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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
1.5章 閑話のような
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30話中編 領主館

「冷めないうちにどうぞ」

 そう言って、セリオンは優雅な仕草でカップを持ち上げた。白磁のカップから立ち上る紅茶の香りが、静かな応接室にふわりと広がる。

 勧められるまま、リュカとユリウスはカップを手に取った。

 だがライラとセラフィナは、まだ背筋をぴんと伸ばしたまま固まっている。

 目の前にいるのはこの街の領主代理。しかもユリウスの兄。

 状況の情報量が多すぎて、二人の思考は完全に処理が追いついていないようだった。

 そんな様子を眺めながら、セリオンがふと視線を向ける。

「リュカ君は前から知っていたとしても、随分落ち着いているね?」

 柔らかな笑み。だがその瞳は、わずかに細められていた。

「慣れているのかな?」

 探るような視線。

 リュカはほんの一瞬だけ間を置き、カップを静かにソーサーへ戻す。

「いえ……慣れているわけではないですが……」

 曖昧な返答だった。

 そのやり取りを見ていたユリウスが、すぐに口を挟む。

「セリオン兄様。試すようなことはやめてください」

 眉間に皺を寄せ、不満を交えた声だった。するとセリオンは、楽しそうに肩をすくめた。

「ははっ、ごめんごめん。ついね!」

 軽い口調でそう言いながら、また紅茶を口に運ぶ。まるで何事もなかったかのような自然さだった。

「さて、今日は呼び出してすまなかったね」

そしてカップを置き、改めて四人を見渡す。

「ユリウスがパーティを組んだと聞いて、どうしても会ってみたくなってね。来てもらったんだ」

 優しい声色で柔らかな笑みを浮かべる。

 それは確かに穏やかな表情だったのだが、あまりにも整った顔立ちと、洗練された立ち振る舞いのせいで、どこか神々しいほどの雰囲気がある。

 ライラとセラフィナは、思わず言葉を失っていた。

 

 すると背後に立っていた、眼鏡をかけた細身の男が静かに口を開く。

「……兄様」

 穏やかな声だったが、どこか呆れを含んでいる。

「耐性のない冒険者に、そのように笑うのはおすすめしません」

 そう言って、わずかに首を横に振った。セリオンが小さく眉を下げる。

「おや、困ったな。うちの可愛いユリウスが選んだパーティだから大丈夫だと思ったんだが」

 その言葉に、眼鏡の男は一歩前に出る。

「一旦黙っていていただけますか?」

 穏やかな声だったが、はっきりとした制止だった。

「失礼しました、ご挨拶がまだでしたね」

 眼鏡の男は四人に向き直り軽く会釈をし、穏やかに続ける。

「……あ、そのままで結構ですよ。立たなくて大丈夫です」

 ライラとセラフィナが慌てて腰を浮かしかけたのを見て、そう付け加えた。

 

「私はトール。ユリウスの二番目の兄です」

 

 さらりとした自己紹介だった。そして視線を後ろへ向ける。

「あっちにいるデカいのが……」

 すると背の高い男が一歩前に出た。広い肩幅、腰には剣、無駄のない体つき。まさに武人といった風格だった。

 

「ユリウスの三番目の兄でサイレスだ。よろしく」

 

 低く落ち着いた声でそう言い、小さく頭を下げる。よく見ると、目元や顔立ちがユリウスにどことなく似ていた。

 その光景を眺めながら、ライラがぽつりと呟く。

「……みんなお兄さん……」

完全に情報の処理が追いついていない声だった。

その空気を少し和らげるように、リュカが口を開く。

「あ、ユリウスから聞いてますよ。皆さん大変優秀な方だと」

 すると三人は、それぞれどこか満更でもなさそうな顔をする。セリオンは楽しそうに目を細め、トールは苦笑し、サイレスは目を閉じ口角を上げていた。

 

「さて」

 その空気を区切るように、セリオンがカップを静かにソーサーへ置く。

 音はほとんどしない。だがその動作ひとつで、部屋の空気がわずかに引き締まった。

「挨拶は済んだね。本題に入ろう」

 穏やかな声だった。

「グスタフからの報告は聞いているけれど、君たちからも直接話を聞きたくてね」

 リュカが静かに尋ねる。

「……ダンジョンの事でしょうか?」

 するとセリオンは軽く首を振った。

「あぁ、それはもうユリウスから聞いているからいいんだ」

「……?じゃあ、なんの……」

 リュカは首を傾げた。セリオンはゆっくりと四人を見渡し小さく笑う。

「君たち自身の話だよ」

「俺たち自身、ですか?」

「そう」

 セリオンは穏やかな声で続ける。

「こういう冒険者だ、という書類上の報告はもちろん知っているよ。みんな大変優秀な冒険者だ」

 そして膝の上で手を組んだ。

「うちのお抱えにしたいくらいだよ」

 隣で、ひゅっと息を飲む音がした。ライラだった。

 セリオンは気にする様子もなく続ける。

「ただね、私はその人自身の人となりを、書類だけで判断しないことにしているんだ」

 ゆっくりと紅茶を口に含む。

「会ってみないと分からないこともある」

 その言葉の後、視線が静かにリュカへ向いた。

 

「例えば……リュカ君、君はギルドの報告とは違って随分と能力を隠しているようだ、とかね」

  

 ほんの一瞬、リュカの眉間にわずかに皺が寄る。

 セリオンは変わらない笑みのまま続けた。

「ふふっ、ユリウスもグスタフ(あのおっさん)も口が固くてねぇ……肝心なことは、全然報告してくれない。……だったら、直接会ってみるしかないだろう?」

 ずっと同じ笑みのままだった。その穏やかな表情が、逆に底知れない圧を生んでいる。

 リュカは、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 

「セリオン兄様!」

 

 突然、ユリウスが声を上げ、まっすぐセリオンを睨んでいる。

「だから俺の仲間を疑うようなことはしないでください!」

その様子を見て、セリオンは一瞬目を丸くした。

「あぁ……そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ……うん。ごめんごめん」

 その言葉とともに、室内の圧がふっと緩んだ。リュカは小さく息を吐く。

 セリオンは少し眉を下げながら続けた。

「簡単でいいから、君たちがグレイスロウに来た理由を話してくれないかい?」

 穏やかな声だった。

「そういう普通の話をしようと思っていたんだよ」

 その時だった。横から、ぽつりと声が落ちる。

「……だから言ったのですよ、セリオン兄様」

 トールだった。眼鏡の奥で目を細めながら、静かに言う。

「貴方は普通にしているだけで圧がすごいんですから、会うのはやめておけと」

 そのぼそりとした一言に、応接室の空気がわずかに揺れた。

笑顔で追い詰めるタイプの兄様。

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