25話前編 休日の過ごし方
朝の空気はまだ冷たさを残していた。
ユリウス邸の裏庭に乾いた木のぶつかる音が響いている。広い庭の中央で向かい合っているリュカとユリウス。互いの手にあるのは防具の付いた訓練用の木製武器。リュカは槍、ユリウスは木刀。互いに魔法は使わず、純粋な武術だけの対人稽古だ。
何度目かの打ち合いのあと二人の足が同時に止まる。互いの武器が押し合う形で拮抗したまま動かない。
ここまでの戦績は、リュカ三勝、ユリウス六勝。そして今が十戦目。
息が詰まるような静かな攻防が続いていた。槍と木刀が押し合い、腕の力でじりじりと競り合う。わずかな体重移動、呼吸、視線。どちらも相手の隙を探っている。
その均衡がふっと崩れた。リュカが突然力を抜いた。一瞬、身体の重心が消えたように感じる。
「……っ」
ユリウスの視界からリュカの姿が消えたと同時に足元で石づきが低く走る。反射的に反応したユリウスだが足が払われ体勢が崩れる。踏み直そうとした瞬間、今度は槍の柄が木刀を下から弾き上げた。
乾いた音とともに木刀が空中を舞う。地面に落ちた木刀を見て、ユリウスは息を吐いた。
「……まいった」
リュカは思わず声を上げる。
「よし!!」
槍を地面に突き立て、そのまま体重を預けた。
「何とか四勝……はー疲れた……」
額の汗を手の甲で拭う。
「やっぱユリウス強えーわ。俺、これでも軍にいた時は実力上位だって言われてたんだけど……」
ユリウスは落ちていた木刀を拾いながら答える。
「十分すぎるぐらい強いぞ、リュカは。……俺の場合、下の兄達に稽古をつけてもらってたからな」
少し苦笑する。
「武術のみでは一回も勝てたことはないが」
リュカがゆっくり顔を上げる。
「まぁ……あの二人は規格外すぎるんだが……」
「……お前より強いとか怖すぎるだろエルドリア王国」
二人は顔を見合わせ、そして同時にため息をついた。
稽古はそこで終了となった。
汗と土で汚れた体を流すため屋敷の風呂へ向かう。温かい湯を浴びてようやく一息ついた頃には、時計はすっかり昼を回っていた。
「腹減ったな」
「だな」
というわけで二人は、昼食を求めてギルド直営店――竜骨亭まで足を運ぶことにした。
今日のユリウスの服装は薄い水色のシャツに身体の線にぴたりと合う黒いパンツ。シンプルな装いだが布地は滑らかで、さりげなく高級感が漂っており、飾り気はないが仕立ての良さが一目で分かる。
一方のリュカは、ノーカラーの白いシャツに緩めの黒いパンツ。こちらは完全にラフな格好だった。
竜骨亭の扉を開けると、豪快な内装が目に飛び込んでくる。天井から吊るされているのは本物のドラゴンの骨。巨大な肋骨や顎の骨が標本のように並んでいる。
席はほとんどがオープン席で椅子は丸太を削ってそのまま座れるようにしたものだ。
野趣あふれるというべきか、冒険者向けというか。とにかく豪快な雰囲気の店だった。
二人は空いている席を確保し、料理を注文していく。テーブルに運ばれてきた料理は、なかなか壮観だった。
分厚いオーク肉を柔らかく煮込んだ角煮、香ばしく焼かれた一角ウサギのステーキ、山盛りのコカトリスの唐揚げ、オーク肉の腸詰めが入ったポトフ、カリカリに焼かれたバゲット。
そして大きなジョッキのエール。
まさに男子飯と呼ぶにふさわしい量。
「乾杯」
ジョッキを軽くぶつける。
リュカは半分ほど一気に飲み、満足そうに息を吐いた。
「昼からエールとか、なんか贅沢だな!」
目を輝かせながら角煮にフォークを伸ばす。ユリウスは落ち着いた様子でステーキを切りながら言った。
「休みの日ぐらい、こういうのもいいだろう」
リュカは頷きながら肉を頬張る。
「うまっ……!」
そこから先は早かった。鍛錬後の空腹もあり、二人の前に置かれた料理はどんどん減っていく。気付けば皿はほとんど空になっていた。リュカが満足そうに背もたれに寄りかかる。
「食ったな……」
ユリウスも静かに水を飲みながら言う。
「そうだな」
少し考えてから、リュカが言った。
「食後に甘いもんでもどうよ?」
「あぁ、いいな。いこう」
二人は店を出て、屋台の並ぶ通りへ向かった。甘い香りが漂っている屋台で、リュカが足を止めた。
薄い生地にクリームと果物を巻いた菓子。パンケーキのような香りの生地が食欲を刺激する。
二つ買って歩きながら食べる。リュカが一口かじった瞬間、顔がぱっと明るくなった。
「うわこれ美味っ!」
クリームを少し口元につけたまま言う。ユリウスはそれを見て小さく笑い、自分も一口食べた。
「確かに美味いな」
甘味を食べながら、二人はゆっくり歩く。そのままバルドの工房へ向かう途中、ユリウスがふと思い出したように言った。
「そうだ」
酒屋の前で立ち止まる。
「ちょっと寄っていいか?」
「いいぞ。今日も飲むか!」
ユリウスは少し考えてから頷いた。店に入り、棚に並ぶ酒を見て回り、リュカが一本手に取る。
「これ強そうだな」
ユリウスがラベルを見る。
「ウイスキーだな」
同じものを三本購入した。袋を抱え、再び通りへ出る。昼の街はまだ賑やかで、風は心地よくどこか穏やかな時間が流れていた。
二人はそのまま、バルドの工房へ向かって歩き出した。
日常回続きます。




