、確かに街の区画ごとに色の偏りがあるのが分かる。昼とは違う、夜だけの地図のようだった。
やがてライラが足を止める。白い街灯の下に木製の小さな看板がぶら下がっている。“まんぷく亭”と丸みを帯びた字で書かれていた。
「ここここ!昔よく来てた食堂!」
ライラは迷いなく扉を開けた。
「こんばんはー!四人なんだけど空いてる?」
元気な声が店内に響く。
すると奥から顔を出したのは、丸い耳とふさふさの尻尾を持つタヌキ系の獣人の女将だった。
「はいよー!四名さんね……ってあんた!ライラじゃないか!?」
注文を聞きに出てきた彼女は、ライラの顔を見るなり目を見開く。
「おばちゃん久しぶり!」
ライラはひらりと手を上げて挨拶をした次の瞬間、女将が飛びついた。
「まぁまぁまぁ!こんな男前二人とべっぴんさん連れてぇ!よく帰って来たねぇ!」
ぎゅうっと抱きしめられ、ライラは少しよろけながら笑う。
「おばちゃんのご飯、久しぶりだから楽しみ!あ、おまかせ定食食べたい!」
案内された席に四人が座ると、店内の様子がよく見えた。
木の梁と板張りの床。温かみのある小さな食堂で、酒場ほど騒がしくはない。客層も若く、まだ冒険者になったばかりのような者たちが多いようだった。
ライラは懐かしそうに店内を見回す。
「ここはねー、私がフェンリスギルドに十歳の時登録して下働きしてた時からお世話になってたんだ」
すると女将が、くすっと笑いながら頬に手を当てる。
「ホントこの子ったらファイフさんにしごかれてねぇ。ボロボロ泣きながら皿洗ってたのも懐かしいわねぇ」
「もー!恥ずかしいからそれは言わないで!」
ライラが慌てて手を振る。女将は豪快に笑った。
「あっははは!ちょっと待ってな!おまかせ定食ねー!」
そのまま厨房へと消えていく。リュカは感心したように呟いた。
「仲良いんだなぁ。すげーパワフルな女将さんだ」
ライラは少し肩をすくめる。
「……新人の頃はさ、お金ないじゃん。おばちゃんの所は安くていっぱい食べれるからすごい助かってた。お手伝いすると賄いもらえたりしてさ」
それを聞いたユリウスが静かに頷いた。
「ライラの原点という訳だな。納得だ」
しばらくして、厨房から勢いよく皿が運ばれてきた。
「はいお待たせ!うちの特製おまかせ定食だよ!」
目の前に置かれた皿を見て、リュカの目が輝く。
山盛りのサラダの上に、1口サイズに切り分けられたこんがりきつね色に揚がった鶏肉。その上には照りのある香ばしいソースがたっぷりかかり、更に卵サラダのような濃厚なソースが乗っている。隣には炊き立てのライマイ、そしてネギの香りがする温かいスープがついていた。
「めっちゃ美味そう!!」
思わず身を乗り出すリュカに、女将が得意げに笑った。
「うちの一番人気の定食だよ!ゆっくりしていきなー!」
そう言って厨房へ戻っていく。
四人はそれぞれフォークを手に取った。一口食べた瞬間、ライラが目を細める。
「うーんこれこれ!やっぱ美味しいわぁ……」
リュカとユリウス、そしてセラフィナは、初めて食べる揚げ物料理にすっかり夢中になっていた。
やがて食事も終盤に差し掛かった頃、リュカの横から小さな声が聞こえる。
「……いっぱいあって食べきれない……どうしよう……」
セラフィナがしょんぼりと呟いていた。皿の上には、まだ三分の一ほどの鶏肉が残っている。
それを見たリュカがすぐ横から顔を出す。
「え、じゃあ俺貰ってもいい?」
セラフィナはこくこくと頷き、皿をリュカの方へ寄せた。
「ごめんね……」
「まだ入るから全然大丈夫。かなりボリュームあったもんな!」
リュカはフォークで鶏肉を刺しながら笑う。
すると女将がニコニコと笑いながら温かいお茶を持ってやってきた。
「あらあら、どえらいべっぴんさんにも男前二人と同じ量出しちゃったわぁ。ごめんなさいねぇ」
「!いえ、すごく美味しかったです……」
セラフィナは顔を赤くして俯く。女将は目を細めた。
「まぁまぁ、本当に可愛らしいお嬢さんだわぁ!ライラと上手くやれてる?この子ったら勢いだけはあるもんだから」
「勢いだけじゃないしー!」
ライラが抗議し、店内に軽い笑いが広がった。
その空気が少し落ち着いた頃、ユリウスが静かに手を挙げる。
「女将、すまないが聞きたい事があるんだが……」
「あらあら、何かしら?」
「最近、子供達の神隠しが続いていると噂になっているが、その事について何か、噂でもなんでも聞いた事はあるか?」
女将は少し考えるように顎に指先を当てた。
「……あぁ、北の方の領と取引のある商人がなんか言ってたねぇ」
四人の視線が集まる。
「それはどんな?」
「なんでも、親子が山に入って木の実採集をしてた時に急激に眠気が襲ってきて、目が覚めたら子供だけ忽然と消えていた、とかなんとか」
リュカの表情がわずかに引き締まった。
「探しても野獣の痕跡とかも何も無くて、見つかってないって……一体何があったのかしらね……早く見つかるといいんだけど」
「そうか……ありがとう」
ユリウスが礼を言うと、女将はぱっと表情を明るくした。
「いいのよー!それにしても本当にあなた美丈夫ねぇ!そっちの黒髪の子も可愛らしいわぁ!おばさんが後三十年若けりゃアピールするところなのに残念ね!」
豪快に笑いながら、他の客の方へお茶を運びに行ってしまう。
その背中を見送りながらリュカが呟いた。
「……なんか、面白い人だな」
「……なんかごめん」
ライラが苦笑する。ユリウスは真顔のまま頷いた。
「……ライラが歳を重ねるとああなるような気がするな」
次の瞬間、ライラの拳がユリウスの肩に叩き込まれた。
「え?なんで?」
当のユリウスは首を傾げている。
「……ダメージないのが腹立つ……」
ライラは口を尖らせてぷいっと横を向いた。
その様子を見て、リュカとセラフィナは顔を見合わせ、二人は同時に、小さく笑った。
ライラの原点は師匠と女将。




