24話後編 一方で男達は…
ユリウスの屋敷へ戻る頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。街の喧騒が少し落ち着き始める時間帯だ。
リビングのテーブルの上には、帰り道で買い込んだ屋台料理がずらりと並んでいた。甘辛いタレが照りを帯びたオーク肉のバラ串。湯気の立つ腸詰めのボイル。香ばしい匂いの鶏の揚げ物。野菜とチーズ、焼いたベーコンを挟んだパン。そして食後用に買った一口サイズのカステラケーキ。中央には一本のワイン。
リュカがコルクを抜き二つのグラスに注ぐ。深い赤色の液体が静かに揺れた。
「じゃ、乾杯」
グラスを軽く合わせる。小さく澄んだ音が鳴った。
リュカは早速オーク肉の串を手に取り、一口かじる。甘いタレの味と肉の脂が口の中に広がり、思わず満足そうに息を吐いた。
「今日は案内してくれてありがとな」
そう言いながらパンを手に取る。
「ここに来てもう半年ぐらい経つのに、全然知らない事ばっかだったなぁ」
ユリウスはワインを一口飲み、静かに頷く。
「……グレイスロウは大陸内でも有数の大きな都市だからな」
「確かに」
リュカは苦笑する。
「俺、基本的に宿とギルドとダンジョン、時々屋台の往復だったからさ。今日みたいに街歩いたの、なんか新鮮だった」
腸詰めをフォークで突きながら続ける。
「もっと最初から色んなとこ行ってみれば良かったな」
ユリウスは鶏の揚げ物にフォークを刺しながら頷く。
「新しい環境は慣れるまで時間がかかるものだろう。仕方ないさ」
リュカは小さく肩をすくめる。
「そうだな。こんなにここにいたいって思う街も今まで無かったし」
少しだけ間を置いて、ぽつりと続けた。
「合わなかったら、すぐ旅に出ようと思ってたから」
「そうか……」
ユリウスはグラスを見つめながら、どこか嬉しそうに笑った。
その表情を見て、リュカの中にふといたずら心が湧く。
「あれ?」
口角を上げる。
「今日は“いてくれて嬉しい”って言ってくれないのか?」
「っ……ごほっ……!」
その瞬間、ユリウスが思いきりむせ、ワインを危うくこぼしそうになりながら咳き込む。
「くそ……忘れてくれ……」
顔が真っ赤になり、片手で顔を覆って俯く。リュカは声を出して笑った。
「ははっ、忘れないよ……俺も嬉しかったんだ」
少し穏やかな声になるのを聞き、ユリウスの動きが止まる。リュカはグラスを軽く回しながら、ぽつりと言った。
「……俺さぁ、故郷では戦争孤児でな」
言葉は何でもないことのように紡がれるがどこか重みがあった。
「軍の施設に拾われてからここに来るまで、こんなに楽しくて、美味い飯が食えて、ゆっくり眠れるなんて思ってなかったんだ」
ユリウスはゆっくり顔を上げる。リュカはテーブルの方を見たままだった。
「最初は仮パーティで組んだだけの関係だったのに」
少しだけ笑ったような顔。
「ここにいたいって思わせてくれて嬉しかったよ」
その顔は穏やかだったが、どこか遠くを見ているようでもあった。ユリウスは思わず口を開く。
「……リュ「なーんてな!」
突然、リュカが明るい声を上げユリウスの声を遮った。
「あーやめやめ。俺の辛気臭い話は終わり!」
手をひらひら振る。
「それよりさ、ユリウスの兄さんたちの話聞かせてよ」
いつも通りのリュカの声。穏やかに笑う表情…ユリウスは一瞬だけリュカを見つめる。だが、すぐに苦笑した。
今はこれ以上語る気はないのだろうと、何となく分かったからだ。
「……そうだな」
ワインを一口飲む。
「わかった……前に兄が四人いると話したよな」
「うん」
リュカは揚げ物をつまみながら頷く。
「長兄は本当に次期領主に相応しい人物だな。頭脳明晰で剣も扱えるし、努力も怠らない。本当に尊敬できる兄なんだ」
「へぇ、文武両道ってやつだな」
「次兄は剣は苦手だが、これまた頭脳明晰でな。長兄の補佐をするため、政治や行政の仕事を色々やっている」
リュカは感心したように頷く。
「三兄は長兄の護衛をしているんだが...」
そこで少しだけ肩をすくめた。
「俺より強いぞ」
「えぇっ!!」
リュカが思わず声を上げる。
「やっば……」
「四兄はエルドリア王国の騎士団に所属していて、今は派遣されて別の街の警備に赴いているが……この兄も俺より強い」
リュカは呆れた顔になる。
「ユリウスん家、どいつもこいつもヤバいやつばっかりなんだな……」
「ヤバいとはなんだヤバいとは。兄達はともかく、俺は普通だ」
ユリウスは眉を寄せ普通と言い張った。リュカはすぐに言い返す。
「自覚ないやつが一番ヤバいんだぞ、ユリウス」
「それはお前だ!」
「失礼だなぁ。俺は普通だよ普通」
言い合ったところで、二人は同時に吹き出した。しばらく笑いが止まらない。
ようやく落ち着いた頃、リュカがふと思い出したように言った。
「そういやさ、今日行った鍛冶屋のバルドさんだったか?めっちゃ出来る鍛冶屋って感じしたな!」
ユリウスは頷いた。
「あぁ。バルド爺さんは俺の祖父が領主だった頃からの付き合いでな、グランスロット家全員世話になっている」
「爺さんの代から!?」
リュカは目を丸くする。
「鍛冶の腕も一流だからな。メンテナンスすると、前よりも良くなって返ってくる。安心していいぞ」
「そうかー!楽しみだな!」
リュカの顔がぱっと明るくなる。ユリウスはワインを飲みながらぽつりと言った。
「……ちなみに……俺が幼い頃からずっと爺さんのまま変わってないんだが」
リュカがゆっくり顔をユリウス向ける。
「父曰く、父が幼い頃も既に爺さんだったそうだ」
「……ドワーフだもんな……いくつなんだろ」
ユリウスは肩をすくめた。
「分からん」
しばらくして、ユリウスがグラスを置き、少し考えるような仕草をする。
「明日は武器を取りに行くぐらいで、特に予定はなかったよな」
「まぁそうだな」
「……良ければ鍛錬に付き合ってくれないか?……一応、裏庭で出来るようになっている」
「なんでも揃ってるな……」
リュカは呆れたように笑って串の最後の一口を食べる。
「まぁいいけど。付き合うよ、鍛錬。……しかし真面目だなぁユリウスは」
ユリウスは苦笑した。
「真面目というか、やらんと落ち着かんだけなんだがな」
それから二人は、ワインを飲みながら戦術の話を始めた。剣の間合い、魔法と前衛の連携、ダンジョンでの立ち回り。
話題は尽ることなく夜は静かに更けていった。
過去話は誤魔化す主人公、リュカ。




