27話前編 精霊魔法の検証
パーティ結成から一日。
グレイスロウ冒険者ギルドの訓練所の隅で、リュカとセラフィナは並んで地面に座っていた。昼の光が高い窓から差し込み、訓練場の床に長い帯のような影を落としている。
広い空間のあちこちでは、剣を打ち合わせる音や掛け声が聞こえていたが、二人がいる端の方は比較的静かだった。
リュカは膝を立てて腕を乗せ、少しだけ空を見上げる。
――今朝のことを思い出す。
リビングで、珍しく気まずそうな顔をしたユリウスが言った。
『すまん……兄に呼ばれた……パーティを組んだことを知ったらしくてな……』
ため息交じりにそう言ったユリウスの表情は、戦闘の時よりもよほど渋かった。
『あぁ……』
思わずそんな声が出たのを覚えている。詳しく聞かなくても、なんとなく事情は想像できた。
『わかった。みんなには上手く言っとくよ』
『本当にすまん……』
そのあとギルドの前で待っていたライラも、似たような顔をしていた。
『本当にごめん!!』
半泣きで頭を下げる。
『今まで面倒見てた子達に挨拶行ってくるから今日は一緒に依頼いけないよぉ』
『あぁ……』
リュカはまた同じ声を出した。こちらの事情も大体察せる。
『そういうの大事だからな。ちゃんとしてこいよ』
『うぅ……ありがと……行ってくる……』
そんな訳で、今日は二人だった。
依頼を受けるのはやめて、セラフィナの精霊魔法の検証をしてみようという話になったのだ。
「今どんな感じ?」
リュカが隣を見ると、セラフィナは少し前方を見つめたまま小さく指を差した。
「……なんか、ここで跳ねてる」
示したのは自分の膝の前あたりの空間だった。リュカは目を細めるがもちろん何も見えない。
「うーん……まだ触るって感じでもないんだよな……大きくなってたりしない?」
セラフィナはしばらく前方に視線を泳がせたあと、小さく首を傾げた。
「……そういえば前は粒って感じだったけど……豆って感じな気がする……」
「豆……」
リュカはその表現を頭の中で想像する。粒よりは確かに大きい。
「それって……大きくなってるってことでいいのか?」
「……たぶん」
どこか不思議そうに頷くセラフィナ。
リュカは少し考え、それから手を軽く叩いた。
「よし。じゃあその豆達を意識した状態で魔法を使ってみようよ」
「……意識した状態?」
「うん」
リュカは指を折りながら説明する。
「火魔法なら赤の豆、風魔法なら緑、水魔法なら青、土魔法なら黄色って感じで」
セラフィナは少しだけ考え、それから頷いた。
「……わかった。やってみる」
リュカは立ち上がり、訓練所に置かれている人型の標的を端に持ってきた。手をかざし、人型に守護結界を展開する。
「いいよー。思いっきりやってみて」
セラフィナは静かに立ち上がった。
視線は自分の前に浮かぶ赤い“豆”へ向けゆっくりと息を整えたあと、杖を人型に向けた。
「火弾」
放たれた火球は、標的に当たって弾ける。
威力は――いつも通りだった。
そのあとも風、水、土と試してみるが、結果は同じだった。セラフィナは少し肩を落とす。
「……見てるだけじゃダメなのかな……」
リュカは腕を組んで考えていたがふと思い出したように言った。
「呼びかけてみる?……リシェルさんの精霊って鳥だったんだよな」
「うん」
「まだ豆だけどさ、名前つけてみるとかどう?」
「名前……」
その言葉で、セラフィナの思考が止まった。確かに名前があれば呼びやすいけれど……。
「名前……」
考え込んだまま固まってしまう。リュカはすぐに察したように苦笑した。
「あぁー……急に言われても困るよな」
少し考え、それからぽんと手を打つ。
「……あ、ギルドの図書室行ってみるか?」
セラフィナが顔を上げる。
「花とか木とか、あとは宝石とかから取るとか良いかもよ」
少しだけ目を輝かせながら頷くセラフィナ。二人は訓練所を後にし、ギルドの階段を上っていった。
ギルド二階の図書室は、昼の時間でも静かだった。高い棚に並ぶ本と、柔らかな窓の光。
冒険者ギルドにしては珍しく、落ち着いた空気の場所だ。
テーブルの上には、いつの間にか何冊もの本が広がっていた。
花の図鑑、宝石図鑑、薬草図鑑、魔物図鑑……。
ページをめくりながらセラフィナが眉を寄せ、小さく呟く。
「いっぱいあって……難しい……」
「こればっかりはなぁ」
リュカも横から本を覗き込みながら苦笑する。少し考えてから、ふと思いついたように言った。
「あ、豆達に聞いてみるとかは?」
セラフィナは目を丸くしてリュカを見る。それから静かに目を閉じ、精霊達に意識を向けた。
「……どれからつけてほしい?」
小さく問いかけたその瞬間、光の豆達がふわりと動いた。
集まっていく。
宝石図鑑の上へ。
「……宝石がいいの?」
セラフィナはページをめくりながら、豆達の光の色と見比べていく。
赤い宝石「ルビー……」
青い宝石「ラピスラズリ……」
緑の宝石「ペリドット……」
黄色の宝石「シトリン……」
静かに似た色の宝石の名前を口にする。
すると目の前で精霊達は飛び跳ねているような仕草を見せた。
「……喜んでるの?」
そう尋ねると、光の豆達はセラフィナの手元へ集まり、擦り寄るように漂う。
「喜んでるみたい」
リュカはセラフィナの様子を見て感心したように頷く。
「おぉ、精霊もキラキラしたもんが好きなんだな」
その言い方が妙におかしくて、セラフィナは思わず吹き出してしまった。
自分でも驚くほど自然な笑いだった。リュカが不思議そうに首を傾げる。
「え、なんかおかしなこと言った?」
「……ううん」
セラフィナは首を振るが、まだ少し笑いを含んだ声だった。
リュカもそれ以上は気にせず肩をすくめる。
「そっか。まぁいいや」
本を閉じながら立ち上がった。
「名前も決まったし、もう一回訓練所行くか」
セラフィナも静かに頷いた。
新しい名前をもらった小さな光たちが、嬉しそうにその周りを漂っていた。
名前がつきました。
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