28話 色んな感情
セラフィナ視点寄りです。
ギルドを出ると、広場はまだ賑わっていた。
屋台が所狭しと並び、香ばしい匂いや甘い香りが混ざり合って空気を満たしている。
人通りも多く、行き交う人の肩が触れそうになるほどだった。セラフィナは人の流れに少し戸惑いながら歩く。
ふと気づくと、リュカがほんの少し前を歩いていた。完全に先に行くわけではない。けれど、自然と人の流れの間に立つような位置だ。
向こうから来た人がぶつかりそうになると、さりげなく身体をずらして進路を作っている。
セラフィナはその背中を見ながら思った。
(……あ、人に当たらないようにしてくれてるんだ)
振り返って確認することもない。けれど、ちゃんと気にしてくれている。
そんなささやかな優しさに、胸の奥が少しだけ温かくなる。
歩きながら何度か気になる屋台の前を通った。セラフィナの視線が甘味の並ぶ棚へ吸い寄せられる。
するとリュカは、それに気づいたように立ち止まり、何も言わずに買っていく。気づけば両手に袋が増えていた。
ひと通り屋台を回ったあと、二人は広場の端にあるベンチに並んで座る。
リュカが袋を膝の上に広げて笑った。
「つい色々買っちゃったなぁ。セラフィナどれ食べる?」
袋の中を覗く。そこには色々な甘味が詰まっていた。
果物を串に刺し、薄い飴で包んだもの、瓶に入った色とりどりのクッキー、小さなカステラケーキ、甘い薄生地に果物とクリームを巻いたもの、白いパンにクリームと果物が挟まったもの。
思わず呟く。
「……いっぱいあるね」
リュカが肩をすくめる。
「まぁまぁ。選ぶ楽しさがあるってことで」
セラフィナは少し迷ってから、一本の串を手に取った。
「じゃあこれ……」
りんごの果物飴だった。
その隣でリュカはパンを手に取り、何気なくかじる。次の瞬間、ぱっと表情が明るくなった。
「……! 美味っ」
目を輝かせている。その反応が少し可笑しくて、セラフィナも手に取った果物飴を口に運ぶ。
飴の薄い膜が歯に触れる。その奥から、りんごの甘酸っぱい果汁が広がった。
「……美味しい」
自然と声が漏れた。リュカが嬉しそうに頷く。
「良かった! 他のも食べなよ」
彼はもう二つ目の甘味に手を伸ばしている。
その様子がなんだか楽しそうで、セラフィナは少しだけ肩の力が抜けた。
少しして、セラフィナは小さく口を開く。
「……あの、リュカ」
「んー?」
リュカは串に刺さった最後の苺を食べながら、気の抜けた返事をする。
その呑気な声を聞いていると、少しだけ言葉が出しやすくなる。
「……今日はごめん……色々……」
視線が落ちる。リュカはゆっくり噛み終わってから言葉を発した。
「……うん」
それから、柔らかい声で続ける。
「『ごめん』より『ありがとう』って言われる方が嬉しいかなぁ」
セラフィナは思わず顔を上げた。
リュカは穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
その視線を受けた瞬間、心臓が強く鳴る。息が少し詰まり胸の奥が、なぜか熱い。
言葉を探しながら、小さく呟く。
「……ありがと……リュカ」
セラフィナは指先を見つめながらぽつりと言った。
「……リュカの手、あったかくて安心した……」
言ってから、自分でも驚く。こんなことを口にするつもりはなかった。
リュカは一瞬目を丸くし、それから小さく笑う。
少し考えるように視線を空へ向けた。
「……人ってさ、本来触れられると安心できるようになってるんだって」
セラフィナは首を傾げる。リュカはゆっくり話し始めた。
「『手当て』って、そのまんま手を当てて治療することを言うんだけど」
遠くを見ながら続ける。
「小さい子が腹痛の時に母親に撫でられると痛みが治まるとかさ、雷が怖い時に手を繋いでると眠れるとか」
「そういうのも手当てって言うんだよ」
「……俺、戦場に居たって言っただろ」
セラフィナは静かに頷く。
「まだそんなに治癒魔法使えなかった時、医療班にもいたんだ」
指先で袋の端をいじりながら続ける。
「その時も、痛みに苦しんでる人達の背中撫でてやってた」
少し目を細めてリュカは小さく笑った。
「……落ち着いていくのが不思議でさ。先生に聞いたら言われたんだ」
「しんどい時は人の温もりに勝る治療薬は無いって」
「人の温もり……」
セラフィナはその言葉をゆっくり繰り返す。
「うん。こうやって言葉交わすだけでもいいし、隣にいるだけでもいい」
「そういうので人は癒されることもあるんだって」
肩を軽くすくめ少し照れくさそうに笑う。
「……まぁ全部受け売りなんだけど」
それから、少しだけ真面目な顔になる。
「だからさ」
穏やかな声だった。
「全部自分で背負わなくったっていい。少しずつでいいから、しんどいことも分けていこう」
セラフィナを真っ直ぐ見つめるリュカの言葉は静かに、少しづつ胸の奥に染み渡っていく。
「俺が絶対、一緒にいるから」
セラフィナはしばらく何も言えなかった。
この人は、本当になんて温かい人なんだろう。
どうしてこんな言葉が言えるんだろう。
どんな時間を過ごしてきたら、こんな優しさを持てるんだろう。
胸の奥に色々な感情が溢れてくる。
安心。
尊敬。
嬉しさ。
少しの切なさ。
その全部が混ざり合って、静かに胸を満たしていく。
(………あぁ。好きって、本当に色んな感情があるんだ)
セラフィナはそっと目を閉じた。胸の奥の温かさを確かめるように。
しばらくして、ゆっくり目を開き、まっすぐリュカを見つめる。
そして、心から言った。
「ありがとう」
気づいてしまった。




