閑話 グランスロット兄弟の密談①
お兄ちゃんの考察タイム。
四人が領主館を去った後、夜もすっかり深まり屋敷の廊下は静けさに包まれていた。
その奥にある執務室では、まだ灯りが落ちていない。重厚な机の前に、グランスロット家の三兄弟が集まっていた。
椅子にゆったりと腰掛けているのは長兄のセリオン。
その向かいに立つトールは、手元の書類に目を落としている。
セリオンの右側にある窓際の壁に背を預けているのが三男のサイレスだった。
机の上には紅茶のカップと、数枚の報告書。灯りに照らされた書類の影が静かに揺れている。
「……サイレス、どう思った?」
セリオンが椅子に背を預けたまま柔らかな笑みを浮かベ、視線を弟へ向ける。 サイレスは腕を組み、少し考えてから答えた。
「……そうだな。三人とも敵意は感じなかった」
「うん。そうだね」
セリオンが軽く頷く。サイレスは顎に手を添え、思考を巡らせながら言葉を続けた。
「俺の印象に残ったのはリュカだな。…アレはやはりアストレアの軍に所属していたのだろう」
視線が机の上の書類へ落ちる。
「身のこなし、セリ兄への受け答え。肝の座り方が軍人のそれだ。……相当修羅場をくぐってるぞ」
少し目を細めた。
その言葉に、セリオンは腕を組んだまま笑みを崩さない。
「あの国はとにかく周辺諸国との戦争が絶えないところだからねぇ」
視線を天井へ向ける。
「……きな臭い噂も聞くし」
するとトールが、書類をめくりながら静かに口を挟んだ。
「しかし、かの国の密偵という線は今のところ無しですね」
サイレスが眉を上げる。
「なんでそう言い切れるんだよ、トール兄」
「はぁ……」
トールは小さくため息をつき指で書類を軽く叩く。
「言っていたでしょう、“ここが一番遠い国だった”と。リュカはおそらく戦線からの逃亡者です」
「うん。リュカ君の認識はそれで合ってる」
セリオンが椅子の背にもたれながら続ける。
「うちの“影”からの報告でも、半年前ここに来てからの行動は宿とギルドの往復ばかりだったようだから」
トールが報告書を目で追いながら補足する。
「ギルドへ直談判して開いていた、ダンジョン前の診療所は評判も概ね好評」
「ヒーラーとしても一流。上級冒険者としても、はぐれが出た際にキメラを一撃で倒すほどの戦闘力」
「怪我人も戦闘の最中、片手間で治していたとの目撃情報があります」
その内容を聞き、サイレスが小さく唸った。
「……不死の騎士団と言われるアストレアの聖白騎士団所属だったのか?」
腕を組み直す。
「噂には聞いていたが…凄まじいな」
「戦場は過酷だからね」
セリオンは少しだけ視線を伏せた。静かな声だった。
「……今日会ってみて確信したよ。リュカ君は人が良すぎるんだ。……あれでは、あの騎士団にいるのはしんどかったろうな」
その言葉はどこか柔らかかった。短い沈黙が落ちる。
「……まぁ、ユリウスがあんなに懐いてる男が悪いことをするような奴じゃないか」
サイレスはそう言って何度も頷いた。それを聞いてトールが呆れたように言う。
「お前は雑だな」
「トール兄が細かいんだよ」
そのやり取りを見てセリオンがくすりと笑う。
「まぁ実際そうだよ。あの子は悪意に対しての勘がいい。だからこそ、今まで誰とも組まなかったんだから」
「女性たちはどうだった?」
セリオンがサイレスに笑みを浮かべながら尋ねると、少し考えサイレスは真面目な顔で答えた。
「……二人とも綺麗な女性だったな」
一瞬、静まり返る執務室だったが、トールが即座に突っ込んだ。
「馬鹿か。そういうことを聞いているんじゃない」
サイレスは眉をしかめ、言葉を探すように頭をかく。
「いや、分かってるけど……セリ兄に萎縮しちゃってて、あまり喋らなかったし……」
するとトールが報告書を差し出した。
「……これを見ろ」
サイレスはそれを覗き込みながら言葉を続ける。
「……ライラは優秀な斥候であり教育者だな」
報告書を目で追う。
「彼女が新人や下級冒険者の面倒をよく見ていることも、生存率の底上げを手伝っているように感じる」
「上級冒険者のパーティにも助っ人として参加しても引けを取らないようだし……なぜこれまで中級冒険者だったのかが分からんな」
サイレスは首を捻り眉を寄せると、トールが指で報告書の一行を示した。
「面倒見が良すぎるのが難点、といったところか」
淡々とした口調だった。
「実際、異変が起こる前までの四十階層以上を単独で潜れる実力はあるんだ」
セリオンが腕を組みながら頷く。
「うん。ライラさんは今までちょっともったいなかったね。これからもっと伸びてくるだろう」
静かに笑い視線を窓の外へ向けた。
「……うちの私兵にも何人かガルディア出身がいるけど、みんな優秀だ。本当にあの国は人材が豊富だなぁ。羨ましいよ」
「あの国の獣人は、己の主と決めた人物に忠誠を誓う者が多いですから。うちにももう少し引き入れたいところです」
トールは書類を閉じ、軽く肩をすくめた。
「……うちの部隊のガルディア出身者は、皆セリオン兄様の信奉者ですし」
セリオンが眉を寄せ、嫌そうな顔で手を振る。
「信奉者じゃないよ。せめて支持者。宗教みたいに言わないでくれ」
トールは肩をすくめるだけだった。
そしてセリオンが視線をサイレスへ向ける。
「最後、セラフィナさんについては何か感じたかい?」
人からの評価と自己評価の違い。




