30話前編 領主館
精霊魔法の検証をした日から二日後の朝。
グレイスロウ冒険者ギルドの前に、いつもの四人が集まっていた。
だが、いつもと違う点がひとつある。
ユリウスの顔だ。
普段は落ち着いた微笑みを浮かべていることの多い彼が、今日はなぜかひどく渋い顔をしていた。眉間には深い皺。視線はどこか遠くを彷徨い、まるで処刑台に向かう騎士のような沈痛な面持ちだ。
さすがにその様子を見かねたのか、ライラが腕を組みながら呆れたように口を開いた。
「……なんでそんな変な顔してんの?」
遠慮のない一言。ユリウスは一瞬だけ目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……ものすごく不本意なのだが……みんなに会わせたい人物がいてな……」
その言葉を聞いた瞬間、隣に立っていたリュカがふっと苦笑した。
「……あぁー……そういう事?」
「……そういう事だ……」
短い会話だったが、二人の間ではすべて通じたらしい。
だが事情を知らない二人にはさっぱり分からない。ライラとセラフィナが、同時に首を傾げた。
「?」
「……?」
ユリウスは気まずそうに視線を落としたまま、ゆっくりと口を開く。
「もうすぐ迎えが来るから……すまないが、着いてきてもらえないか」
そう言いながら、さらに眉間の皺が深くなる。よほど気が進まないらしい。
ライラは怪訝そうに片眉を上げた。
「まぁ別にいいけど……なんなの?」
セラフィナも不思議そうに小さく首を傾げている。
ユリウスはそれ以上説明することなく、ただ俯いて黙っていた。
しばらくすると、石畳の通りに馬車の音が近づいてきた。止まったのは、ちょうどギルドの前。
四人の視線が自然とそちらへ向く。
家紋こそ付いていないが、一目で分かる。どう見ても高級な馬車だった。磨き上げられた車体。上質な革の装備を付けた馬。御者の身なりも整っている。街の商人が使うようなものではない。
ライラが目を丸くした。
「……え、まさかこれ?」
ユリウスは小さく頷いた。
「……行こうか」
それだけ言って、先に馬車へと歩き出す。
残された三人は顔を見合わせるが、結局そのまま後に続いた。
馬車はゆっくりと走り出した。窓の外を流れていくのは、賑やかな商業街。屋台や店が並び人の往来も多い。だがやがてその景色も少しずつ変わっていく。
石畳は整えられ、建物は広く門のついた屋敷が増えていく。貴族街だ。やがて馬車は貴族街すら抜け、さらに奥へと進んでいく。
ライラが窓の外を見ながら、嫌な予感を抱いたように呟いた。
「……え、まさか……よね?」
不安そうな視線がユリウスへ向く。だが当の本人は、窓の外を見つめたまま何も答えない。
沈黙。
その態度が、何よりの答えだった。
丘を登るように石畳の道が続き、やがて視界が開けた。そこにあったのは――
グレイスロウの街を一望できる高台。そしてその中央に建つ大きな館だった。
グランスロット家の領主館。
馬車が静かに止まる。
ライラの顔色が、目に見えて悪くなった。
館へ案内された四人は、そのまま応接室へと通される。扉が閉まると、ようやくライラが小声で呟いた。
「……え、どういう事……?」
室内は豪華だった。深い色合いの絨毯。壁に掛けられた絵画。重厚な家具。そして、身体が沈み込むほど柔らかなソファー。明らかに高級品ばかりだ。
あまりの場違い感に、ライラとセラフィナは完全に萎縮していた。
ユリウスは顔を逸らしたまま小さく言う。
「……本当にすまない……」
その時、応接室の扉が開いた。
静かな足音とともに入ってきたのは、一人の男。紺色の髪を持つ、目を奪われるほど美しく整った顔立ちの青年だった。後ろには護衛と思われる男と、秘書らしき人物が控えている。
青年は四人を見渡し、柔らかく微笑んだ。
「やぁ、よく来てくれたね」
そして穏やかな声で名乗る。
「私はセリオン・アドニス・グランスロット。領主代理をしているよ」
その言葉を聞いたユリウスが、困ったような表情で口を開いた。
「……領主代理、急な呼び出しはやめてくださいとお願いしたはずです……」
するとセリオンは、くすりと笑う。
「やだなぁ、ユリウス。いつもみたいにセリオン兄様と呼んで欲しいなぁ」
にこやかな声音だった。
だがその言葉を聞いた瞬間、ライラとセラフィナの目が大きく見開かれ、顔がみるみる青くなっていく。二人の視線が同時にユリウスへ突き刺さる。
その視線に耐えきれなくなったのか、ユリウスは深く息を吐き、観念したように言った。
「……俺の実兄だ……」
沈黙が広がる。
ライラとセラフィナは、口を開けたまま固まっていた。
その様子を見たセリオンが、突然声を上げて笑い出す。
「あっはははは!ユリウス、いくら冒険者と言っても仲間にも言ってないのは薄情なんじゃないかい?」
ユリウスは肩を落とした。
「……結成したばかりなんです……もう少し後で言うつもりでしたよ……まだ待ってくださいと言っていたではないですか……」
その言い訳めいた声に、セリオンはますます楽しそうに笑う。そしてふと、視線を横へ移した。
「そっちの黒髪の子は知ってたみたいだね?」
視線の先はリュカだった。リュカはすぐに立ち上がり、小さく頭を下げる。
「……リュカ・アルヴェインと言います。バルドさんの所で知りまして……」
「あぁ、バルド爺さんのところでね」
セリオンは納得したように頷いた。
「リュカ君も、あの人に気に入られたようだ」
柔らかな笑みを浮かべながらそう言い、次に視線が女性二人へ向けられる。
「そちらの可愛らしい女性達も、名前を教えてくれるかな?」
突然話を振られ、ライラとセラフィナは慌てて立ち上がった。
「ラ……ライラ・ロックリードです……!」
「……セラフィナ・クロウです……」
二人は深く頭を下げる。あまりの緊張に、手がわずかに震えていた。
それを見てセリオンは優しく笑う。
「そんなに緊張しなくてもいいよ」
軽く手を振り、ソファーを示した。
「さぁ、みんな座って。お茶にしよう」
そして、そばに控えていたパーラーメイドへ穏やかに指示を出した。
ブラコン兄様登場。
2章始まりました。まずは前哨戦のようなものと思っていただけたら。




