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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
1章 グレイスロウ
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29話 感情コントロール

リュカ視点です。

「ありがとう」

 そう言って笑ったセラフィナの顔が、なぜかずっと頭から離れない。

 迷いの消えた、あんなにも晴れやかな笑顔。

 さっきまで俯きがちだった女性が、まるで雲の切れ間から差し込む光のようにぱっと明るく笑った。

 

 その瞬間だった。胸の奥が、きゅっと締め付けられた。

 嬉しい。

 確かに嬉しいはずなのに、それだけでは説明がつかない何かが、腹の奥からじわじわと湧き上がってくる。落ち着かない。鼓動が妙に早い。頬まで熱を帯びている気がした。

 

(え、なにこれ……)

 

 戸惑いながら、視線を逸らす。

 

 いつも通りのはずだった。

 戦場で何度もやってきたことと同じだ。傷ついた人に声をかけ、励まし、安心させる。恐怖で震える者に寄り添い、落ち着かせ、笑顔を取り戻してもらう。

 それは俺の役目で、これまでも何度もやってきた。誰にだって同じように接してきた。

 

……そのはずだった。

 なのに今、胸の奥から込み上げてくるこの感覚は、どうしても今までのどれとも違っている。

 うまく言葉に出来ない……ただ、落ち着かない。

 

 誤魔化すように袋を漁る。屋台で買い込んだ甘味の山。その中から瓶に入ったクッキーをいくつか取り出し、そっとセラフィナの手に乗せた。

「それ、帰ってから食べなよ。今日は疲れたろ?…そろそろ帰ろう。家まで送るよ」

 笑顔を作るが……上手く笑えていただろうか。

 

 自分でも分からないまま、二人で並んで歩き出す。

 夕刻の街は相変わらず賑やかで、屋台の灯りが石畳を温かく照らしていた。セラフィナの後ろ姿を見ながら、取り留めのない話をぽつぽつと続ける。

 ふと気づく。頭一つ分ほど下にあるその背中は、思っていたよりずっと小さい。

 こんなに小さな体で。ずっと一人で、いつ来るか分からない魔力暴走に怯えながら。

 誰にも頼れず、誰にも触れられず、それでも前を向いて生きてきたのか。

 どれだけの恐怖を抱えてきたのだろう。

 どれだけの感情を押し殺してきたのだろう。

 想像すると、胸の奥が静かに重くなる。

 

……強い人だ。

 

 自然とそう思った。

 そんなことを考えているうちに、さっきまで胸を掻き乱していた感情も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 

 しばらく歩くと、セラフィナの住んでいるという集合住宅に着いた。

 三階建ての建物で、全部で十二部屋。茶色のレンガで作られた外壁はどこか柔らかい雰囲気で、小さな花壇が並んでいる。可愛らしい建物だと思った。

「三階の、一番右端なんだ」

 そう言ってセラフィナが指を差す。

「送ってくれてありがとう。……これも嬉しかった」

 手にした瓶のクッキーを見つめながら、少しだけ口元を緩める。

 

 その瞬間、心臓がまた大きく跳ねた。胸の奥でどくんと強く鳴る。

「……あぁ。また一緒に行こう」

 それだけ言うのが精一杯だった。

 セラフィナは小さく頷き、建物の中へと入っていく。階段を上がる足音が遠ざかり、やがて三階の窓に灯りが灯った。

 しばらく見上げていると、窓が開く。セラフィナが顔を出し、小さく手を振っていた。

 思わずこちらも手を振り返す。窓が閉まり、灯りだけが残るのを確認してから、ようやく踵を返した。


 

 気がつくと、さっきまでいた屋台広場に戻ってきていた。人通りの減ったベンチに腰を下ろす。

 額に手を当て、俯いた。まだ顔が熱い。

 先程のセラフィナの笑顔が脳裏に浮かぶ。彼女の綺麗な赤い瞳が嬉しそうに細められる度、心が乱れていく。

 

「……落ち着け……感情を制御しろ……」

 

 戦場で何度も繰り返してきた言葉が、自然と口から零れる。

 これまでどんな状況でも感情は制御してきた。恐怖も怒りも焦りも悲しみも、全部押さえ込んで生き延びてきたのに。

 それが、こんなにも上手くいかないのは初めてだった。

 

 セラフィナに対して、こんな感情を抱いてはいけない。

 知られてはいけない。

 人に触れられることを怖がっていた彼女に、こんな――

 

(今すぐ抱きしめたいなんて……)

 

 思考が止まる。

 自分にこんな衝動的な感情があるなんて、今まで一度も考えたことがなかった。

 胸の奥が痛む。まるで心臓を抉られているような、奇妙な感覚だった。

 

 深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。

(大丈夫……)

 感情の制御は得意だ。今までもずっとそうしてきた。

(明日からは、いつも通り出来る)

 もう一度、ゆっくり呼吸する。

 乱れた心を整えるように、何度も、何度も。

 

 それでも、胸の奥に残った熱だけはどうしても消えなかった。

こっちも気づいてしまった。


お互い、自分の気持ちに気づいてしまったところで1章が終了となりました。

次からは少し閑話のような話が続いてからの2章になります。

よろしくお願いします!

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