27話後編 精霊魔法の検証
図書室を出て、二人はもう一度訓練所へ戻ってきた。先ほどより人もまばらになっていて元気な掛け声は遠くで聞こえるのみとなっている。
リュカとセラフィナは、さっきと同じ場所に並んで座った。
「名前、無事に決まってよかったな」
リュカの言葉にセラフィナは小さく頷いた。
「うん」
「そういや呼んだらどんな反応するんだ?」
セラフィナは自分の前の空間を見つめた。そこに漂っている、小さな光の豆たち。
「……ルビー」
名前を呼ぶと、赤い光がふわりと動いた。空中をゆっくり漂い、セラフィナの右手の上へ降りる。
まだ重さも感触もない。けれど、確かにそこにいる気配だけはある。
「……寄って来た…」
「おぉ。そうなのか。他の子も呼んでみて」
セラフィナは小さく頷いて名前を呼ぶ。
「ラピスラズリ……ペリドット……シトリン」
青い光、緑の光、黄色の光。それぞれがふわりと動き、セラフィナの手の周りに集まった。
「……みんな寄ってきた」
「みんな寄るんだ!……やっぱ意思疎通は出来てるってことだな」
リュカが感心したように頷き、腕を組みながら少し考え込む。
「触れるってどうするんだろうなぁ……」
二人で自然と同じ方向へ首を傾げる。
しばらく沈黙が続き、セラフィナがぽつりと言った。
「……なにか、お供えとか?」
リュカが目を瞬かせる。
「お供え……」
一度その言葉を頭の中で転がしてから、理解したように頷く。
「あぁ、ご飯食わすってことか」
その言い方が妙におかしくて、セラフィナは思わず吹き出してしまった。肩が小さく揺れる。
リュカは少し目を丸くしてセラフィナを見る。
「え、またおかしなこと言った?」
セラフィナは首を振る。
「……ううん」
まだ笑いが残った声だった。それからふと考え込む。
「……でも精霊って、何食べるんだろ……」
リュカもつられて考え込む。二人でまた同じように首を傾げた。少しして、リュカが思い出したように言った。
「……そういやリシェルさん、“セラフィナの魔力に惹かれて”って言ってたよな?」
セラフィナは頷く。
「……魔力をあげればいいのかな?」
「分からんけど、とりあえずやってみよう」
セラフィナは右手の上に漂う豆たちを見つめながら、左手を前に出した。
小さく魔力を練り、手のひらの上に小さな火の球を作る。ゆらゆらと揺れる、さくらんぼサイズの火。
それを、そっと右手へ近づける。
「……食べていいよ?」
恐る恐る声をかける。
すると、赤い豆――ルビーがゆっくりと球体へ近づき、光が触れた瞬間。
火の球が、ふっと小さな風を起こして消えた。
「わっ……!」
リュカが思わず声を上げる。
「え、なに?どうなった??」
慌ててセラフィナを見ると手のひらを見つめたまま固まっていた。
「………………豆が、たんぽぽの綿毛みたいになった……」
「……綿毛……?」
リュカも覗き込む。もちろん彼には見えないが、セラフィナの驚いた顔から何か起きたことだけは分かる。
「……あ」
少しして、リュカが笑う。
「大きくなったってことは、やり方合ってるってことだな」
見えないが指で空を切るように軽く振る。
「他の子にもやってみたら?」
「うん」
水、風、土。順番に小さな魔法を作り、それぞれの精霊に近づける。
すると同じように、光の豆はふわりと広がり、柔らかな綿毛のような姿へ変わっていった。
小さな光たちが嬉しそうに空を漂っている姿を、セラフィナが嬉しそうに見つめていた。
それを見たリュカが満足そうに頷く。
「よし、今度はもう一度魔法撃ってみるか」
人型の標的へ歩いていき、守護結界を展開し振り返った。
「今度は見るだけじゃなくてさ、名前呼んだり、お願いしてみたりして」
セラフィナはゆっくり頷いた。
視線は、周囲を漂う綿毛のルビーへ向いている。小さく息を吸う。
「……ルビー」
光がゆっくり近づく。セラフィナはそっと呟いた。
「力、貸してくれる?」
その瞬間、胸の奥から魔力が一気に膨れ上がり、制御が追いつかないほどの勢いで、身体の中を駆け巡る。
「……っ」
セラフィナの顔が一瞬で青ざめ、膝から力が抜け床へ崩れ落ちた。
まるで魔力暴走のような圧力。
リュカは即座に動き、セラフィナの前へ駆け寄り手をかざす。光魔法が静かに広がる。
金色を帯びた淡い緑の光が、乱れた魔力をゆっくりと整えていく。
「……大丈夫、一旦深呼吸して」
セラフィナは大きく息を吸い、そしてゆっくり吐いた。身体はまだ震えている。
「……怖い……」
小さな声だった。
呼吸が荒い。
腕をぎゅっと抱え込み指が食い込むほど力が入る度、背中が小さく丸くなっていく。
リュカは一瞬だけ迷ったが静かに口を開く。
「……セラフィナ、ごめん。少し触れるよ」
ゆっくり手を伸ばし、背中にそっと触れる。
驚かせないように。
優しく、落ち着かせるように。
光魔法を流しながら、ゆっくりと背中をさする。
「大丈夫」
穏やかな声だった。
「怖くない。怖くないから」
温かな魔力が静かに広がり、背中を伝うその感覚に、セラフィナの震えが少しずつ収まっていく。呼吸も徐々に整っていった。
しばらくして、リュカがぽつりと言う。
「……ごめんな」
少しだけ苦い笑顔だった。
「セラフィナに焦らずやろうって言っといて、急かしすぎた」
「俺のせいだ」
その言葉に、セラフィナは驚いて顔を上げた。
「リュカのせいじゃ――」
言いかけた言葉を、リュカが軽く遮る。
「いいんだよ、それで」
「さっきのことは俺のせいってことにしとけ」
セラフィナは何も言えなくなり、ただ、黙ってリュカを見る。
「今日はここまでにしとこうか」
背中に置いていた手を離し、優しく笑う。
「ちゃんと進展はあったんだし。な」
セラフィナは少し迷ってから、小さく頷いた。
訓練所の時計を見ると、針は昼の三の刻に近づいていた。
「……何か食べに行かない?」
リュカは立ち上がり軽く伸びをしたあと、セラフィナに向けて笑った。
「さっきのお詫びに奢るからさ」
トラウマは根深い。




