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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
1章 グレイスロウ
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25話後編 休日の過ごし方

 時間は既に夕方に近い。街の空気が少しずつ冷えてきた頃、二人は石畳の通りを抜けて小さな工房の前に立っていた。

 木製の扉の上には、煤で黒ずんだ看板。金属を打つ鈍い音が、かすかに奥から響いてくる。ユリウスが軽く拳で扉を叩いた。

「爺さん、いるか?」

 中から間を置かず声が返ってくる。

「おぅ。入れや」

 許可を聞くと同時に扉を押し開ける。工房の中は熱と金属の匂いが満ちていた。鉄の欠片、工具、炉。昨日と変わらない風景。作業台の向こうに、小柄で筋肉の詰まった老人が腕を組んで立っている。

 ドワーフの鍛冶師、バルドだ。

「クソガキは相変わらず律儀だな。勝手に入りゃいいだろうが」

「そういう訳にもいかないだろう」

「で」

 バルドが顎をしゃくる。

「ちゃんとアレ持ってきてんだろうな」

 ユリウスは小さく肩をすくめ、持っていた袋から瓶を取り出した。

「もちろん。俺とリュカの分で二本」

 取り出した瓶はさっき酒屋で買ったウイスキーだ。それを見た瞬間、バルドの顔がぱっと明るくなる。

「これよこれ、分かってんじゃねーか」

 瓶を掲げ、満足そうにうなずく。ご機嫌な声で笑いながら、親指で作業台を指した。

「そこだ。預かってたもんは出来てるぞ」

 

 リュカはそちらへ歩み寄る。作業台の上には、丁寧に布に包まれた一本の槍。布を外すと、銀の穂先が工房の灯りを受けて静かに光った。

 聖槍エルディオン。

リュカはゆっくりとそれを握る。そして、わずかに目を見開いた。

「……すごいな」

 手に吸い付くような感覚。重さは変わらないはずなのに、以前よりもはるかに扱いやすいことが分かる。まるで武器そのものが呼吸を整えたようだった。

 その様子を見ながら、バルドが鼻を鳴らす。

「クソガキは名剣だろうが扱いが雑だが」

 ユリウスが軽く眉をひそめる。

「黒髪の兄ちゃんは随分長い事丁寧に扱っとったみたいだな」

 バルドの視線がリュカに向いた。

 

「……いつから鍛冶屋に行ってなかった」

 少しだけ言葉に詰まり、リュカは視線を斜め下に落とす。

「……二年前です」

 静かな声だった。

「別の国のダンジョンでドロップした物だったんですけど……ここに来るまではずっと諸外国を巡ってたから。……ちゃんと見てもらう機会がなくて」

 バルドはふぅんと鼻を鳴らし、顎髭を撫でた。

「はー、なるほどなぁ。そりゃ傷んどる訳だ」

 槍をちらりと見て続ける。

「名持ちの武器は耐久性も高い。だが手入れせんでええ訳じゃないからな」

 リュカは小さく頭を下げた。

「……すみません」

「まぁいい」

 バルドは肩を揺らして笑う。

「クソガキの紹介だ。ここ(グレイスロウ)におるなら、いつでも儂が見てやる」

 一拍置いて、口の端を上げた。

「何時でも持ってこい。……酒と引替えだがな」

「やっぱそれか」

横でユリウスが呆れた声を出す。

「当たり前だろうが。鍛冶屋は燃料がいるんだよ」

「ただの飲んだくれのセリフだろうが」

「うるせぇ」

工房に、三人の笑い声が少しだけ響いた。


 

 工房を出ると、夕焼けが街を赤く染めていた。

 石畳の上を歩きながら、リュカが感心したように言う。

「なんかめっちゃ気のいい爺さんだな、あの人。…しかもドワーフが酒好きってのは本当だった……」

ユリウスは苦笑する。

「あぁ。基本料金以外は大体酒を要求してくる」

「……あぁ、それっぽいわ」

 リュカは妙に納得した顔になる。

「でも凄腕なのは分かった」

 持っていた槍の柄を握り直し、しみじみと噛み締めるように言う。

「持った時の感覚がさぁ、なんて言うか…………とにかくすごい」

 語彙力が完全に迷子だった。ユリウスは思わず笑う。

「それで伝わるから不思議だな」

 

 二人はそのまま商業街へ向かった。夕方の市場はまだ賑わっている。屋台、肉屋、パン屋、香辛料店。通りには料理の匂いと人の声が混ざり合っていた。

 ユリウスは迷う様子もなく店を選びながら歩いていくのを見ながら、リュカが感心したように言う。

「ユリウスって結構自炊するんだな。意外だ……」

「一応これでも上級冒険者だぞ。単独で潜ることもあるんだ。自炊は出来て困らん」

「……確かに」

 妙に説得力があった。

 買い物を終え、二人はユリウス邸へ戻る。台所に荷物を置いたところでリュカが腕をまくった。

「さすがに居候させてもらってるし、簡単なやつになるけど飯、俺作るわ」

 と言いシンクへ向かう。ユリウスは少し目を丸くしてから頷いた。

「……じゃあ頼んだ」

 

 こうして本日の晩御飯担当はリュカに決定した。

 リュカは慣れた手つきで準備を進めていく。野菜を刻み、肉を切る。鍋に火を入れどんどん材料を投入していった。

鍋の中で赤いトマトのスープがぐつぐつと煮え、香草の香りが部屋いっぱいに広がっていく。

 やがてテーブルに並んだ料理は、なかなかの量だった。

 フレイムバイソンのバラ肉を使ったトマトと根菜のスープ、オーク肉のハムとチーズのサラダ、屋台で買った鶏の揚げ物、商業街で購入した白パンとバゲットの盛り合わせ、そしてデザート用に切り分けられたりんご。

 ユリウスはテーブルを見て、ぽつりと言った。

「……簡単なやつか?随分豪華だ」

 リュカは笑いながら椅子に座る。

「まぁ出来合い買って帰ったのもあるからさ」

 スープをよそいながら言った。

「煮込んだだけだし。とりあえず食おう」

 そう言って二人は食事を始めた。一口食べた瞬間、ユリウスがわずかに目を見開く。

「……美味いな」

 素直な感想だった。リュカは照れくさそうに笑う。

「だろ?昔も俺が炊事番の時は結構喜ばてれたんだ」

 笑いながら、またスープを口に運ぶ。

 こうしてその日の休日は、戦って、食べて、歩いて、また食べて。騒がしくもなく、けれど確かに楽しい時間としてゆっくりと過ぎていった。

飯をとにかく食わせたくなる(親目線)

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