31話後編 居場所
「……」
ライラのフォークの先がこちらを指した瞬間、リュカは一瞬だけ目を見開いた。
だがそれもほんのわずかな時間で、すぐにいつもの表情に戻る。
「……言いたくない事あるって分かってるけどさ。冒険者なんてワケありばっかだし?」
ライラは軽い調子のまま、ガレットの上に乗っているイチゴにフォークを刺した。
「リュカ、前言ってたでしょ? “迷惑かける事になるかも”って」
そのままイチゴを口に運び、咀嚼してから言葉を続ける。
「もしリュカの言ってる迷惑かける事が起こった時、何も知らなくて、何も出来なかった、なんて嫌だもの」
フォークを皿の縁に置き、こちらを見る。
「全部話して欲しいんじゃなくてさ、話せる事でいいから共有して欲しいだけ」
少し肩をすくめて笑う。
「私だけじゃなくて、セラフィナもユリウスもそう思ってると思うなー」
ライラの視線に釣られるように、二人を見る。
ユリウスは静かに頷いた。
「そうだな」
セラフィナもこくりと頷く。
「……リュカ、私に言ってくれたよ? しんどい事、分けていこうって……」
三人の視線が集まる。逃げ場はどこにもない。
リュカはゆっくりと天井を仰いで目を閉じる。酒場のざわめきが遠くで揺れているように聞こえる。
しばらく黙ったまま、頭の中で何かを探る。やがて大きく息を吐き、目を開いた。
「……はぁ……そうだよな」
苦笑がこぼれる。
「うん。ちょーっと暗い話だけど言っておくわ」
グラスを指先で回しながら、視線を落とした。
「……俺さ、物心ついた頃から戦場が居場所だったんだけど……」
言葉を選ぶようにゆっくり語る。
「後方支援部隊から医療班、最後にいたのは最前線だった。……ある時なんか、しんどくなっちゃってさ。前線から逃げた」
ふっと息が漏れる。まるで他人事のように淡々とした言い方だった。
「……完全に軍規違反だよ。懲罰ものだ。下手すりゃ処刑もありうる」
リュカはグラスに残っていたワインを一気に飲み干した。喉を通る熱さが、妙に現実感を強くする。
「だから……もしかするとその事でみんなに害があるかもしれない……」
俯いていた顔を上げて三人をまっすぐ見た。
「そうなったら……迷わず俺の事は切り捨ててくれ」
言い終えた瞬間、空気が少しだけ止まった気がした。
ライラが呆れたような声を上げる。
「……そんな所だけ覚悟ガンギマリなのね、あんた……」
「それは約束出来ない、とだけ言っておくぞ」
「……そんな事、しない……」
ユリウスとセラフィナからは否定の言葉が返ってくるだけだった。
――――
「……っ」
息が詰まった。…声が出ない。
喉の奥がぐっと締めつけられている。
三人と出会ってからはこういう事が増えた。感情が勝手に揺れる……前なら抑えるのはもっと簡単だったはずなんだ。
常に感情は一定に保ち、心は何も揺らさない。
それが生き延びるための方法の一つだったのに。
目が熱い。
胸が苦しい。
俺は大丈夫だからって、そう言わなきゃいけないのに……喉が開かなくて声が出てこない。
……俺みたいな逃亡者に、居場所なんて出来ないと思ってたのに。
「リュカ」
ユリウスが笑った。
「お前がどんな経歴だろうが、俺が出会ったのは最初から冒険者のお前だ」
その言葉に俺の思考が止まる。
それはかつて、自分がユリウスに言った言葉と同じだった。
「俺の選んだパーティメンバーなんだから、何があろうが絶対切り捨てたりしない」
「お前が望んでも望まなくても、ここがお前の居場所だ」
真っ直ぐな声だった。その言葉は変に飾られていない。
ただ真っ直ぐで、ここにいていいとはっきり伝えてくる。
じわじわと胸の奥に染み込んで、どこかひび割れて乾いていた所に、水が落ちるみたいに入っていくようだった。
頬に何かが伝う感触があった。思わず手を当てる……湿っている。
……涙?
え、俺泣いてんの?
慌てて俯く。
涙なんて、いつ流したのか思い出せない。忘れていた感情を、少しずつ思い出しているみたいだった。
“本当に……ここにいていいのか?”
胸の奥で、別の声がそう叫んでる。
…………ここにいたいに決まってる。
迷惑をかけるかもしれなくても……みんなといたい。
その時だった。袖が小さく引っ張られる。同時に、頭に手が乗った。
次の瞬間、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられる。乱暴だけど、どこか遠慮のない撫で方。
俺は顔を上げた。
「ホント、あんたも馬鹿なんだから」
ライラが呆れた顔で笑っていた。
横を見ると、セラフィナが袖を摘んでいた。少しだけ手が震えているのが見えた。
「……大丈夫」
柔らかい声だった。
「みんな、一緒にいよう?」
優しく笑っている。けど、セラフィナ自ら人に触れるなんてどれだけ勇気がいったんだろう……
セラフィナの赤い瞳を見た瞬間、胸の奥がまたじんわりと熱くなった。
「…………ホント、みんな……いいやつだなぁ……」
声が震えてそれしか言葉が出てこなかった。口元に自然と笑みが浮かぶ。
「ありがとな……」
心からそう言えた。
もし、俺の過去がみんなに降り掛かって来るなら。
その時は、俺がちゃんと蹴りを付けて……全力で払いのければいい。
俺の居場所をくれたみんなを必ず守っていく。
そう胸の奥で、静かに決心が固まった。
実は一番心を閉ざしていたのはリュカでした。
まだ詳細を話す勇気は出ないんだって事はみんななんとなく察してる。
閑話的な話はここまでです。次回から本格的に2章が始まりますので、よろしくお願いします!




