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聖槍の光、魔杖の夜  作者: 望月華月
1章 グレイスロウ
33/55

24話中編 一方で男達は…

 昼の賑わいがまだ残る南中央広場で、最後の串を平らげたユリウスが指先を拭いながら言った。

「鍛冶屋か。俺も行こうと思っていたからちょうどいいな」

 それを聞いたリュカは、残っていた包み紙を畳みながら軽く笑う。

「お、そりゃ良かった。じゃあお願いするわ」

 立ち上がりながら、ふと思い出したように続けた。

「なら行くか。爺さんいるといいんだが……」

 

 二人は広場を離れ、商業街を西へと歩き出す。

 人通りの多い通りを抜けるにつれて、店の並びが少しずつ変わっていった。色とりどりの看板や布飾りが目立つ商店の代わりに、無骨な木板の看板や煙突のある建物が増えてくる。

 やがて、金属を打つ乾いた音があちらこちらから聞こえ始めた。

 そこは職人街であり、鍛冶工房や魔道具工房、細工屋が軒を連ね、路地には炭の匂いと油の匂いが混ざり合って漂っており、工房からは槌の音が響いている。

 ユリウスは慣れた足取りで細い路地を進み、貴族街に近い一角で足を止めた。

 古びた工房。小さな看板に刻まれている文字が目に入る。

――黒鉄工房バルド。

 中からは、絶え間なく金属を打つ音が聞こえてきている。ユリウスは扉を軽く叩いた。

「バルド爺さんいるか? ユリウスだ」

 少しの間の後、工房の奥から野太い声が返ってきた。

「おぅ勝手に入れ! 手が離せん!」

「相変わらずだな……」

 苦笑しながらユリウスが扉を押し開ける。リュカも後に続いて中へ入った。

 

 途端に熱気が肌にまとわりつく。鉄を焼く炉の熱、油の匂い、叩きつけられる金属音。床には様々な鉱石や材料が転がり、壁には工具が整然と並べられている。

 工房の奥で、ひときわ小柄な老人が槌を振るっていた。背丈は低いが肩幅は広く、三つ編みにされた長い髭。深く刻まれた皺。典型的なドワーフの職人だった。

 やがて作業が一区切りついたのか老人は槌を置き、椅子に腰掛けたまま振り向いた。鋭い視線がユリウスを捉える。

「おぉ、グランスロットのガキか。今日はどうした」

 

 ――グランスロット?

 

 その名前にリュカの思考が一瞬止まった。どこかで聞いた覚えがあるが思い出せない。

 ちらりとユリウスを見ると思わず目を疑った。

 普段は落ち着き払っている男が見たことがないほど狼狽えているではないか。顔色が悪く視線が泳いでいる。その様子に気づいたバルドが今度はリュカの方へ視線を向ける。

「あぁ? なんだお前、領主んとこのガキだって話してねーのか」

 数秒の沈黙。

 

「…………領主の……!?」

 

 頭の中で、ばらばらだった記憶が一気に繋がった。

 グレイスロウの領主。その家名が――グランスロットだった。

「マジかぁ……」

 思わず声が漏れる。

「そりゃいいとこのボンボンだわ……」

 隣ではユリウスが小さくなっていた。

「……あの……いや……そのうち言おうとは……」

 聞き取るのもやっとなほど小さな声。完全に俯き、青ざめている。あまりの様子に、リュカは思わず吹き出してしまった。ユリウスの肩を軽く小突く。

「だからぁ、前言ったじゃん。どこのボンボンでも関係ないって」

 ユリウスが驚いたように顔を上げる。その表情は、拍子抜けしたようでもあり、どこかほっとしたようでもあった。

 

 そのやり取りを見ていたバルドが、突然腹の底から笑い声を上げた。

「ガハハハ! おいクソガキ、いい友達じゃあねーか。良かったな」

 ひとしきり笑うと、腕を組んで二人を見る。

「で、今日はどうしたよ」

 ユリウスははっと我に返る。

「あ……あぁ、武器のメンテナンスを頼もうと思ってな……」

「いつものか。ほれ、出しな」

 バルドは顎をしゃくった。

「あぁ、そこの黒髪の兄ちゃんもな」

「あ、ありがとうございます」

 二人はそれぞれ魔法鞄から武器を取り出した。

 バルドはまずリュカの聖槍を受け取り、軽く眺めてから壁に立て掛ける。

 そしてユリウスの大剣を手に取った。

「はー……」

 刃を光にかざしながら、老人はため息をつく。

「結構短期間に無茶したな」

 剣の表面を指でなぞり、角度を変えて確かめる。

「このエッケザックスは耐久性の高い武器だが、それに依存するなといつも言っとろうが」

「いや……すまない……」

 ユリウスが素直に頭を下げる。バルドは構わず検分を続けた。

「魔力回路には問題無し……剣の湾曲が少し出とるな。あとこの刃こぼれ……まったく」

 ぶつぶつと呟きながら一通り見終えると、作業台に大剣を置いた。

「まぁええわ。一旦預かるぞ」

「あぁ。頼んだ」

 ユリウスが頷く。次にバルドはリュカの聖槍を手に取った。穂先から石突きまで、じっと観察する。そしてふとリュカを見た。

「……お前ヒーラーか」

「あ、そうです」

「...コイツは聖槍エルディオンだな」

 宝石の部分を指先で軽く叩く。

「宝石の魔力回路に守護結界を強化する効果がついとる。穂先は随分使い込まれとるが……」

「あ、俺前衛もするんで」

 リュカが苦笑する。

「はー、そうかい」

 バルドは小さく頷いた。

「納得だわぃ」

 石突きの部分を持ち上げて、じっと見る。

「石づきにかけてちょっと手を入れんとだな……これも一旦預かるぞ?」

「はい。お願いします」

「明日の夕方には終わる。その頃取りに来い」

 

 バルドの工房を出た途端、外の空気がひどく涼しく感じられた。

 しばらく無言で歩いていたが、ユリウスがぽつりと呟く。

「……なんか……すまなかったな」

 どこか気まずそうな顔をしている。リュカは横目で見ながら笑った。

「なんだよ、まだ気にしてんの?」

 ユリウスは少し困ったように笑う。

「……リュカは本当にいいやつなんだな」

 その顔は、どこか泣き出しそうにも見えた。リュカはまた吹き出してしまう。

「ユリウスって本当、頭いいのに馬鹿だなぁ」

 そして少しだけ真面目な声で続けた。

 

「俺が出会ったのは最初から冒険者のユリウスであって、貴族のユリウスじゃないから」

 

 ユリウスは静かに目を伏せた。胸の奥がじんわりと温かくなる。

 貴族の家に生まれてからずっと肩書きと一緒に見られてきた。それが当たり前で、人とは壁ができてしまうのだと思っていた。

 だがこの男は違う。貴族だということを知ってもただの仲間として、友人として接してくれる。その事実がくすぐったいほど嬉しかった。リュカは気楽な調子で続ける。

「あ、良かったら後で過保護な兄さんたちの話聞かせてくれよな」

 にやりと笑う。

「ツッコミ所たくさんで面白そうだ」

 ユリウスは少し驚いた顔をした後、小さく笑った。

「……あぁ。ありがとう」

 そして頷く。

「良かったら聞いてくれ」

 その後、二人は帰り道の屋台で晩飯用の料理をいくつか買い込み、ついでに安めのワインも一本手に入れた。

 袋をぶら下げながら夕暮れへ向かう街路を歩く。仲間と食べる晩飯を想像するとそれだけで少し楽しくなるのだった。

実は領主の五男、ユリウス君です。

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