閑話 グランスロット兄弟の密談②
お兄ちゃんの考察は続きます。
サイレスは手元の報告書から顔を上げ、少し考えるように言った。
「……故郷が無くなったと言っていたな」
腕を組みながら視線を天井へ向ける。
「辺境の村で、近年無くなった所があったか?」
「近年ではないが、一番最近なら十年前。北のエルミア領、リーヴェル村だな」
サイレスの問いにトールはすぐに答えた。書類をめくる手を止めず、淡々と口を開く。
その名前を聞き、セリオンがゆっくり椅子の背にもたれた。
「山間の辺境すぎてね。壊滅した村の発見が、随分と遅れた所だ」
遠い記憶を辿るように視線を宙へ漂わせる。
「エルミアのハーヴェイ伯が、陛下の御前で随分顔色が悪かったのを覚えているよ」
「……おそらく彼女は、リーヴェル村の生き残りだ」
相変わらず笑みは浮かんでいたが、その声はどこか暗さを含んだものだった。
サイレスは再び報告書へ目を落とし、視線を走らせる。
「……四属性魔法を操る魔法使いか。ここを見るだけでも規格外と分かるが……中級冒険者」
視線が止まる。
「あぁ、パーティでの実績無し、これか。大人しそうなお嬢さんだったからなぁ。………!後衛の魔法使いが単独で四十五階層以上を踏破してるのか」
感心したように、ゆっくり頷いた。
「“影”からの報告ではユリウス達と指名依頼でパーティを組むまで、誰とも関わろうとしなかったそうです」
トールが眼鏡の位置を指で押し上げる。
「ギルドでは、マイアが受付の時だけ依頼を受けていたと。仕事は丁寧で、達成率も高評価。……ただ」
そこで少し言葉を区切った。視線が一行に留まる。
「先日、リュカとギルドの訓練所での最中、魔力暴走の兆候が見られたとの報告があります。リュカが抑え、大事には至らなかったと」
サイレスが眉を寄せる。その話を聞きながら、セリオンはこめかみに人差し指を当てる。
「ふぅん……魔力暴走、ね」
少しだけ考え込むような仕草をした後、顔を上げた。
「トール」
「はい」
「レンティスは今、エルミア領に派遣されていたね?」
「えぇ。……何をさせる気です?」
わずかに目を細める。セリオンは軽く肩をすくめた。
「うん、ちょっとね。まだ確信は持てないから、もう少し情報が欲しい」
あっさりした口調だった。トールは小さくため息をつく。
「はぁ……分かりました……連絡しておきます」
セリオンは柔らかく笑った。
「ありがとう」
サイレスが腕を組み直す。
「セラフィナに何か問題があるのか?セリ兄」
視線をセリオンへ向けると彼は首を横に振った。
「いや、セラフィナさん自身は、特に問題は無いだろうね。人に怯えてはいるが、根はいい子だよ」
少しだけ笑みを深め、机の上で手を組んだ。
「……まぁ、ユリウスが受け入れている時点で、みんな合格なんだけどねぇ」
楽しそうな声色でそう言った。
「違いないですね」
トールがセリオンの言葉に静かに頷いた。
「ユリウスがあんなにセリ兄に怒ってたの、初めてなんじゃないか?成長したよなぁ……」
壁にもたれたまま腕を組みしみじみとサイレスは笑う。
「特にリュカ君はね、あの子に良い影響を与えてくれているようだから……私たちも出来る限りは手助けをしてあげよう」
そう言ったセリオンを見てトールが苦笑する。
「ユリウスが嫌がりそうですね」
「うん。でもそのうち、うちの力が必要な時が来るさ」
セリオンは目を細めてそう言った。その声音には、ほんの少しだけ含みがあるように感じる。
「……そのうち?」
サイレスが首を傾げる。セリオンは更に目を細めて笑った。
「うん。……そのうち、ね」
その笑みを見た瞬間、サイレスが顔をしかめる。
「うわぁ……セリ兄がこういう時、だいたい何か起こるんだよな……怖……」
サイレスが身震いし小さく息を吐く。その肩に手が置かれた。
「……諦めろ。……我々はセリオン兄様の補佐なのだからな」
「分かってるけどさぁ……」
サイレスは肩を落とし項垂れ、ふと思い出したように呟く。
「つくづく思うけどさ、父様と母様が裏に引っ込んだ理由も分かる気がするよ」
その言葉にセリオンが即座に反応した。
「やだなぁ、追い出したみたいに言わないでくれるかな?」
にこやかに笑い、組んだ手に顎を乗せた。
「あくまで私は領主代理だよ?」
トールは無言で眼鏡を押し上げ、サイレスは半分呆れた顔で天井を見上げる。
そんな三人のやり取りを残したまま、執務室の灯りはまだ消えない。
グランスロット家の夜は、静かに更けていった。
底知れぬグランスロット家のお兄ちゃんのお話でした。
一番怖いタイプの領主様(代理)。




